エピローグ「少女たちはつながっている」

エピローグ「少女たちはつながっている」

「ううん」

 靄の中にいた思考が覚醒していく。

 彩花が目を開ける。

 白い天井が見える。

 背中に滑らかな感触がある。

 どこかで寝かされているようだった。

「ようやく目を覚ましたみたいだね」

「こなた」

 横からこなたの声がした。

 視線だけをそちらに移す。

「ここは……」

「病院だよ」

「そう」

 こなたはベッド脇のイスに座っていた。

「三日寝ていた」

 こなたの横にいたのはかなただ。

 二人は手を繋いでいる。

「もう起きないかと思っちゃった」

「かなた、さん」

「こなちゃんがいいんだから、私もかなたって呼んで彩花」

「わかった、かなた」

「彩花、こなちゃんを助けてくれてありがとう」

「かなたを助けてくれてありがとう」

 二人が嬉しそうに言った。

「そんな、私は」

「いいや、あの夢を壊してくれたんだろう?」

「それは、そうだけど」

 確かに自分はあの夢を壊したが、壊したのは裁定者である燐だ。彼女の命と引き換えに自分たちが戻ってきたのだ。

 しかし、彩花は事情を知らない二人に言葉にして説明することができなかった。

「帰ってこれたんだ」

「そう、私たちは帰ってきたんだよ」

「でも、こなたの病気は」

 このままでは治らないのではないか。

 こなたとかなたが顔を合わせて、お互いに微笑む。

「KLSが手術をしてくれることになった」

「そうなの?」

「口止め料だと思う」

 かなたが言った。

「まあ、こいつは取れないみたいだけどね。それは責任を持って彼らが管理するらしいよ」

 こなたが自分のこめかみを指す。

「……そうだった」

 彩花も含めて彼女たちの脳内にはチップが埋め込まれている。

「ゲームはこれで終わりってわけだね」

 こなたが自分の手を見せる。そこには指輪が嵌められていない。彩花も自分の左手を見るが、指輪はなかった。

「そこで、だ」

 見せた手のひらを握り、こなたは人差し指を立てる。

「KLSが事情を知っているプレイヤーの願いごとを可能な限り叶えてくれることになった。それで私たちは手術を望んだってことさ」

「KLSが」

「口止め料として金の問題はほとんど気にしなくていい。まあ、このことを知っている人間はそんなにいないんだけどね」

 こなたが親指で彩花がいるベッドとは反対の方向を指した。

「蘇我さん」

 蘇我幹がベッドに座り、むすっとした顔でこちらを見ていた。

「彼女も」

 帰ってこれたのだ。

「ああ、ずっとあの調子だけどね」

 紗希は、彼女を殺してなどいなかったのだ。

「祈とミチルは」

 彩花の問いかけにこなたは首を振った。

「そう」

「彼女たちは、それを願ってしまったから、だろう」

 二人は選択の結果としてアップロードをしてしまったのだから、戻ってくることはなかった。

「それで、彩花は、なにを願うの?」

 かなたが聞く。

 今まで散々繰り返されてきた質問だ。

 かなたを助けること。

 その願いはこうして叶った。

 それから、リアルに帰ること。

 みんな、と。

「私には、もう、願いごとなんて」

 祈は、夢の中でグリモアによって傷ついた人間は助からないと言った。

「でも、紗希は……」

 それがリアルでどうなるのか、ただ植物状態になるのか、それとも。

 いずれにしても、紗希は彩花の目の前で消えた。

 だからもう、彩花の願いごとは叶わない。

「それは……」

 察したこなたが言い淀む。

「もう……」

 かなたも沈鬱な表情をして下を向いた。

「私は、他に、望むことなんて」

 もうない、と彩花が言いかけたとき、病室のドアが開いた。

「こなかな、勝手に殺すなよ」

「紗希!」

 ドアの向こうから聞き覚えのある声がして、彩花は声を上げる。

「お前ら、本当になあ」

 紗希が姿を見せる。

 紗希は彩花と同じ入院着を来ている。

 外傷はなさそうで、包帯もしていないし、松葉杖もついていなかった。

「あははは、いやあ、ごめんごめん」

 こなたがお腹を抱えて笑い出した。

