第3話 龍馬、再来
峰吉は、居室が一気に白い光りに包まれたことに気づかずに、「
(・・・!)
居室の白い光りが、黒くなったり、また白くなったりして明滅しているようだ。峰吉は、やっと気づき、辺りを見回した。
すると、峰吉の手から力が抜け落ちていくのを感じた。手だけではない、
(こんなことがあり得るのか!?)
そう思って
居室の天井がこの異変前より2倍ほど高くなり、また
峰吉は、だらりと垂れた
(文机の中に鏡があったはずだ。)
鏡を取り出して顔を見た。
(・・・! ・・・
鏡を手から取り落とした。2歳か3歳ぐらいだろう。峰吉は、脳天を落雷で撃ち抜かれたような衝撃を受けた。こんな衝撃は、龍馬が暗殺された日以来のものだ。
峰吉は、居室を見回した。見たこともない調度品が置いてある。また、書架も異変がある前は、峰吉が集めた大量の書籍や史料を並べていたのに、それとは比べものにならないくらいの少なさでまばらに並べられている。
変わっていないのは、文机の上においてある例の三点の書道具、峰吉がまとめた幕末史の本、歴史を書き直すために用意した大量の半紙は残っている。さっきの鏡といい、この文机の上や中にあった物品や着ていた衣類に関しては、明治のままになっている。
この部屋は長い間、空き部屋になっていた。維新前は、峰吉は手習いの練習をするときぐらいしか、ここに入ったことがなかった。維新後、峰吉が実家の本屋・菊屋を手伝うことになったので、この部屋をもらい受けたのだ。つまり、峰吉がこの部屋を使用する前に戻ってしまっていると考えられた。
(おれが「嘉永六年六月三日」と書いた瞬間に異変が起きた。おれは幼童に戻った。部屋の様子も変わり、おれが使い始める前に戻ったようだ。つまり、ここは嘉永六年六月三日の菊屋か!)
峰吉は、
(・・・峰やん。・・・峰やん。)
声。頭の片隅から聞こえてくるような小さな声。それは徐々に大きくなってくる。「峰やん。」と親しげに呼ぶ、この声の響き。10年前の龍馬の顔や姿がよみがえってきた。
(・・龍馬さん!どこです!?)
峰吉は、小さくなってしまった
(わしは、おまんが見えちょるが、おまんからは、わしを見えんと思う。わしは今、わしの
(筆に・・・。)
峰吉は、筆を見つめた。やはり、この筆で書いた途端、嘉永六年に戻ったらしい。峰吉は、2歳の頃の自分に戻った。そして、筆に思念を残していた龍馬は実体はないとはいえ再来した。わけのわからないことが立て続けで起きたが、また龍馬と接することができて、峰吉は涙が出そうになった。
(どうやら、嘉永六年に戻ったようです。あの
峰吉は、もう一度、筆、
(ははは。峰やん、おまんは、かわいいぼん(※)に戻ったな。)(※坊や)
(
(明治?そんな元号は知らんちゃ。)
(
(そうか。わしは、あの慶応3年(1867年)の11月15日に殺されて以来じゃ。そのあとの日本がどうなったか何も分からん。教えてくれんか。あの後、日本は、どうなった?)
龍馬は、峰吉が筆を使った瞬間、冬の間、長く凍らされていたものが、春に息を吹き返すようにして、その思念を
「慶応3年からの日本は・・・。」
と、峰吉は筆を置き、自分が幕末史についてまとめて
(龍馬さん!龍馬さん!)
必死に頭の中で呼んでも返事はない。
(これかもしれん。)
筆を持った。
(・・・峰やん。どれだけ思念を送っても返事がないから
(龍馬さん、どうやら、筆を持っているときだけ、龍馬さんと思念を送り合うことができるのかもしれません。)
(面倒じゃが、そういうことかい。)
(そのようですね。では、伝えますよ。龍馬さん亡き後の日本を。)
峰吉は、今度は筆を持ったまま伝えた。薩長(※)は、大政奉還により政権を返上した徳川家を許さず、その官位や領地を朝廷に差し出すように命じ、
(・・・。やはり、日本人はお互い戦い、殺し合ったんじゃな。本当なら流さんくてもいい多くの人の血が、あちこちで流れた。)
(そうです。その後、明治になっても士族の反乱がありました。士族というのは、明治政府が決めた武士身分の呼び方です。西郷隆盛公を担いだ鹿児島士族の大反乱が政府軍に潰され、西郷公は
(西郷さんが反乱?あれほどの人物や。自らの意志で
(龍馬さんが亡くなるとき言ったとおりの日本になってしまいました。死んでいった人たちは、ほんとは死ななくてもよかったかもしれない。)
(じゃから、この筆で歴史を書き直そうや。幕末の歴史が変われば、きっと明治になって
「はい!」
峰吉は、力が入って、つい大きな声が出てしまった。とても子どもっぽい甲高い声だった。
(子どもだから、こんなに高いのか。)
自分でもこんな声になってしまっていることに驚いた。
(はっはっは。まっことおもろい、峰やんは。)
(笑わないでください。)
峰吉の白くて柔らかい顔が
と、その声を聴いたのか、誰かが階段を上ってくる足音がする。
「峰ーーー!峰吉ーーー!」
(この声。・・・母だ!)
峰吉の筆 ー幕末史書き換え 誰も傷つかない幕末ー 青木 @minonokuni
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