#25 必要のない必需品

 ハイドに見送られて学校の外へ出たレイネス達5人は、走っていた。

 戦闘にいるのはシオン。それを他の4人が追う。。

 他の生徒を探しに行くのに走る必要はない。それなのに、シオンは走っている。

「おい、シオン!止まれ!」

 走りながらロギルが叫ぶ。しかしシオンは止まらない。

「『アイスウォール』」

 チコが魔力を発動し、シオンの行く先に氷の壁を作り出す。それを軽々と飛び越え、シオンはやはり止まらない。

「相変わらず身体能力だけは高いな、あいつは!」

「それだけが取り柄みたいなもんだからね!」

 振り向きながらシオンが応える。

 先を行くシオンに他の4人は追い付くことが出来ない。

 それならシオンだけ先に行かせ、後で追いつけばいいのだが、それが出来ない理由があった。

 シオンは他の生徒たちに心当たりがあるわけではなく、ただ闇雲に走っているだけなのだ。

 後で合流しようにも、シオンがどこにいるわからなくなる可能性もある。

 それに対し、4人には他の生徒を見つけるための方法を明確にわかっていた。だからこそ、シオンを放っておくことが出来ない。

 はぁ、っとレイネスは小さく息をこぼし、足から地面に薄っすらと魔力を流す。

 先ほどチコが魔力で作った壁を乗り越えた彼女を捕らえるには、気づかれないところから罠を張るしかない。

 地面を流れたレイネスの魔力は、シオンの足元で蔓となって絡みつく。

「ふぎゃ!」

 唐突に足を奪われたシオンは可笑しな声を上げて転んだ。

 その隙に他の4人が追い付く。

「やっと、追い付いた」

 レイネスは比較的涼しい顔で、ロギルとチコは肩を上下させ、ラプトは息切れが激しかった。

「痛いなぁ」

「シオンが、走るから」

 先に行くなと注意し、シオンの足に絡まった蔓を消す。

 これでようやくシオンは大人しくなった。が、心の中では早く先に行きたくてうずうずしているようだった。頼むから落ち着いて。

「闇雲に走ったところで効率が悪いよ」

「じゃあどうするの?」

 頭の上にハテナマークを浮かべシオンは訊ねる。

 他の4人が分かっていることをこの子だけわかっていない。

 そのことに、ロギルはイライラしているようだが、口には出していなかった。言い合いをしても無駄だと諦めているようだ。

「冷静になって考えてみなよ。この中にいる誰かの力を使えば簡単にみつけられるんだからさ」

 チコにそう言われたシオンは、「うーん」とひとしきり考えた後、「わかんない!」と笑顔で言い放った。

「あー、うん。そっか」

 チコは苦笑し、頬を掻いた。

「あのさ、シオン。私の特殊能力覚えてる?」

「心の声が聞こえるんでしょ?」

 それはすっと出てくるんだ・・・。

「それもそうだけど、もっと根本的なこと」

「あ!」

 と、シオンは声を上げ、何をどうするのか理解したようだった。

「レイネスちゃんって極端に耳がいいんだもんね。な~るほど~」

 分かってくれたようで何よりだ。

 全員の考える探し方が一致したところで、早速レイネスは目を閉じて耳を澄ました。

 今いる場所から町まではおよそ2km。レイネスはそこの音を拾い、さらに聞き分けることができる。

 耳に魔力を流して一時的に聴力を上げれば、この場の全員が似たようなことが出来る。それをわかっていながらやらないのは、レイネスがいるというのもひとつの理由だが、大きな要因は、聞き分けることが出来ないところにある。

 世界溢れている様々な音。風のさざめきや楽器、そして大半を占める声。これらの音の波にもみくちゃにされ、一般人ならすぐに体調を崩す。

 レイネスは生まれつき音の波に揉まれ続けたため、聞き分ける能力が自然と身についた。

 音を探すことに集中し、探し人の声を拾った。

『次は遊技場に行きましょ!』

『またですかぁ』

『まぁ、構わんが・・・』

 雷獣族のメグ、風民族のトフレ、獣人族のエドパスの声だった。遊技場という娯楽施設に向かう途中のようだ。

 そのことを他の面々に伝えると、早速シオンが走り出した。

 ロギルとチコは慌てて追いかけたが、レイネスは、目的地は一緒だ、とすぐには追わず、背後に目を向けた。

 いちばん激しい息切れを起こしていたラプトがそこにいた。既に息は整っていたが、何かを考えているのか、シオンを追いかけようという気は見られなかった。

「どうしたの?大丈夫?」

 いきなり走ったことで疲れたのかもしれないと声をかけるが、ラプトは、

「大丈夫です」

 と答えるだけだった。

「追いましょうか」

 そして、少しだけ困った顔でレイネスを追い抜いて歩いて行く。

(あれ・・・?)

 その時、レイネスを違和感が襲った。

 生物と言うものは、何かを問いかけられた時にその答えを無意識のうちに心の中に思い浮かべる。

 恐らくラプトも「どうしたの?」と聞かれ、その答えを思い浮かべていたはず。それなのに、彼女からは心の声が全く聞こえなかった。

 まだ特殊能力が開花しきっていないのか、と不思議に思いながら、レイネスは遊技場に向かう。




 遊技場に着いた時、建物の前には複数の生徒がいた。

 レイネスよりも先に行った4人と、メグ、トフレ、エドパスに加え、ドラゴン族ネクタ、双子の天使族フィメロとシントもいた。

 そこはちょっとした騒ぎになっているようで、チコとメグが睨み合い、他の生徒は心配そうに呆然としている。

 また、多くの住民が集まり、何が起こるのかを眺めていた。

「何か、あったの?」

「「レイネス!」」

 チコは嬉々として、メグは舌打ちをしてレイネスの名を呼んだ。

 このまま注目を集めるのもよくないだろうと、レイネスは二人を人気の少ない狭い道に移動させ、事情を聞く。

「いやぁ、メグがもう学校には行かないって言っているわけよ」

「それで?」

「別に行く必要もないじゃない。私たちはもう充分に強いし、学業だけやっていても他の部分は伸びないでしょ?って言ったわ」

「ふむ」

「だから、何をもって充分だって判断したのよ。その学校にいる以上はまだ未熟物。そのセリフは卒業してから言うべきだね」

「何よ、偉そうに」

「文句ある?」

 ギャーギャー喚く二人に、思わずため息がついて出る。

 チコの言うように、学校にいる以上は未熟であり、充分強いというのも判断材料があまりにも少なすぎる。強いて言うのなら《黄金の脅威》討伐くらいだ。

 けれど、メグの言い分も理解できないわけではない。

 学校という狭い場所で特定の物事を深く学ぶよりも、視野を広げ、柔軟性を鍛えるというのも悪いことではないだろう。

 メグは敢えて学校に行かずに、自分なりに勉強をしようとしていた。この遊技場を利用し、『戦術』と言うものを。

「私はちんたら学んでいるあんたらよりも戦術にかけては負けないわ!」

 堂々と言い放ったその言葉に迷いはない。よっぽど自分の力に自信があるようだ。

 実にばかばかしい。

 学校での勉強は、無駄じゃない。戦術を学び、それに伴って技術を得る。物事を知識として効率よく取り入れる。それを、学校で行っていること。

 ならば、試す必要がある。本当に学校が必要ないのか、否か。

「メグ、私と勝負しようか。メグの考えが正しいのか。それを証明して見せてよ。私に勝手さ」

 この申し出は想定していたのか、メグの表情に変わりはない。口元を笑みで歪ませて言った。

「いいよ。やってやろうじゃん」

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