#26 金髪少女は受け入れる

「ふーん、本物そっくりじゃん」

 近くにあった葉を触り、チコは言った。

 周囲は緑の葉と、木々に囲まれた森。活き活きとしているように見えるこの森だが、生きてはいない。本物そっくりの偽物の森。

 その中を、レイネス、チコ、ロギルの3人が注意深く歩き進める。

 戦場体験型模擬戦闘システム。

 呼んで字の如く、本物そっくりの戦場で戦闘を模擬的に体験するものだ。

 軍の訓練によく使われるが、レイネスら3人が足を踏み入れたのは初めてだった。

 周りが森、少し進めばレンガ造りの街が広がっているこの空間に、メグとエドパス、トフレも隠れている。

 メグら3人はこの設備を使い、娯楽施設にやってくる客へ片っ端から声をかけて勝負を仕掛けているらしい。

 軍に所属する客もいるなか、戦績は110戦86勝24敗。勝率約80%。

 果たして初見の自分たちで勝てるかどうか・・・。

 戦場を選んだのはメグたちであり、自分たちが有利になる戦場を選んだに違いない。

 特殊能力で全体の音を拾ってメグたち3人の行動を把握する。

 エドパスとトフレの足音をしない。メグだけが街を走り回る。聞こえるのが足音だけではなく、カチャカチャと何かを操る音から察するに、罠を張り巡らせているようだ。

 足音を消した2人はそれぞれ別の場所に待機。こちらが罠に足を踏み入れるのを待つ。

「チコ、ロギル。作戦を決めよう」

 歩くのを止め、2人と向かい合う。そして、聞こえたことを話し、情報を共有する。

「それじゃあ、街には入らないで、おびき出すか?」

 ロギルは言った。

「罠があるとわかっているのならそこに行く必要はないだろ。メインを張るのはメグだろうから、トフレとエドパスを無視して三人で取り囲む。どうだ?」

「多分それは、メグも想定していると思う。メグは私の特殊能力のことを知っているし、私がこの能力を戦闘に活かしていることもわかっているから。それに、本当に戦術を学んでいたなら、プランは一つじゃない」

 何か一つの計画を立てるとき。それがダメだったら、という可能性を排除することはできない。

 一つ目がダメだったら二つ目。二つ目もダメだったら三つ目。そんなふうに計画の計画を立てておく。そうすることで、想定の範囲内であれば、どんな異常事態も冷静に対処できる。

 今回はメグが罠を張り、自分たちがそれに気づかず足を踏み入れればそこで決着をつける。罠に気付き避けた場合は、罠から離れたところにいる二人が何らかの手を下してくるだろう。

