#24 茶髪の少女は未来を視る
軍事島『ミリフェリア』を《黄金色の脅威》が襲ってから3週間が経過した。
一週間もあれば、生活にも変化が訪れる。
まず、特殊組に属さない他の生徒。いわゆる、格闘組や魔術組の生徒たちが特殊組の生徒たちを尊敬の目で見るようになった。
それもそのはず。カルベン兵士学校で
が、その尊敬されるクラスに問題が生じていた。
「出席確認するぞー」
いつも通りの朝。特殊組の担任であるハイドはいつものように出席の確認を行う。
「シオン」
「はーい!」
緋色髪の少女が手を上げて応じる。
「チコ」
「ほい」
「レイネス」
「ん」
「ロギル」
「はい」
順に、水色、白、青髪の少年少女がそれぞれ応じた。
「・・・出席、4名確認」
今一度確認しよう。特殊組の生徒の数は全部で19名。本来ならば、ハイドは19名全員の返事を聞くべきなのだ。
ところが、今日の出席数はわずか4名。全体の5分の1である。
これが日本で、インフルエンザだとかマイコプラズマだとかの病気なのだとしたら、学級閉鎖は免れない。
しかしここは『アーウェルサ』と呼ばれる異世界であり、そもそも欠席理由は病気じゃない。
最後に全員が揃ったのはハイドが教室に戻ったその翌日のみ。それから、徐々に学校に来る生徒は減っていった。
これが当たり前になりつつあるのだから、ハイドは頭を悩ますしかなかった。
15名の生徒が来ないのは恐らく、《黄金色の脅威》の討伐に成功してしまったからだろう。
最終的にすべてを止めたのはレイネスとハイドではあるが、クラス全体で追い詰めたのも事実。
ハイドの作戦があってこその結果だが、それを自分の実力だと思う生徒がいても不思議ではない。
自分はできる。じゃあ、もう学校はいいや。
大半の生徒がこう考えているに違いない。
この世界の学校に義務はないし、来る来ないも自由だ。
行きたいと思ったらくればいい。
生徒が揃わなくなった直後はハイドもそう考えていた。それが長引くにつれ、こいつらは本当に兵士になりたいのかと、疑うようになってしまった。
学校を休んでいるのはまだ生徒たち。立派な兵士とは程遠く、戦術を学び、自身の技術を磨かなくてはならない。
来ている生徒たちだけで授業を行ってもいいが、それではクラス内で戦力格差が起こり、いざという時に役立たない。
「よし、決めた」
ほとんどが空席の教室を見渡し、ハイドは言った。
「今日は、授業をしない」
驚く生徒は誰もいない。遠くの音、心の音を聞きとることのできる特殊能力を持ったレイネスはともかくとして、ここにいるのは自らの力に過信しない優秀な生徒たち。これ以上何も言わずとも、ハイドの言わんとしていることをわかっているようだった。
「他の連中を連れてくるぞ」
「かくれんぼだね!」
そう声を上げたのは緋色髪の少女、炎獣族のシオン。
成績は、教室にいる他の生徒よりもダントツで低いものの、身体能力だけはいい。
「遊びじゃねぇぞ?つか、こういうのは何だが、俺はお前が休まず来ていることに驚いているよ」
「先生、それはひどくない!?私はね、まだまだ弱いから、もっともっと強くなる必要があるの!」
ぷりぷりと怒ってはいるが、目は真剣。評価を少し改める必要がある。
「悪かったよ。向上心があるのは良いことだ。・・・んで、ラプトはどうした?」
いつもシオンと共にいる妖精族のラプトの姿が見当たらない。
昨日までは普通に来ていたが、真面目な彼女も遂に飽きてしまったのだろうか。
欠席をする際は、原則として何らかの形で学校に連絡を入れることになっている。
大半の生徒がいないため、この原則も働いていないが、ラプトと仲のいいシオンならば、何かを知っている可能性が大いにある。
「あいつが朝礼に間に合っていないのも初めてだろ?シオン、何か知っているなら教えてくれ」
「ラプトちゃんはね、実は」
やはり何かを知っている風なシオンは、周囲の目を気にするようにそっと声を抑える。
「おねしょしちゃって、あわてふためいて―」
「ません!」
ガン!と、いきおいよく扉を開けて現れたのは背の低い緑髪の少女、ラプトだった。
顔を真っ赤にし、肩を上下させて呼吸を繰り返す。
「お、来たか」
「おはよー」
「あ、おはようございます。遅刻してごめんなさい。あと、シオンちゃん」
「ん?」
「後でゆっくり話しましょうね?」
恐ろしいまでの笑顔を浮かべ、ラプトは言った。完全なる嘘っぱちにご立腹のようだった。
いや、うん、勝手におねしょって言われるのは誰だって怒るか・・・。
「で、何かあったのか?」
今まで無遅刻無欠席だった彼女が初めて欠席した理由。おねしょではないということははっきりとわかるが、詳細までは分からない。
「えーっと、ですね」
「ん?言いにくいことなのか?」
おねしょ説・・・、いや、ないない。頭を振って生徒のおねしょ説を全力で否定する。
「後で、お時間をいただいてもよろしいでしょうか・・・?」
頬を赤く染め、困り顔でラプトは訊ねた。
教師となってからよく目にする、何か重たい悩みを抱えている生徒の顔だった。
どんな悩みを抱えているのかはわからないが、応えてあげるのが教師の役目だ。断る理由はない。
「わかった。放課後でいいか?」
「はい!ありがとうございます!」
これで一安心、とでもいうようにラプトは明るい笑顔を浮かべた。
自分の席へと戻ろうとするラプトを呼び止め、ハイドはクラスに向き直った。
ラプトの件は放課後、今はすべきことを全員で為す時だ。
