積雪20センチメートル

紫喜 圭

4年ぶりの大雪警報

 私の住まう地域に大雪警報が出たのは4年ぶりである。確か四年前は成人式に直撃し、振袖の新成人女性が雪に足を取られ四苦八苦していた景色が懐かしい。或いはスーツを着た新成人男性が童心に返り雪と戯れる景色が思い出される。

残念ながら首都機能とは脆いもので、10cmの積雪で簡単に麻痺する。足を取られる程度の積雪で電車は遅延し、運送は止まってしまう。


 首都圏に降るような雪と雪国に降る雪の違いは周知のことである。科学的には水分含有率に違いがあり、首都圏に降るような雪は水分が多いため硬く固まりやすいし、雪国の雪は水分が少ないため柔らかく固まりにくい。

固まりやすいとは即ち氷やすいということであり、雪国出身の人でも気を抜くと足を滑らせる。一方で固まりにくい雪はその上を滑る各種ウィンタースポーツに適するのである。


 たまにしか起きない気象というものは普段と違う心象を心に起こす。今度の雪は日中から降ったために灰色の雲が空を覆った。それはまるでイギリスの空の如く鬱々としていてある種の終末観を想起させた。

そんな心象を悠々感じていられたのは私の仕事が今度の雪で特段影響を受けなかったからだ。普段30分で帰られる帰路に3時間を費やした友人は終末観に思いを馳せる暇などなかっただろう。


 雪がもはや災害級のダメージを首都に与えるのはなぜか。おそらくそれは人口が首都一点に極集中するためであると考えられる。


例えば少ないプロセスに発生した遅延は大した問題にならない。

しかし万あるプロセスそれぞれに一の遅延がかかれば大ごとだ。各々自身が処理する作業を考えてみてほしい。仕事でも学業でも、一の作業にかかる時間が増えると作業時間は指数関数的に増えていくはずだ。例えば単語の書き取り1つにかかる時間が十秒増えたらどうだろうか。百回書き取りするだけで千秒およそ十五分の遅延となる。千回なら…言わずもがなである。


 ちなみに東京に通勤通学等で流入する人口は三百万人ほどになる。これは都内を移動する人口を含まないため、朝何かしらの交通手段で動いている人間はとんでもない数だ。


 これはまさに現代社会の弱点を示している。東京は世界の首都で比較してもGDPが高い。首都機能の分散や移転はおそらくこのせいで実現しない。東京は金を動かす、それを分散させるコストやリソースに現状の利益が勝りすぎているのかもしれない。しかし、この一極集中は災害の観点から言ってもテロなどの観点から言っても恐ろしい弱点だ。東京に地震が起ころうがテロが発生しようが、日本に与える打撃は計り知れない。


 少し前の映画だが『シン・ゴジラ』ではまさにこう言った首都の弱点も話のテーマであった。映画の世界では日本はスクラップアンドビルドで成り上がってきたのだからまた立ち直れるというような締めくくりであったが、現実がそう上手くいくかを知るのは神だけであろう。


 集中点へのピンポイント攻撃といえば「コインチェック」を連想せずにはいられない。仮想通貨ビットコインの取引高で世界の1割を占め、これは取引高ナンバー1だそうである。そのコインチェックへの不正アクセスで580億円分の仮想通貨が流出し、被害を被った友人もいる。この事件の原因はコインチェックがセキリティ対策を怠っていたためであるという見方があり、災害への備えや対策を怠っている日本の現状とダブる。


 起きうる悪い可能性に対して割くリソースは確かに利益を生まない。しかしいざ実際に起きた時、破綻を招かずに済む。これは話を個人に落とし込んでも同じだ。個人の場合はいざというときのために使うお金をプールするくらいが丁度よかろうが、国家や企業がそれを怠るとどうなるか。いい加減歴史から学んで活かさなければいけない段階へきているのかもしれない。


 集中した人口密度は中世や過去の歴史に例がないほどに膨れ上がっている。一点への打撃は文字通り壊滅的な被害を発生させる時代なのだ。災害や人災が起きたとき「備えておけばよかった」「直ちに影響はない」などという言葉はもう聞きたくないものである。


紫藤文彦

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