「ねぇ、レイネス。あんたには全員の居場所が分かっているんだよね?」

「うん、まぁ。大まかな位置だけ。遮蔽物が多いとその正確性も欠けるけど」

 メグは未だ街中で動き回り、足音のない二人はここからそう遠くない建物の中に息を秘めている。

「充分だよ。それで、これは提案。場所が分かるならさ、三人そろって近いところから片付けようよ」

 分断しているところを3人で狙い、確実に仕留める。

「数で押すのは、戦闘の基本でしょ?」

 チコはそう言って笑った。

 その考え方は間違っていないし、そうしようという気もレイネスには多少はあった。けれども、数で押せば有利なのはお互いに同じ。

 メグがそんな初歩的なことに気付いていないはずがない。だが、あえてそうせずに別々のところにいるということは、何か思惑がある。そう考えるのが妥当。

「今回は、チコの案は採用しない。私たち3人がそれぞれ相手を仕留める」

「理由を聞こうか」

 よくわからない、とロギルは説明を求める。

「数で押すのは確かにいい作戦。けどそれは、強者に立ち向かう時にこそ真価を発揮するの。この間の戦闘がいい例」

 クラス全員対黄金色の脅威の時は相手があまりにも強くて、数で押すことを決めた。基本的に他の脅威に対してもそのような戦い方を軍が推奨している。

 緑色が来た時も、力を分散させてひとつの島を襲った。その方が効率がよかったから。

 相手が大きくて1つという前提条件の下、このような戦術が選ばれた。

 だが、今回はどうだろうか、

 相手とこちらの数は同じ。戦闘能力も互角。そんな状況にいて数で押すように仕向けている。

「私たち3人がまとまって動くことを、メグが予測して動いているのはほぼ確定。分かり切った罠に初めから乗る必要は無い」

ロギルは先程自分が言った言葉を返されて戸惑う。

メグの所に行くこと自体が罠に突っ込むということ。3人で行くことも罠だということ。ならば、こうは考えないだろうか。

「向こうが俺たちを意図的に分断している可能性もあるよな?」

「うん」とレイネスは小さく頷く。

 もちろんその可能性をレイネスは捨てていない。ただ一つ引っ掛かりを覚え口にしていない。

「今は、私を信じて欲しい。今は仮説の段階。本当のことは実際に起こって見なきゃわかんないから」

「よし、わかった」

 納得した訳では無いだろう。けれども、レイネスが何も考えていないわけがないと信じてくれているようだ。誰かに信じられるのは少し気恥しい。

 そんならしくない感情を心の奥へとしまい込み、3人は互いに目を合わせて頷く。

「ロギルはここから北東にいるエドパスの所へ、チコは北西にいるトフレの所に行って」

「了解」

 2人の声が重なる。

「街から離れるように戦って。向こうが3人揃わないように、できるだけ遠くに。健闘を祈る」

「お前もな!レイネス」

「ちょっくら行ってくるよ」

 2人は跳躍するように走り出し、直ぐにその姿は見えなくなった。

 真っ直ぐトフレとエドパスの元に向かっている。これで、大丈夫なはずだ。

 最後に自分たちの勝ち筋をもう一度考え、レイネスもメグがいる町中央へ移動を開始した。

 街からはもう、物音がひとつもしない。メグが何らかの罠を貼り終え、身を潜めた証拠。

 そのメグの居場所もレイネスにはわかる。

 あとはどんな罠があるのかを確認して誘い込むだけ。やってやろうじゃん。

 森から道なりに走り、広場が見えてくる。

 ミリフェリアと似た、周りが建物に囲まれその中央には噴水がある。

 生き物の気配はなく、先ほどまで聞こえていたメグの僅かな吐息すら聞こえない。レイネスが来たことを察知し、うまくその身を隠したようだ。

 この特殊能力に対してしっかり対策できている。

 さて、と。

 一呼吸置き、無人の広場へと足を踏み入れる。

 刹那。周りの建物から一斉に耳に突き刺さる金属音が耳に突き刺さる。

 耳を塞いでもあまり効果はない。何か固いものと固いものが衝突し合って発生した音のようだ。

 この音のせいで身動きを取ることが出来ない。これが、メグの張っていた罠。

 どこからか雷撃が飛んできた。それを軽く跳ねて交わす。すると次は背後から雷撃が迫る。それも避け、するとまた、という風にメグが攻撃を加える。

 相手の動きを止め、攻撃を加える。

 仕組みはとても単純だろう。

 まず、メグの特殊能力は『金属を引き寄せる』。この能力を使い、金属を動かして音を出す。

 恐らく建物の中にそういった大掛かりな仕掛けがあるのだろう。そして、メグは建物の中を光速で移動し、あらゆるところから音を出すことに成功している。

 相手がチコでもロギルでも通用しただろうが、明らかにレイネスを意識したものだ。大きな音を立てることで集中力を欠く。耳がよすぎるレイネスには有効な手段の一つだ。

 やっぱり、ここに来るのがレイネスだとメグは予測していた。そして、それはレイネスも同じだ。

「『ブランダー』」

 乱れる心を落ち着かせ魔力を発動。

 レイネスの背後に多くの花弁を持った水色の花が咲き、散る。

 螺旋を描くように鋭い刃を持った花びらは舞い、周囲の建物のガラスを破る。

 さらに、花弁はその奥、建物内部に張り巡らされた銅線を的確に切り裂いた。

 音が完全にやみ、雷撃もなくなった。

「あんた、私の仕掛けに気付いていたの?」

 少し離れた屋根の上でメグが不敵な笑みを浮かべて笑う。

「さぁ、ね」

 答えようとしないレイネスにメグは舌打ちをし、武器のチャクラムを構える。

(プラン1は失敗。次は、あんたらにかかっているわよ。トフレ、エドパス)

