デューク・ドノバンの城 2

「うまそうな匂いがこっちからしてくるぜ♪」


 涎を垂らしたにやけ面でレイ君は廊下の先を向かう。時折鼻唄を交えスキップしながら。


「この匂いは鶏肉の丸焼きだな♪ ハーブと塩を効かせてあるに違いないぜ♪」


 ……匂いだけで判るものなのか……。コイツ前世は犬なのか? 多分ここに誰かいたら十中八九、今と同じ感想を出すだろう。


「あ、何か甘い匂いが混ざったぞ。これはアップルパイだな」


 その瞬間。レイ君は足を止めた。急に止まったのが原因なのか少しだけ足が前のめりになる。


「ははーん……この扉の奥でお茶してるな……? 薫りが濃厚だから茶葉はオルスティア産地の紅茶だな」


 普通の成人男性の十倍ぐらいはありそうな大きさの木の扉を前に。人差し指を伸ばした握り拳を顎に当てて、レイはにやっと悪戯っ子の顔立ちに変わる。なーんか良からぬ事考えてんなー。このチビッ子は……。


「よし! ちょっと味見しよう!!

 風よ我に加護を。あらゆる災いから護りたまへ。『護りの風』」


 レイ君はそう呟くと自分に風をまとう。この呪文は風をまとい防御を増させたり姿や気配を消したりする事が出来る防御に最適……そしてもちろん、悪戯にも最適な呪文だ。


「よっしゃ完璧だ♪

 ……でわ失礼して」


 レイ君、ローブの胸元をわざとらしく正して扉を拳で叩く。


「グギャギャ……? グギャギャ、グギャギャ」


 すかさず中から太いが礼儀正しい声がした。自分はルーティスと違い異種族と会話出来る力を持っていないが……何となく言葉の雰囲気だけで判る気がする。多分使用人に扉を開けさせる様子だ。小さく立てて扉が開く。あまり不快な音が立たないあたりとても手入れが行き届いているのだろう……。


 扉が開いた瞬間。ちらりとタキシードを着こなしたゴブリンが現れ、怪訝そうに辺りを見回す。


「ギャウギャウ……?」


「グギャギャ、グギャウ」


 中で何やら話しているタキシードゴブリン。


「おっじゃま~♪」


 その脇をすり抜けて堂々と侵入していくレイ君。


「おぉお~♪ やっぱりアップルパイ食べてたよ♪」


 じゅるりと涎を垂らしながら長テーブルに乗っている大きなアップルパイを見つけるレイ君。

 ……しかし本当に大きい。普通の大きさの十倍……いや、それ以上はありそうだ。

 

 そしてその前には沈痛な面持ちでカップを片手に持っている髭面に品の良さそうなガウン姿の巨大な悪鬼オーガがいた。


「のぐぉあっっ?!」


 レイ君、驚き飛び退く。それほどまでに憔悴した顔は初めてだったからだ。


(なるほど……このオーガが城主か……! どうりで扉がでかい訳だぜ)


 むむむ……と腕組みして唸るレイ君。


「グルル……グル……」


 対するオーガはやっぱり沈痛な面持ちで、紅茶の入ったカップを持ったまま左右にゆっくりと首を振っていた。


「グギャギャ! グギャウ!!」


 慌ててタキシードゴブリンが話しかける。


「グル……グゥ」


「グギャギャ! グギャー!!」


 その様子はまるで……何か心を痛める悩みがあり、部下が必死で慰めているように見えた。


(まぁいいや。ちょっとアップルパイもーらいっと♪)


 しかしレイ君はマイペースに切り分けられていたアップルパイの一片くすねて噛る。甘さはしつこくない、お茶うけには最適なアップルパイだ。


(こりゃうめぇ♪ 厨房のご飯が楽しみだな♪)


