第26話 魔物とパンツ
勝道たち自衛隊員が、魔物討伐のためにダンジョンに入って三時間が過ぎた。最初、派手に聞こえてきた銃声や、爆音などはもう聞こえてこない。おそらく、魔物はあらかた倒しつくし、ダンジョン内を調査しているものと思われる。
「ぬお!くぅうううう!!」
暇を持て余したアルドーラ伯爵は、春風が持ってきていたトランプで遊んでいた。どうやらババを引いたらしい。いかつい自衛隊員がいる側で、異世界の住人がババ抜きをするさまはなかなかにシュールだ。
「ダンジョン内の危険な魔物は全て排除いたしました!」
「うむ!」
ダンジョンから出てきた勝道が、本田陸将に報告をする。心なしかすがすがしい顔つきだった。「楽しかったのか?」と訊くと、にやりと笑った。勝道の報告によると、今回の作戦行動で、自衛隊員に負傷者が三名出た。突然現れた魔物に驚き慌ててずっこけて足をねん挫した隊員が一名、トラップの落とし穴に落ちて腰を打った隊員一名、魔物と取っ組み合いになり、見事に背負い投げで投げ飛ばしたものの、勢いが過ぎてぎっくり腰になった隊員一名。魔物はそれなりに手ごわかったものの、魔物同士が複数で連係プレーを取ることはほぼ無く、それぞれバラバラに攻撃してくるため、自衛隊員たちがチームで一体一体を確実に仕留めれば、さほど手こずることは無かったという。
「じゃ、雪鷹、行くべ。その鍵の出番だ」
「はいよ。では、行ってきます」
わたしは、陸将と伯爵に挨拶をし、ギルガルからもらった鍵を手に、勝道の後に続く。わたしの後ろには、春風と、ちまり、ユウリ、リリミアが続く。僕も僕もと、柳も付いてきた。
「どれぐらい、魔物が出た?」
「もうわんさか。ふふ。ふふ……、なかなかにスリリングな戦い、もとい、討伐作戦だったぞ」
自衛隊的に『戦い』という表現はまずいのだろうか。勝道が作戦と表現した、魔物討伐は、参加した自衛隊員全てを満足させるものだったようで、すれ違う隊員が皆、青春真っ盛りの少年のような顔をしていた。
主人公が、その仲間たちとともに、武器を手に魔物と戦うというシチュエーションはゲームやアニメ、漫画などで絶対に胸躍る定番中の定番シーン。
だが、現実にそんなことは起こらない……、それはフィクションの世界の出来事のはずだった。しかし、突然現れた異世界とつながる道のおかげで、魔物と戦う機会が訪れるというあり得ないことが、起こるようになってしまった。
そして自衛隊員たちはダンジョンで、主人公気分を存分に味わったのだ。魔物は怖いがそれは、ちょっとうらやましいような気がする。
壁や床は地下に広がる洞窟そのままといった感じで、岩や土むき出しだった。ダンジョン内の壁に、等間隔にぼんやりと淡い光を放つ石が埋め込まれ、内部を照らしていた。魔物が出るのだから、さぞかし薄気味悪いだろうと思っていたが、淡い光に照らされた地下に広がる迷宮は、幻想的ですらあった。
「これは?」
「ああ、最初から点いてた。意外と親切だよなあ。でも、これだけじゃあ暗いから、照明を設置したけどな」
「意外に天井が低いね。3mくらい?どうやってあのでかいギルガルが通ったのかなあ」
「這いずり回ったとか?」
「まさか、いつもは小っちゃくて、戦いの時に巨大化するとか?」
「瞬間移動で一気に外へ、とかかねえ」
「それは……、うーん。どうなんだろうねえ」
「うげ!」
カメラを持ったちまりが顔をしかめて声を上げた。超巨大な黒いクモがひっくり返っていた。
全長3m以上はあり、体中に銃弾の跡があった。ちまりは鳥肌が立ったようで、腕を掻いている。その隣で、通販大手サイト『MITSUKETE!』で購入したLEDライトが取り付けられたヘルメットをかぶり、ナイフや鉈などの刃物を使う時に、手が傷付かぬように守ることができる作業用防刃手袋をはめた春風が、魔物をべたべた触ってその感触を確かめていた。
「ははぁ……。これだけでかいと、余裕で人間でも捕食しますな」
「クモならね」
わたしは、持っていたペンの先で、巨大グモの腹部をつついてみた。つついた部分はしっかりとした強度があり、全くへこまない。
「ぼくたちが知ってるクモとは全く違う存在みたい」
「そうなんですか?同じ姿っすよ?」
