第34話 終焉の時

 魔女は卓越した運転技術で四輪駆動車を走らせる。

 結果的に戦車を引き離し、砲撃から逃れる。それでも彼女を追い掛けるルーシー達を引き離す事は出来ない。

 「忌わしい・・・あと少しで世界に核爆弾を降り注げるものを」

 長年の望みが叶うところまで来たのに、それが妨げられようとしていた。

 何度も、何度も、夢は叶わなかった。

 多くの為政者達を手玉に取り、多くの戦乱を駆け抜けて来た。

 だが、夢は常にあと少しで潰えるのだ。

 魔女は怒りに満ちた表情となる。その時、右前輪が吹き飛んだ。金属疲労か何かでネジが折れたのだろう。四輪駆動車は制御を失い、派手に横転した。安全ベルトなど無い車だ。魔女は軽々と車外へと放り出される。

 草原にゴロゴロと転がった魔女。

 立ち上がる頃には追って来たルーシー達が車から降りる所だった。

 「撃てっ!撃てっ!」

 ルーシーが叫ぶ。降りて来た兵士達は手にした自動小銃や短機関銃を構える。

 20人以上の敵を前にした魔女は圧倒的に不利だった。

 だが、魔女は腰からワルサーP38自動拳銃を抜く。

 グリップには双頭の鷲が描かれていた。

 「愚か者共め」

 激しい銃撃戦が起きた。だが、魔女に弾が当たらず、魔女の弾は兵士達を次々と倒していく。その中にルーシーも居た。彼女も左腕を撃たれて、草原に転がる。瑠璃は慌てて、ルーシーに駆け寄る。

 「あいつ・・・何故、弾が当たらないんだ?」

 「多分、結界です。悪魔の力で弾が身体を避けていくのです」

 瑠璃は祈りを込める。それは魔女が放った弾を弾いた。それを見た魔女は顔面蒼白になる。

 「き、貴様・・・我と同類か?」

 魔女は空となったマガジンを放り捨て、新たなマガジンを押し込む。その間に瑠璃は立ち上がった。

 「同類・・・?違います。私は帝から力を与えられた巫女。鬼を倒す為にここに参りました。今こそ、使命を果たす時・・・死んで貰います」

 瑠璃は左手でポケットから数枚の札を取り出すと、それを魔女に向けて放つ。

 札は空中で形を変え、狗の形となった。それは魔女に襲い掛かる。

 「ふん・・・使い魔のようなものか」

 魔女はその不可思議な光景にも驚く様子を見せず、冷静に手にした拳銃で狗を撃ち抜く。撃ち抜かれた狗は四散し、紙へと戻った。

 それに驚いたのは瑠璃の方だった。式神を容易に消す事が出来るとは思わなかったからだ。

 瑠璃の動揺は力に影響する。魔女の放った弾丸が左肩を掠めた。

 「きゃあ」

 その場に倒れ込む瑠璃。それを好機と捉えた魔女がトドメを刺さんと狙いを定める。だが、そこに激しい銃撃が叩き込まれる。弾丸は魔女を掠めるように弾かれていくが、さすがに軽機関銃の集中射撃を受けて、魔女は後退る。

 短機関銃を持ったルーシーは全弾を撃ち終えて、短機関銃を放り捨て、拳銃を抜く。だが、魔女の弾丸が彼女の身体を撃ち抜く。

 倒れるルーシーを見ながら瑠璃が立ち上がる。

 「ルーシー!」

 魔女は瑠璃に狙いを定め直す。だが、瑠璃も手にした回転式拳銃を構える。

 僅か10メートルの射程距離。

 銃声が交差した。

 誰もがその決着を見つめた。

 魔女は目に涙を浮かべる。

 「馬鹿な・・・私が・・・私が・・・こんな事で・・・」

 フラリと倒れる魔女と瑠璃。

 

 ソ連の暴走はスターリンの死によって、終わった。

 スターリンの跡を継ぐ形でフルシチェフが政権を握る。

 拡大したソ連の野望を引き継いだ形であったため、多くの偉業を成し得つつも、世界中の戦火拡大の幕引きには時間が掛かった。

 無論、その中には日本との問題もあった。

 ソ連は決して、交渉に妥協をしない。

 日本は北方四島を奪還しただけで停戦協定を結ぶしか無かった。

 世界を長年、戦火へと引き摺り込んだ魔女は死んだ。

 その死体はまるで消し炭のように黒く炭化して、散り散りとなり風に飛び散った。

 瑠璃は魔女から離れただろう悪魔の魂を浄化して、全てが終わった。


 瑠璃は長年に渡る任務を解かれ、日本に戻る。

 高度成長期を迎える東京はまるで違う街のように変わっていた。

 新たな時代が始まろうとしている事に彼女は思いを馳せる。

 悪魔とも鬼とも呼ばれる存在。

 人の心は弱く、彼らに蝕まれる。

 千年に及ぶ魔女に操られた戦禍の歴史だった。

 だが、それがこれからも起きないとは限らなかった。

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戦禍の魔女 三八式物書機 @Mpochi

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