 周囲の音が消えうせ、レイネスの優秀な耳はそんなメグの心の声を聞いた。

「レイネス!かかってきなさい!」

 どうやら、メグは時間稼ぎを行うつもりらしい。

 ここでレイネス一人を食い止め、他の2人が来るのを待つ。

「残念だけど、他の二人は来ないよ」

 自身の武器、片刃の長剣を手にメグの下へ跳んで言った。

「馬鹿なことを言わないで頂戴」

 メグが右手のチャクラムを放る。

 それを避け前に一回転し、その勢いを利用して大剣を叩きつける。

 屋根は崩れ、煙が舞う。メグはレイネスの攻撃を自分の体を雷に変化させて別の屋根の上に移動し、回避した。

 屋根から地面へと降り、もう一度メグへと切りかかる。

 それに対し、今度は二つのチャクラムを放るメグ。

 放たれた二つの輪っかは雷を纏い、それぞれが意思を持った生き物のように動き回る。

 大剣でそれぞれをはじくが、二つのチャクラムは絶えることなくレイネスの身を襲う。

「『サンダーショット』」

 2つのチャクラムとメグの電撃。レイネスには反撃のすきを与えず、そこに留めておくだけの陽動。

 本命は。

「『サンダーピリエ』」

 空中からレイネス目がけた雷撃の柱が襲う。

 1度跳躍しチャクラムから逃れ、2度目の跳躍で柱を避ける。そして、3度目の跳躍で建物の中に突っ込んだ。

 建物の中ならば、チャクラムの機動力は落ち、雷攻撃も脅威ではない。

 果たしてメグは追ってくるだろうか。

 そんなことを考えながら部屋を見渡す。

 建物の中には金属の塊が至る所に散らばっていた。レイネスが切った銅線も床に散らばっている。

 雷の体を持つメグは建物中に張り巡らされた電線を通り、能力を発動。金属を動かして音を鳴らす。

 分かってしまえば簡単な罠だった。

 その金属達が、カタカタと音を立てて、また動き出す。

 向かう先は広場の中央。

 見るまでもなくそこにはメグがいた。

 建物を破りメグの元に集まった金属はいびつな形で繋がり合う。

 繋がり合ったそれは、巨大な手の形となり、メグの意志で動き始める。

「喰らえぇぇぇえ!」

 これはまずい!

 即座に足へ魔力を流し、カベを破って隣の建物へと移る。

 その瞬間、さっきまでレイネスのいた建物は巨大な手に潰されて瓦礫と化した。

 何という破壊力だ。まさかこれほどまでとは。

 不思議と、レイネスの口元には笑みが浮かんでいた。

 学校に来なかった短期間で、こんなにも力を得ていたなんて。

 なんて考えている場合ではない。次が来る。

 窓から見えたメグは、大きな腕を上げている。あとは降ろすだけでここも残骸となる。

「終わりよ!」

 巨大な手が屋根へと近づく。

「『サルメントネット』」

 屋根の下、自身を守るように蔓で編まれた網が現れ、その巨大な拳の衝撃を受け止めた。だけには留まらず、植物は拳に絡みつき自由を奪う。

 それと同時に建物から飛び出しメグの首元目掛けて剣を振る。

「まだ、終わらないわよ!」

 メグの体から怒りとともにバチっと火花が散る。

 冷静を欠いた。そうなれば、勝敗は決まる。

「私の、勝ち」

 メグの体が光の粒子となって消える。

 このシステムでは血は流れない。誰も傷つかない。多少の痛みはあっても身体的に異常をきたす程ではない。

 ただその代わり、実際に死に至るような攻撃を受ければ、このシステムから強制的に退場させられる。

 メグはこの世界から消える時。僅かに笑みを浮かべていた。

 それはまるで、自分よりも上の存在に出会い、敗北し、新しく何かを学習する。そんな楽しみを見つけたかのような。

 メグはまだまだ強くなる。そして、私はまだまだ弱い。

「やるね」

 そう言うレイネスの脇腹には、雷を纏った槍が刺さっていた。

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