 軽い足取りでこっそり出ていくレイ君。


「ギャ?! ギャギャ?!」


「グルル?! グギャウ?!」


 ……一方オーガとタキシードゴブリンはいきなり消えたアップルパイの一片に大慌てしていたのだった。


 ◇◇◇


「もう! レイの奴どこ行ったのさ!!」


 城の中を探して回りながらルーティスはため息をついた。何故なら親友ときたら厨房の方には居なかったからだ……。


『ごめんなさいルゥ。何故か見つからないわ……』


 謝罪してくる風の魔力達に、


「大丈夫気にしないで。もしかしたら姿を隠す魔法でも使っているのかもね」


 ルーティスはありがとうと労った。


「……あれ?」


 ルーティス、ぴたりと立ち止まる。


『どうしたの?』


「……この部屋、何か気になるね」


 眉をひそめて、扉を見やるルーティス君。それはそうだろう。何故なら今までみた扉と違いここは樹木と蔦をあしらったような装飾が施してあるのだから……。


「ここ誰かの私室かな?」


 扉に刻まれたネームプレートには――『アリシアの部屋』と書いてある。名前からして城主の娘さんか奥様の部屋である可能性は高かった。


「こんな所に居そうにはないけど……とりあえず訪ねてみるかな?」


 そう呟くと。ルーティスは扉を拳で叩く。


「☆◎@$#……?」


「え?」


 ルーティスはびっくりした。その理由はこの部屋の中から聞こえてきた声がゴブリンの言語ではなかったからだ。


「□△%◎……?」


 さらに問いかけてくる声。声の質感はちょっと幼い感じの少女の物だ。甘くそして、少し妖しさが含まれた変わった声音だ。


「異なる世界、異なる者。互いの意志を互いの内に。開け扉よ」


 その声に対してルーティスは再度呪文を唱えて共通化する。


「……またお義父様とうさまの使用人がいらっしゃたのですね。帰ってください。あの時の怒りはまだ消えていないのですからね」


 ……扉の奥から静かな怒りを湛えた声が聞こえてくる。


(……声に満ちる魔力から部屋の中にいる少女はエルフかな?)


 ルーティスは推測しながら黙って聞き続ける。

 ……しかし。どうしてゴブリン達の棲む城にエルフが住んでいるのか、と何に怒っているのか、という処は良く判らない。


「美味しいケーキを作ってくれるのは嬉しいですが無駄ですよ。

 ……私の下着とお義父様の下着を一緒に洗った事だけは許しませんから……!」


 更に怒気を染み込ませた声で扉の奥の少女が呟く。


(あーなるほど。これは怒るな絶対に)


 そんな彼女の言葉を聞きながら、ルーティス君は沈痛な面持ちで項垂れた。辺りに満ちる風の魔力達も……彼に同調しているのかどことなく元気が無くなっていた。


「……あれ? 何か騒がしくないかな?」


 城内の空気が揺れ動いているのを肌で感じて。ルーティスは首を傾げる。


『言われてみればそうね?』


 風の魔力達も不思議そうだ。


「いや全くなんでかな?」


 ……そんな時、隣にレイ君が鶏の丸焼きを噛りながら立っていた。


「あ! レイやっぱり料理を盗み食いしたな!」


 そんな彼を見て怒るルーティス君。スパァンッッと音の良いツッコミチョップ様を脳天に叩きつけながらだ。


「いてーな叩く事ないだろ!!」


 頭を押さえる涙目レイ君に、


「こんなの叩くに決まっているだろ!!」


 ルーティス君は腰に手を当てて叫び返す。


「全く……いつもいつも食べ物盗み食いして! 少しは遠慮しなよ!!」


 頬を膨らませ人差し指を数回突き付けながら。ルーティス君はお説教。


「ちぇー……。それより何で騒がしいのかな?」


 不思議そうなレイ君の背後からコック帽を被ったゴブリン達が鉈を持ってこちらに走って来ていた。どうやら彼が答えを見つけるより早く、答えの方からやってきてくれたみたいだ。

 ……嬉しくはないけど。


「うぉやべぇ! 逃げるぞルゥ!!」


 大慌てのレイ君に、


「……そんな事しなくてもさ。レイが自首して食材になればいーんじゃない?」


 じとー……っと半眼のルーティス君が呟く。


「いやいや俺食われるぞ?!」


「今なら足一本ぐらいで相手も許してくれるって」


「うわやめろ背中押すんじゃねぇ!!

 とにかく逃げるぞ!!」


「はいはいしょうがないね!!」


 二人は脱出する為に駆け出したのだった。

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還流の勇者伝説 なつき @225993

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