「だってこの方が面白いだろ」

「紗希……」

「なんだかんだで、僕も生きている」

「悪運が強かったんだね」

 かなたが言った。

 それに紗希は反論する。

「いや、裁定者が手加減してくれたんだろう」

「え?」

「彼女に貫かれたあと、わけのわかんない白い部屋にいた。転送ってやつなのかな、そこにしばらくずっといて、かと思ったら天井が崩れて、気が付いたら病院で寝ていたってわけ」

 紗希が頭を掻く。

「あの場でそんなことができるのは裁定者しかいないだろ」

 確かにそれはそうかもしれない。

 あれは彼女の夢だ。

 すべての権限は彼女にあった。

「どうして彼女が」

「さあ」

「久慈彩花さん」

 病室に看護師がやってきた。

「言付けを預かっています」

 看護師は白い封筒を彩花に渡して、すぐにいなくなる。

 裏面を見て、端に記された名前を彩花は不思議そうに見る。

「ミチルだ」

「ミチル?」

 言われた三人がそれぞれに首を傾げる。

 それはミチルからの手紙だった。

「開けるね」

 中には一枚の便箋が入っていた。

「最後の最後に手書きの手紙かよ、そういうところもミチルらしいけど」

 紗希がぼそりと言う。

 その手紙を彩花が読み上げる。

『彩花、こんにちは。この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないでしょう』

 出だしは、かつて失踪したときに動画メッセージで伝えてきたことと同じだ。

 しかし、今はミチルは本当にこのリアルにはいない。

『そして、この手紙を読んでいるということは、あなたは現実に戻ってきたのでしょう。おめでとうございます。戻ってきたあなたがなにを望むか、それはわかっています。私からの餞別として、私の願いごとをそれに使っておきます』

「ということは、ミチルが」

 紗希が言った。

 紗希を転送したのは裁定者だが、それを望んだのはミチルだったのだ。

「待って、まだ続きがある」

 彩花が便箋の下の余白に書かれた言葉を読む。

『追伸。とても楽しかったです。みんな仲良く! あなたがたの友人、ミチル』

「えっと、これで終わり、みたい」

 便箋の裏まで見て、他に何も書かれていないことを確認する。

「最後までよくわかんないやつだったな」

「そうだね」

 紗希の感想にこなたも相づちを打った。

「私は、なんとなくわかるな」

 彩花には、彼女の気持ちがなんとなくわかるような気がした。

「なに?」

「ミチル、友達が欲しかったんだよ」

 何を言っているんだ、という顔で彩花以外の三人が彼女を見た。

「あいつがそんな玉かねえ」

「うん、そう、たぶん」

 私と同じように、という言葉を彩花は飲み込んだ。ただ、三人を笑顔で迎えるだけで良かった。

「そうかなあ」

 信じられない、と紗希は訝しげにぼやく。

「紗希は、なにを望むの?」

「うーん、欲しいものはたくさんあるし、やりたいこともたくさんあるんだけど」

 彩花に聞かれて、紗希は腕を組んで少しの間考え事をしている。

「とりあえず、今は一つ叶ったから、まあいいか」

「え?」

 紗希が口角を上げてにこりとした。

「よいしょっと」

 紗希がベッドによじ登り、横になっている彩花に寄りかかる。

「ちょっとちょっと」

 彩花が助けを求めるが、二人を見ているこなたとかなたはにこにことしているだけだった。

「いいからいいから」

 彩花が抵抗するまもなく、紗希は唇が触れそうな距離まで顔を近づけて、彩花をじっと見る。

 紗希が楽しそうに囁く。

「おかえり、彩花」

 それに彩花も笑顔で答える。

「ただいま、紗希」

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ヴァーチャル・プライベート・ネットワーク・ガールズ~ぼっちの私がAR指輪を拾ったら女の子同士のバトルゲームに巻き込まれた~ 吉野茉莉 @stalemate

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