#27 緑髪少女は未来を感ずる

 教室に全ての生徒が戻ってきた放課後のこと。

 カルベン兵士学校に部活というものは無いが、訓練室の方から元気な声が聞こえてくる。教室にも何人かが静かに自習をしている。

 この光景だけは人間界だろうとこっちの世界だろうと変わらない。その事実がハイドをいくらか落ち着かせる。

 実は、少しだけ緊張していた。

 向かっているのはハイドがここに来てから初めて行く相談室。今朝、ラプトに相談を持ちかけられ学校が終わったら向かうように指示をしていた。

 教師としては何年もキャリアがある。生徒から相談されるのも初めてではない。けれども、今回は少しだけ嫌な予感がした。

 真面目で遅刻なしだったラプトが今日は遅刻した。どことなく不安そうに瞳が揺れていた。そして、相談。

 嫌な予感を感じない方が無理だった。

 何が来ても、驚かないようにしないと。

 それは、ハイドが生徒から相談される時に、いつも考えている事だった。

 木の廊下をしばらく進み、相談室と書かれたプレートが見える。

 その真下にある扉をゆっくりと開けると、ラプトが一瞬だけ肩を震わせてこちらに目を向けた。

「あ、先生。お待ちしていました」

「悪いな、遅くなった」

 相談室の中は1組のテーブルと椅子があり、部屋の隅には観葉植物が置かれていた。西側に大きな窓がひとつあるおかげで夕日が差し込み、部屋はオレンジ色に染まっていた。

 ハイドはラプトとテーブルを挟んで座り、様子を見る。

 不安げな瞳。わずかに上気した頬。僅かに体が震えているようにも見える。

「あ、あの先生」

「ん?」

「あんまりジロジロ見られると、恥ずかしいです」

「あぁ、悪い」

 ラプトの顔が赤いのはもしかしたら自分のせいだったかもしれない、と苦笑する。

「それで、相談ってなんだ?」

 あまり無言の時間が続けば話しにくく、気まずい雰囲気が流れる。ハイドは単刀直入に聞いた。

「はい。まず一つ確認させてください。先生は妖精族の『予兆』をご存知ですか?」

 なるほど、その類か。

「あぁ、妖精族が見る夢のような未来予知だな。前の学校にもいたよ」

 未来予知、と言ってもニウスの特殊能力ほどではなく、とても抽象的。夢を見ているかのように、これから起こるであろう現象を見たり、言葉として認識する。それが、妖精族と言う種族であり、妖精族の予兆と言うものだ。

「知っているのならよかったです。それで、私が見たものなんですが」

 予兆について加えて言えば、その内容が楽しいものだったことはない。ラプトも話そうとしているが、固く閉じた口はなかなか開かない。

それでも、ラプトが自分からは話すその時までハイドはただ黙って待っていた。

やがて、ラプトは深呼吸を2、3度繰り返してゆっくりと口を開いた。

「『強固な結びが途絶え、災いを呼び起こす』と、言うものです」

意味はさっぱり分からないが、ハイドはニウスから聞いた言葉を思い出していた。忠告と前置きして言った『絆は付き合いが長ければ長いほど強固で、綻びが生じやすい』という言葉。

忠告と言うくらいだ、ニウスがこの言葉を伝えたのは彼女の見た最悪の未来を避けるためだろう。

そして、今回のラプトの予兆と照らし合わせてみる。『強固な結び』は色々な捉え方があるだろうが、ニウスの話が頭に残っているハイドには、それが絆を示しているようにしか思えなかった。

絆に綻びが生じ、何らかのの災いを呼び起こす。

「どういう意味だと思いますか?」

不安そうにラプトは尋ねる。

「何か良くないことが起きようとしてるのは分かるな」

「それは、そうですけど。」

「災いってのは大方脅威によるもんだと思うけど、強固な結びってのはわかんねぇな。封印が解けるってのも有り得そうだし」

ニウスの予知のことを話そうかと思ったが、それではなんの確証もないまま『強固な結び』を『絆』だと思い込んでしまう。確かなものが無い時に新たな情報はまだいらない。

「そう、ですよね。私はこれからどうすればいいんでしょう」

「何もしなくていいんじゃないか」

「え?」

「いつも通り過ごせばいいさ。ラプトの予兆については俺が調べておく。だから、あまり気にしないでいつも通り過ごしてくれればいい。何かわかったら伝えるし、ラプトも新しい情報を得たら教えて欲しい」

ハイドの言葉が意外だったのか、ラプトの瞳は心配と期待で左右に揺れる。

「何かが起こるまで何が起こるかは分からない。強いてわかるやつがいるならニウスくらいだしな。何かあればあいつも動くだろ」

「そう、ですけど」

納得はしていないが、反論も特に思いつかないようだ。

「安心しろ。何が起きても、俺が何とかしてやる。俺はお前達の担任だからな」

ハイドはそう言い、歯を見せて笑った。

「はい、あの!」

と、ラプトも何か言葉を返そうとしたところで、校内に設置されたスピーカーが音を発した。

『ハイド先生。大至急学園長室に来るように』


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壊れゆく世界の片隅で、色とりどりの花が咲く 小野冬斗 @_ono_winter

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