第33話 千年の想い

 魔女は笑っていた。

 悪路を揺さぶられながら、巧みに運転する。

 彼女にとって、この程度の危機は危機じゃない。

 ヒトラーの時もそうだったが、幾度もこのような危機を乗り越えてきた。

 多くの英雄を惑わし、戦いへとその身を投じさせた。

 英雄の終わりは悲しいものだ。命を狙われ、独り死んでいく。

 彼女はそうした最期を見続けた。

 遥か昔、彼女が魔女になる前。

 ただの少女だった。

 貴族の家に生まれ、何一つ不自由の無い生活を送っていた。

 しかし、戦争が彼女から全てを奪った。

 地方の領主であった彼女の家の土地に荒くれ者を伴った軍勢が押し寄せた。

 両親は殺され、家は焼かれ、全ての財産は奪われた。

 そして、美しいが故に彼女は犯され、奴隷とされた。

 何度も、何度も、男達に犯された。

 地獄のような日々が続いた時、彼女は壊れた。

 意識と記憶は失われ、無気力に男の相手をするだけの人形に成り果てた。

 やがて、そんな彼女に飽きた男達は彼女を棄てた。

 山奥に放置された彼女はそのまま、死んでしまうだろうと思われた。

 彼女は最期の力でただ、世界を呪った。

 死力の限り、呪った。

 その呪いは・・・恐怖と苦しみをこの上なく好む存在・・・悪魔を呼び寄せた。

 悪魔は彼女の傍に立った。

 そして、彼女に契約を迫った。

 「お前は私にこの世の全ての恐怖と苦しみを捧げてくれるか?」

 悪魔の言葉に彼女は笑みを浮かべた。

 「えぇ・・・この世の全ての人間に苦痛を与え、その命を奪ってやるわ」

 その言葉に悪魔は笑った。その時、奇跡が起きた。

 死ぬ直前だった彼女の体に精気が戻り、みるみると傷は癒えた。

 かつての美しい姿の彼女に戻ったのである。

 そして、彼女は理解した。

 この身体に悪魔が宿ったと。

 人ならざる力を得たのだと。

 彼女は人を魅了した。男でも女でも・・・特に欲深い者は彼女に強く惹かれた。

 そして、魅了され、虜にされる。

 虜にされた男は知らぬ間に彼女の思うがままに操られる。

 どんな残虐な事にも手を染めた。

 彼女は多くの男を手玉に取った。

 戦争も起こした。虐殺も行った。

 魔女狩りもやった。

 多くの人々を苦しませ、殺す事を楽しみながら行った。

 彼女はただ、この世界が苦しみに満ちれば良いと思っていた。

 そう願い続け、千年の時が経った。

 第一次世界大戦にも彼女は関わった。

 そして、第二次世界大戦を経て、原爆が生まれた時、彼女は興奮した。

 世界滅亡への足音が聞こえた気がしたのだ。


 「ふふふ・・・あと少し・・・あと少しでこの世界は終わる。私を魔女にしたこの世界が終わるのよ。全ての人間は消え去り、その時、私も消える・・・地獄を終わらせのよ」

 魔女の瞳に涙が浮かぶ。

 その涙は風がどこかへと飛ばした。

 車が疾走する。石を蹴散らし、ロシアの荒野を土埃を上げながら。

 それを追う2台のトラック。

 懸命に魔女を追うが、徐々に離されつつあった。

 運転をするアメリカの諜報員が口惜しく叫ぶ。

 「くそっ!トラックとジープじゃ、話にならない」

 助手席からは何度も発砲が繰り返されるが、数百メートルも離されていては当たるわけも無かった。だが、それでも彼等は諦めなかった。アクセルを踏み込み、エンジンが壊れるかと思うぐらいに回転数を上げる。

 技術力の低いソ連製の変速機は悲鳴を上げ、今にも壊れそうだった。

 だが、それでも魔女との差は開くばかりで、このままではいつ、ソ連軍と遭遇するかもしれないと誰もが危機感を抱き始めた時、突如、魔女の乗る四輪駆動車の周辺で爆発が起きた。爆風に晒され、彼女の車はよろめくように左右に振れる。

 その様子にトラックの運転手は驚く。

 「何が起きた?」

 その時、ルーシーの仲間が持つ無線機に音声が入る。

 『こちら反共産主義集団。スターリンの暗殺の応援に来た』

 それはこの状況を生み出す為にかつてよりソ連から迫害を受けていた人々を集めて作り上げた反共産主義の組織だった。彼等は西側諸国から極秘に戦闘訓練と武器を供与され、この日に備えていた。

 スターリンの隠れ家の周辺に配備されていたソ連軍を攻撃したのも彼等であり、一部、武器を奪って、こちらに駆け付けていたのだろう。魔女は味方だと思う方に向かっていたが、それは敵だったと言うわけだ。

 ルーシーは運が自分に回って来たと思った。

 「瑠璃。ここが勝負所だ。魔女の首を取るわよ」

 荷台の端にしがみつく瑠璃に向かってルーシーは叫んだ。

 

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