「クモは、自分の体重を外骨格で支えてるんだけど、昆虫なんかよりも外骨格が柔らかくて、身体がもろいんだよ。だから、こんなに大きくなっちゃ、自分の体重を支えられなくなるし、頑丈にしようとすると外骨格の厚みを増さなきゃいけないけど、そうなると、身体の内部の筋肉や大事な器官の量を少なくしなくちゃなんないわけ。それに、外骨格を立派にしちゃうと重くなっちゃって、動けなくなるし、ぶっちゃけ、こんな大きくなっちゃクモは生きていけない」
「ははあ。じゃ、これは何でしょう?」
「魔物?ていうか、生き物?生き物だとしても、こんな、滅多に人が来ないようなところで暮らしても、食べ物がないでしょ。相当でかい生き物がいっぱいいないと、エサが足りないよ」
「ですなあ。扉で外界とは遮断されているようなところで、こんな立派な体を維持するだけの食料は、手に入りません」
すごく嫌そうな顔で、クモを撮影していたちまりが言う。
「でも、そんなこと言えば、この中にいたギルガルは、いつも何食べてたんです?」
「そう言えば、そうだよなあ。たまに来る冒険者だけじゃあ、足りないよなあ……」
柳がクモの腹部や足、そして頭部を観察しながら言った。
「ああ、やっぱり、クモではありませんな。目の数が足りません。大きな目が二つ。本来なら八つあるはずです」
「ということは、やっぱり、このダンジョンに挑戦をする冒険者を邪魔するために配置された、敵キャラだってことかなあ」
「強かった?」
春風が、勝道に尋ねた。すると、勝道の脇に控えていた左沢陸曹が代わりにものすごく嫌そうな顔をして言った。見れば、足や腰に、白いものがくっついている。どうやら、糸の被害にあったようだ。
「滅茶苦茶、鬱陶しかったです。口から糸を吐いて、わたしたちの足止めをしようとしました」
「口?じゃあますますクモじゃないね。クモは普通、口から糸は吐かない。お尻から出すんだもん」
クモに興味が尽きないわたしたちに勝道が促す。
「ほら、行くぞ。お前に見せたいもんがあるんだ。もしかしたら、お前の疑問を解決できっかも知れないぞ」
そこら中、魔物の亡骸、残骸が倒れている道を右へ左へと進み、階段を降りる。
そしてたどり着いた地下三階。少し広い空間に出た。奥には、地下四階へと続く階段が見える。その階段の手前。地面に円形状に描かれたものが見える。
直径5mほどの円が描かれ、その線の周りには、複雑な文字なのか記号なのか、判別できないものが書かれている。そして、円の両脇に、石でできた高さ1m50cmの灯篭のようなものが立っていて、片方には青い石、もう片方に赤い石が取り付けられている。その周りに、7、8名の自衛隊員とともに、ヴァンドルフが立っていた。わたしはその円をまじまじと見て聞いた。これは、ファンタジー系の作品ではおなじみのものではないのかと。
「魔法陣?」
「そうですね」
ユウリが答えてくれた。
「で、多分、両脇の石から、魔力の供給を受けているのではないかと」
「これが、ぼくに見せたかったもの?」
「ああ。で、どうしようか思案中のものだ」
「何で?」
「あれの中心から、骸骨型の魔物が這い出て来たのを見た」
「マジ!?」
「あれが、魔物発生装置ではないかと、考えている」
「はあ……。これが……。だとすると、また出てくるのかな?」
ユウリが、円の外側を回りながら、記号や文字を判読しようとしている。
「何か分かった?」
「ええ。多分、東海林さんがおっしゃた通り、ここから魔物が出てくるんだと思います」
「じゃあ、またこっから、何か出てくるんじゃないの?」
春風が言うと、ちまりも続く。
「そうですよ!ヤバいのが出てきたらどうするんっすか!」
「勝道っちゃん、さっき危険なものは全て排除したって言ってなかったか?」
「排除したよ。今はいないだろ?これから出てくる可能性については、俺じゃあ判断できねえべした。魔法に関することなんてさっぱりだもんよ。まあ、出て来たところで、また排除するだけだったなぁ」
余裕ぶっている勝道に、わたしが最も恐ろしい可能性について告げる。ちょっと頭を働かせて考えれば分かるだろうに、勝道はもともと頭は良いのだが、大雑把なところがあるので困る。
「おい。お前、あの魔法陣からギルガルが出て来たとは、考えなかったのか?また、あんなのが出てきたらどうする!」