「久々の課外授業だ。全員で協力してクラスメイトを連れ戻してこい!何か質問は?」
「先生は行かないの?」
小首をかしげ、白髪のエルフ族、レイネスは問う。
「俺は俺で連れ戻す。二手に分かれた方が効率もいいしな」
「ん、わかった」
他に質問がないことを確認し、ハイドは担任としての指示を出す。
「行ってこい!」
「了解!」
5名の生徒が声と敬礼をそろえ、教室を後にする。
だいたいの事情を把握したラプトも、我先に教室を出て行ったシオンを追いかけ、レイネスはそれに続く。その後に、氷獣族のチコが楽し気に、水獣族のロギルは退屈そうに教室を出た。
5名の生徒が学校の外に出たことを確認し、ハイドは学校には来ているが、教室には来ていない生徒を連れ戻すことを決める。
ほかのクラスから聞こえる授業の音を聞き流し、向かった先は図書室。
扉の前には『閉館中』と書かれた看板が立っている。
それを退けて扉についたガラスから中の様子を探る。
複数の本棚に阻まれて視認はできないが、魔力反応がひとつあるのを確認した。
鍵のかかっていない扉を開けて中に。図書室独特の本の香りが鼻をくすぐる。
いくつかの本棚を通り過ぎた先に、椅子と机の置かれた読書スペースがある。そこに、彼女はいた。
机の上に10冊ほどの本を置き、分厚い本に目を通す茶髪の少女。妖魔族のニウスだった。
読書に集中しているのか、ハイドが目の前に立っても気づいた様子はない。
「ニウス」
名前を呼び、ようやく自分以外の存在に気づくニウス。
「先生、意外と早かったね」
そう言うニウスの顔に驚いた様子はない。『未来を見る』という特殊能力で、ハイドがここに来ることは分かっていたのだろう。
複数の未来を見るニウスにとって、ハイドが今日来たのは早い方らしい。つまり、もっと遅くなってからここに来る可能性もあったのだ。
それはさておき、ニウスの説得を開始する。
「授業も受けないで、なんで図書館に篭ってるんだ?」
「この場にある本を全部読んで、知識を得た方が良い、って判断したから」
要すると授業なんていらねぇから、自習させろ。そういう事だ。
「で、お前はここの本をどのくらいの時間をかけて読み切るつもりだ?」
「200年」
「待てるかアホ」
いくらアーウェルサの住民が長寿とは言え、それだけの時間があればこの学校を卒業することも可能だし、ハイドとしては是非ともそうして欲しいと思っている。
それに、どれだけ知識を蓄えようとそれを使えるだけの力がなければ意味がないのだ。
知を深めることは確かに重要。それは否定しない。本当に重要なのは、それをクラスメイト達と共に学ぶ、ということだ。
他の者たちと学ぶことによって知はより深まり、おのずと使えるだけの力も身につくだろう。
ニウスがそうしないのは、クラスメイトとの交流に疎いか、あるいは、何かを視たか。
この学校に来てしばらくの時間が経ち、生徒たちの特長もなんとなくだが掴めてきている。
ニウスの場合、無駄なことをしたがらない生徒だ。この、一人で学ぶということも未来の為、と考えるのは考えすぎだろうか。
ハイドはしばらく考えたのち、口にする。
「未来を視たか?」
それに対し、ニウスは小さく笑って答える。
「見たよ」
あぁ、やっぱり。
「知りたい?」
口元を歪ませて笑うあたり、どうやら素直に教える気はないようだ。
「何が欲しい?」
「ここにある本を全部読むだけの時間」
「それはダメだ」
情報を与える代わりに何か対価を得ようとするニウスの姿は、まるで情報屋のようであった。
「お前が望んで、俺が何とかできるものにしてくれ」
「ん、わかった。それでいい」
「なんだ、意外とあっさりだな」
「まぁ、ね」
と、どこか含みある笑みをニウスは浮かべ、直ぐに表情を無にした。
「今から話すことはどうか内密に」
「わかった」
どうやら、視た未来と言うものは楽しいものじゃなさそうだ。
「私が見たものは、4つ。1つ目は、特殊組の生徒は今日にでも全員出席する」
それは何ともありがたいネタバレだ。ハイドが学校の生徒をニウスにしたように声を掛ければハイド側の生徒は集まる。
レイネス達も、多少の困難はあるかもしれないが、最後にはうまくいく、とのことだ。
「2つ目。近い未来、特殊組全員が雪に囲まれたところに行く」
「雪に囲まれたところ?」
それもクラス全員か。そうなると何らかの学校行事や、新たな《脅威》の襲撃という二つの可能性が考えられる。
学校行事に関しては、ハイドはそういう報せを受けていないため、まだわからない。しかし、《脅威》の襲撃ではない、とニウスは言っていた。
「3つ目。これは、私にとってとてもいいことが起きる。先生に要求した対価でね」
全く予想できないが、それは善処することにする。
そして、4つ目。これはなかなかニウスが切り出そうとしなかった。
まるで、言っていいものかを迷っているかのようだった。
「あまり言いにくいなら無理しなくていいぞ?」
「わかった。一つだけ、忠告。―絆は付き合いが長ければ長いほど強固で、綻びが生じやすいから、気を付けて」
「どういう意味だ?」
「私が言えるのは、これだけ。先生の目的、達成できると良いね」
「え?」
ニウスは言うだけ言うと、机の上にあった本を本棚へ戻す作業を始めた。
この子は、いったいどこまで視えているのだろうか。
それを聞くことがハイドには出来なかった。
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