#27 もしも兵士を目指すなら―

 トフレは『風を予見する』特殊能力を持つ。

 自身の周りで、どの方角でどのような強さの風が吹くのか。それを感覚的にとらえることが出来るのだという。

 そのおかげで、自身にそれほどの五感がなくても、敵に遭遇する前に敵に気付くことが出来る。奇襲をしようとしてきた相手を奇襲で返すことが出来るようになった。

 それが思いのほか厄介だった。と戦いの後にチコは語った。

 一方、ロギルが戦っていた相手、エドパスは『瞬間記憶』という特殊能力を持っている。

 これは名前の通り、時間をかけて定着させる記憶を一瞬で定着させると言うもの。

 今回の戦闘においては、ロギルの立ち回りを覚えて未来予知にも似た攻撃を加えてくる。

 と、ロギルは話した。

 これが、レイネスの戦っていた裏で行われ、レイネスが当人たちから聞いた簡単なまとめだ。

 はっきり言って、たったこれだけでも彼らの成長が窺い知れる。

 あの《黄金の脅威》討伐から確実に力を伸ばしている。

 その三人が今では。

「「「すいませんでした」」」

 頭を下げて謝っていた。

 結局のところ、エドパスとトフレはそれぞれロギルとチコに敗れ、メグが最後に放った攻撃は確かにレイネスに当たった。それでも、致命傷には至らず、レイネス側の3勝によって決着。

「これで、ちゃんと学校に行く気になったかい?」

 チコが目を細めて楽しそうに笑う。

「はっきり言って、そんな気にはならないわ」

「な!?」

「チコ」

 頭を下げても態度の変わらないメグにカッとしたチコを諫める。そして、メグは笑って言う。

「けど、約束は約束。学校で学ぶ戦術の基本は数の利を存分に生かすこと。私は、それを逆手にとって作戦を立てるようにした。それを、初めから見破られていたなら、もっと学ぶことがあるってことだもの」

