少女組み立てキット

黄鱗きいろ

少女組み立てキット

 始まりは、部屋の前に放置された一つの段ボールだった。

 俺が住んでいるのは四畳半ワンルームの安アパートの二階だ。ある日、アルバイトを終えてくたくたになった俺は、いつも通り重い足取りで金属製の階段をカンカンと上っていった。

 なんて人生だ。楽しみも何もない。大学受験に落ち、浪人するも志望校には入れず、親に見放され、藁にも縋る気持ちで受けた正社員試験にも落ち、薄給でしたくもないアルバイトをする日々。

 なんて人生だ。なんて人生だ。こんな俺の楽しみといったら、たまに行くパチンコと、冷蔵庫の中で俺を待っているビールととっておきの食材ぐらいだ。

 ぶつぶつと世間を呪いながら階段を上りきると、二階の奥、俺の部屋の前に一つの段ボールが置いてあるのが目に入った。

 それは三十センチ四方ぐらいの大きさの段ボールだった。蓋は閉じられておらず、半分開いている。

 ――捨て猫か何かか? なんでこんなところに。

 不審に思いながらも俺はその段ボールの中をのぞき込んだ。そして息をのんだ。

 そこにあったのは少女の頭部だった。マネキンではない。本物の人間の頭部だ。

 普通ならば――そしていつもの自分ならば悲鳴を上げて後ずさるなりしたはずだ。だが、その時の俺は「彼女」から目が離せなくなっていた。

 目は閉じ、顔に生気はない。しかし肌にはまだ張りがあり、まるで死んだ直後のように見えた。鼻はすっと通り、青ざめた口は上品に閉じている。髪は黒く、腰ほどまでにあるようだった(仮に彼女に胴体があればの話である)。

 美しい少女だった。こんな美しい少女は、どんな雑誌でも見たことはなかった。あえて見たことがあるとすれば、いつか美術の教科書で見た少女を写した絵画のようであった。

 俺はじっと彼女を見つめた後――自然と彼女の頭部を部屋の中に招き入れていた。

 汚れきった机を無理矢理綺麗にして、その上に彼女の頭部を置いてみた。美しい。可愛らしい。俺は貧困な語彙で彼女をほめたたえ、その日は終わった。


 翌日、アルバイトから帰ってきた俺を待っていたのは、部屋の前の段ボール箱だった。また頭部だろうか。俺は慎重にそれに歩み寄ると、そっとその中をのぞき込んだ。

 そこに入っていたのは、女性の胸だった。乳房だけを切除したものではない。首の下から腹の上までを切り取った胴体の上半分だった。

 段ボールの中に手を突っ込み、わずかに膨らんだ乳房に手を這わせる。ひんやりと冷たい感触が指先に伝わり、背筋にぞくぞくと寒いものが走った。

 俺は迷いなくそれを部屋に招き入れ、それを首の隣に並べた。首と胴体はまるでそこにあるのが当然であるかのような有様でそこに鎮座した。

 もしかしてこれは同じ少女のパーツなのかもしれない。ふとそう思った俺は、胴体の上に彼女の首を乗せてみることにした。

 すると、彼女の首は彼女の胴体の断面にぴたりと吸いつき、まるで切れ目など最初からなかったような顔で引っ付いてしまったのだ。

 俺はそれを見て満足して頷いた。


 翌日届いたのは、胴体の下半分だった。その翌日届いたのは右の二の腕だった。その次には左の二の腕が。その次には太股が。俺はそれを順々に彼女の体に引っ付けて、彼女を組み立てていった。


 やがて、彼女はほとんど五体満足の姿へと戻りつつあった。しかし最後のパーツを残すのみとなったとき、ぱたりと段ボールが届かなくなってしまったのだった。

 俺は焦った。あとたった一つのパーツで完成なのに。そうしたら俺だけの完璧な少女ができあがるのに。

 さらに悪いことに、その日を境に彼女の体は腐り始めてしまった。

 俺は焦った。早く完成させなければ、このままでは彼女が腐ってしまう。肌が萎れて、肉がどろどろに腐って、腹が膨れて、弾けてしまう。その前にどうにかしなければ。

 一日、二日、三日。

 俺はどうすることもできないまま腐りゆく彼女を見つめることしかできなかった。

 四日、五日、六日。

 彼女は腐っていく。蠅が集り、蛆がわいて、腐敗臭が辺りに漂っている。

 なんて人生だ。せっかくようやく俺にも素敵なことが起こったと思ったのに。こんなことって。

 俺は泣きわめき、打ちひしがれ――ふとあることを思い出した。

 俺は跳ね起きると、台所へと走り込んだ。しゃがみ込み、小さな冷蔵庫を勢いよく引きあける。そこには俺のとっておきの食材が入っていた。俺はそれを宝物を守るようにそっと持ち上げると、冷蔵庫のドアも閉めずに彼女の元へと戻っていった。

 部屋に戻ると彼女は壁にもたれ掛かってじっと座っていた。だけど俺には分かった。彼女はずっとこの時を待っていたのだと。

 俺はそっと彼女の手を取り、とっておきの食材を彼女にはめ込む。白くて細い――少女の左手の薬指を。

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