「あ」
やっべ。そこまで考えてなかった!うっかりうっかり!と、その場にいた自衛隊員皆が顔を見合わせた。
「大丈夫ですよ、あの台の上の魔法石を外せば、この魔法陣は機能しなくなるはず……」
と、ユウリが言い終わる前に、二つの石が光を放ち、続いて魔法陣全体も強い光を放ち始めた。勝道が叫ぶ。
「光った!出るぞ、構え!」
自衛隊員たちが、一斉に魔法陣の中央に向けて小銃を構える。
「わわっ!わわわわっ……!」
うろたえるちまりを、リリミアが下がらせ、剣を抜く。
強い光の中から、丸い物体が二体飛び出し、そして、二、三度飛び跳ねると、こちらに向かって勢いよく突っ込んできた。それは、皆が『水まんじゅうと』と自然に呼び始めていた魔物。
正式名称『ポポム』。ゲームに出てくるスライムのような魔物で、ぷるぷるとした、まさしく和菓子の水まんじゅうのような姿をしており、ダンジョンでは定番の魔物。そして、この魔物は、半透明の部分から二本の触手のようなものを伸ばし、振り回し、敵を殴りつけてくる。ぷにぷにとした触手で殴りつけてくるだけなら大して怖くはないが、倒した相手の頭部に取り付き、半透明の身体で覆い、窒息死させようとすると、ユウリが恐ろしいことを言っていた。
勝道の隣にいた自衛官が、跳ねる水まんじゅうをサッカーボールのように冷静に蹴り飛ばした。壁に叩きつけられた水まんじゅうに勝道が冷静に銃弾をぶち込んだ。もう一体の水まんじゅうも、同じように処理された。
「おおー」
わたしは、見事な自衛隊員たちの動きに拍手を送った。いやいや、と自衛官たちが照れている。
そこに、油断が生じた。
水まんじゅうの登場に皆の意識がそちらに集中してしまい、その隙を突くかのように、魔法陣からもう一体の魔物が現れていたことに、気付くのが遅れたのだ。
剣を手にした、骸骨型の魔物である。
骸骨は、カタカタとあごを鳴らし、標的を見定め、手にした剣を振りかざしながら突進してきた。
狙われた標的、それはユウリだった。
「危ない!」
少し離れた所から我々を撮影していたちまりが叫んだ。骸骨の襲撃に気付き、自衛隊員のひとりが銃を構えて狙いを定めたが、射線上にユウリがいたために発砲できなかった。
ユウリに剣が振り下ろされようとした瞬間、春風がユウリの前に飛び出して、骸骨が手にしていた剣を、防刃手袋をはめた手で受け止めた。そして、
「ふっ!!」
春風が、短く息を吐きながら、骸骨のあごをアッパーカットで振りぬいた。骸骨はあごを弾かれて後ろにのけぞる。人間相手ならKO必至の威力はあったと思われる。しかし相手は骸骨型の魔物。春風はそこから後ろ回し蹴りの追撃を胸にぶち当て、魔物を地面に倒すと、ジャンプして体重を乗せた自分のかかとで骸骨の頭部を踏みつけた。
ぐしゃっと音を立てて、魔物の頭部は潰れ、そして動きを止めた。
「おお~……」
その場にいた自衛隊員たちが、あまりに見事な春風のコンボに、感嘆の声を上げる。
「いえーい!」
春風が得意げに親指を立てて笑顔を見せた。
「大丈夫ですかはるちゃん、手。剣をまともに受け止めてましたけど」
「大丈夫。チェンソーや斧からでも手を守る『守っちゃっ手』付けてたから!通販サイトのレビュー書こうかな。魔物の一撃もへっちゃらって」
再び見事に仲間を守ったうえに魔物を打ち倒した妹を、褒めてやりたいがその前に一言、兄として言わねばならぬ。
「よくやった春風……、と言いたいが、お兄ちゃんは昨日も言っただろう?短いスカートで蹴りを放つなと。またパンツが丸見えだったぞ」
「あちゃあ……、また見えちゃった?」
「しかもなんだそのエロいパンツは!昨日よりもサービスが過ぎる!なあ、ユウリ」
「いえいえいえいえいえ!今回はボク、見てません!」
顔を赤くして首を振るユウリ。
「今回、『は』?」
皆の視線がユウリに向けられる。ユウリがさらに赤くなってうろたえた。
皆に笑われ、いたたまれなくなったユウリは、うつむいたまま石の台の前に立つと、その上に載っていた青い魔法の石を取り外す。反対側の台にはリリミアが駆け寄って、赤い石を外した。
その後、魔法陣から魔物は現れなくなった。
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