 今回の勝負はお互いにお互いのことを知って始まった勝負。作戦の立て方だとか、行動の仕方と言うものはある程度まで予測が簡単。

 それをいかに裏切るか。

 学校で学んだ基礎。そして、己の勘。

 メグには基礎が足りていなかった。戦場を冷静に分析し、油断しないこと。

 もしもメグが基礎を得ていたうえで戦っていたら。レイネス達は勝てなかったかもしれない。

「さ、帰ろうか。私たちの帰るべき場所に」

 レイネスはそう言って、メグたちを連れて学校へと向かう。

 他にこの娯楽施設に集まっていた生徒に関しては、シオンとラプが学校へ先導した。そうするように指示を出していた。

 メグ、エドパス、トフレ、シント、フィメロ、ネクタ。娯楽施設に集まった6人で町にいる生徒は全員のようだった。

 それ以外の生徒の声も聞こえたが、それらは全部学校の方からだった。

 教室にいない生徒は学校に来ていないと思っていたばかりに、完全に盲点だった。

 だが、そこはどうやらハイドがどうにかしてくれたようだ。

 レイネスは安心して学校へと足を速める。


「おう、おかえり」

 そう言って娯楽施設組を迎えたハイドを見てレイネスは唖然とした。

「先生、どうしたの?それ」

 しっかり着こなしていたはずの軍服はボロボロ。顔や、ちらりと見える肌には切り傷とわずかに赤黒い血がこびりついていた。

「あぁ、これか。これは、まぁ、大したことじゃないよ。こいつらをここに連れ戻すためにはちょいと張り切りすぎた」

「誤魔化さないで。全部心の声駄々洩れだから」

「あはは」

 ハイドはそれでも乾いた笑みを浮かべて誤魔化そうとする。呆れてため息がひとつ出た。

 教室には生徒が全員揃っていた。

 教室に来ないで学校には来ていたのは全部で6人。

 ニウス、ニト、ハドント、タイニー、ロイス。そして、ミルム。

 ハイドがボロボロになっているのはこのミルムのせいだと言っても過言ではない。

「あ、あの、レイネスさん。先生のあの傷は・・・?」

 事情がよくわからないのだろう。そう聞いてきたラプトだけでなく、娯楽施設組の生徒は困惑した表情を浮かべていた。

 本人が話したがらない手前、勝手に話していいものか迷う。けど、クラスの為には話すべきだろうと、心の声から収集した情報で状況を整理する。

「えーっと、まず、学校組のニウス以外はみんな訓練場にいた」

 何人かの生徒が頷いた。

「それで、ミルムを筆頭に先生へ勝負を挑んだ」

 さっきまでのレイネス達とは違い、本物の武器を使い、傷を負い、血も流れる本当の勝負。

「それは、先生対複数で?」

 興味深そうにメグが尋ねる。

「そうだよね?」

 確認の意を込めてハイドに問う。

「おう。正解」

 なぜか嬉しそうに答えるハイド。そこは嬉しそうにする場面じゃない。

「いやぁ、さすがにきつかったわ」

 笑いながら言うが笑いどころは何処にもない。と、言うかよく勝てたものだ。

 学校にいたのは戦闘能力がクラスの中で高い者ばかり。戦闘馬鹿の悪魔族ミルムや、不思議な力を持つ妖魔族ハドント。意外と馬鹿にはできない、『攻撃を受ければ受けるほど戦闘能力が上がる』特殊能力を持った小獣族タイニー。

 一人で相手にするにはかなりの体力を消費し、レイネス自身、彼らとの模擬戦闘訓練での勝率はあまりよくない。

 それに、ハイドは以前『戦闘型じゃない』と言っていた。嘘ではないのだろうが、本当に不思議だ。

「どんなに戦闘能力が高かろうと、自分は出来るって思い込んでいる奴には負けねぇよ」

 考えていることを察したのか、ハイドは呆れたように言った。

「ま、これから少し話すからお前ら席につけ」

 そう言われ、ようやく教室の空席が全て埋まる。

 その大半の生徒はこれから何があるのかを察し、落ち着かない様子だ。

「まー、なんだ。とりあえず、おかえり」

 どこまでもう穏やかな笑みを浮かべ、学校に来ていなかった生徒達もつられて笑みを浮かべる。

 が、その表情が一瞬で引き攣る。

「テメェら、俺が何を言いたいのかよーくわかるよなぁ?」

 穏やかな笑みはどこへやら。それは、ハイドがこの学校に来て初めて見せた、正真正銘の怒りだった。

「一言だけ言わせろ」

 教室全体を見渡し、静かに息を吸ってハイドは続けた。

「従うことが出来ない者には誰かを従えることも出来ない。覚えておけ」

 長いお説教は無意味。そう考えたハイドはたったそれだけ言った。

 その意味をほとんどの生徒が理解した。

 学校という組織に従う。たとえ、意味が無いと思おうとも、本人達の理解できない意図がある。

 他の人に従うことが出来なければ信頼を失う。信頼を失えば自分が積んでいない上の立場になった時、誰もついてきてはくれない。

 たとえ数の利があっても、自分についてくれるものがいないのなら意味が無い。

 ガタッと誰かが立ち上がった。

 メグだ。

 メグが立ち上がったのをきっかけに、他の生徒達も立ち上がる。

 そしてとうとう、座っている生徒はレイネス達、学校を休まなかった5人だけになった。

「先生」

 メグとミルムが教壇まで歩み出る。

「オレたちはまだ未熟だった」

「それを、敗北を経て知りました」

 ミルムは先生と、メグはレイネスらと戦い、負けた。

「私達は思い上がっていました。《脅威》を退けて強くなったと」

「オレたちは、もう十分やれると」

「「本当に申し訳ありまでした」」

 2人が揃って頭を下げ、たっていた他の生徒を口々に謝罪の言葉を述べて頭を下げた。

 その様子に、ハイドは楽しそうな笑みを浮かべた。

「ちゃんと謝ることが出来るなら文句はねぇさ。さ、今日はもういいぞ。時間も時間だ」

 気づけば空は朱色に染っていた。本当に生徒達を連れ戻すだけで一日を使い切ってしまったようだ。

 最後に生徒達はもう一度謝罪し、教室はレイネスとハイドを残して空になる。

「・・・もう誰も、失いたくはないからな」

 小さくハイドが呟いたのを、レイネスは聞き逃さなかった。

 兵士というのは死と隣り合わせ。だから、自分の教え子たちには死んで欲しくない。その気持ちはなんとなくだが理解出来た。

 だが、レイネスには分からないことがあった。

 学校を休んでいた大半の生徒達はそれぞれ自習をしていた。戦術や戦闘方法を独自に学び、身につけようとしていた。

 それはあくまでも、『大半の』生徒だ。この教室にはごく少数だが、思ってもいない謝罪を述べている者がいた。

 その事をレイネスはハイドに伝えようとしたが、教室にはもうレイネスしか残っていなかった。

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