研修編
#23 こんにちは、壊れた世界。
物心がつくよりも前から、私は箱の中にいた。
一面真っ白で、自分が浮いているのではないかと錯覚してしまうような空間。外の世界など、私は知る由もなかった。
物心がついた時から側にあったのは本だった。
最初は言葉を覚えるもの。それが次第に、内容を持った物へと変化する。
白い空間に数冊の本が現れる。やることのない私は一冊の本を読む。読み終わると、その本は消えて新しい本がこの空間に現れる。
そんなサイクルを繰り返しているうちに、私の知識と常識は数多の本によって形づけられるようになった。
一般的に、生物と言うものは寝食を必要とする。ところが、私は寝ることはあっても、何かを食べたことがなかった。
物語の中ではキャラクターたちが『甘い』『酸っぱい』『辛い』などと食べ物の感想を述べるが、私にはさっぱり理解できなかった。どうやら私は生物じゃないらしい。
この世界には自分を産んだ『親』と言うものがいるらしい。親は子を愛し、時には嫌い、けれども愛情を持っている。
私は、親を知らない。見たことがない。きっと嫌われているのだ。愛されていないのだ。だから私は、この檻の中にいる。
そう考えるようになったのは、生まれて50年がたった頃だったろうか。500歳で大人と言われるこの世界の、まだ十分の一の歳だ。
親に嫌われている。ならば、私はどうして生きているのだろう。どうして、こんなところに閉じ込められているのだろう。
本を読むだけでは、その答えを見つけることが出来なかった。
もしかすると、私に個性がないからなのかもしれない。
本の中の生物たちは皆、何かの形を持っている。私には、それがない。ぐちゃぐちゃで、どろどろで、ゆらゆらと揺れるだけの存在。
だから、本の中のキャラクターをまねて、体を作った。
頭、髪、顔、手足、服装に至るまでを真似て、今の自分が出来上がった。言動や、考え方も、自分が気に入ったキャラクターのものを真似るようにした。
それでも、この檻からは出ることは出来なかった。
自分で体を作り、本を読み、外の世界に憧れを持った。
緑色の草木が生えているところは空気がおいしいらしい。空気ってどんな味がするんだろう。
氷は冷たい。火は暑い。雨は水が降る。雷はへそを奪う。
嘘か真かは知る由もなかったが、そんな世界に、私は出たいと思った。
そんなある日のこと。この一面真っ白の空間が大きく揺れた。
初めてのことに動揺したが、もしかして外に出られるのではないかと、半ば興奮していたのを覚えている。
それを裏切るように、世界は暗転した。
あぁ、暗いというのはこう言うものなのかと、この時に知った。
それからしばらくして、自分で作った耳に何かが入ってきた。それは、生まれて初めて耳にする『音』だった。
「おい!ここに何かあるぞ!」
「これって、魔道具の檻じゃない?」
「何!?ってことは中に誰かいるのか?」
「そのようです!中から微弱ですが魔力反応があります!」
全部で4つの音。それが何を意味しているのかは分からないが、
「せーの・・・・」
と、4つの音が合わさり、私の世界に光が差した。
目を細め、しばらく呆然とする。
4つの人影が私を囲んでいた。
「あら、女の子?」
「ここに閉じ込められていたのか、それとも避難したのか」
「どちらにせよ、命に別状はありませんね」
3つの音が3つの影から聞こえる。みんな、似たような恰好をした生物だった。
4つの内の1つが私の体を抱きかかえた。
「やぁ、お嬢ちゃん」
やはり、何を言っているのかはわからなかった。
「おっと、言葉がわかってないのかな?けど、それでもわかるはずだ」
私は音を無視してあたりを見渡す。
多分この世界には建物があった。私以外にも生物がいた。植物も生えていただろう。
「この島は、すでに手遅れだ」
音が耳に入り、その影の意味がなんとなく分かった。
私が初めて見た世界は、すべてが氷に包まれていた。
私の思い描いていた世界はない。この世界は既に、終わっていた。
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