第6話 薬膳料理はほどほどに
「――でね。今回はこれを作ったの。蓮の実を茹でて蜂蜜や塩を入れて煮詰めたあと、みかんとあえて酒を少し足して混ぜたものなの」
床に体を起こし、私の説明をにこやかな表情で聞いてくれている風に、一生懸命説明する。
私達の後ろでは、林杏様が、冬によく飲まれる黒ゴマ茶を淹れてくれていた。
「今回も楽しかったみたいだな。勉強になったか? 食医庫での料理は」
「うん。他の六庫の様子が見れて凄く楽しかった。紫様が、また、いつでも来て良いって」
「そうか。紫なら問題ないだろう。邪魔しないように気を付けろよ。それよりも、今回の小寒の料理は、この蓮とみかんか」
風に椀を渡すと、珍しそうに眺めている。
「あれ? 風は小寒の料理を毎年食べないの? 後宮と王族は皆、同じ料理を食べるって聞いたけど」
「あれは後宮のしきたりだ。俺は、老化防止に興味はないから食べない。見た目なんて年相応で構わないからな。興味があるなら雪が食べるか? なんなら、食べさせてやろうか? ほら」
箸でみかんをつまみ、私に差し出してくる風のまさかの発言に、驚きすぎて言葉が出ない。
餌を欲しがる池の鯉のように口をあけ、呆気にとられた。
……どうしたんだろう? 真面目な風が冗談でもそんなことを言うなんて。明日は大雪かも知れない。
『へー言うわね、雅風も! やっぱり、男ならたまには押さないとね!』
小さく悲鳴を上げ、身体を丸めると、宙をくるくると器用に回り出すリィリィの姿が、視界の端で見えたが……それどころではない。
予想外の風の言葉に恥ずかしくなり、顔が朱色に染まっているのが自分でもわかる。
「ど、どうしたの風っ……」
まだ熱があって体調が悪いのではと叫ぼうとすると、口の中にみかんを入れられた。
「どうだ、美味いか? みかんの爽やかな甘味がくせになるって昔、母上が言ってたけど」
口を手で押さえ、もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
甘いみかんはもちろん美味しいが、あまりの出来事に照れてしまい、まともに風の顔が見られない。
この状況、どうすれば良いのよ……。ふいうちとは言え、皇子様に食べさせて貰うなんて誰かに見られていたら、どんな噂になるか。
林杏様は風の身内みたいなものだから、見ていない大人な対応とってくれているけど……恥ずかしい!
「雪、味はどうだ?」
また聞かれ、口を手で抑えたまま恨めし気に火照った顔を上げた。
すると、そこには満足げな風の姿。
「……美味しいけど」
「けど? 顔、りんごみたいに真っ赤だけど、俺の風邪がうつった?」
なぜか風が手を伸ばしてくる。
えっ……、絶対に風の様子が変! なんでこんなに甘い雰囲気なの。てか、もう触れられるとか、どんな顔をしていいのかわかんないから無理。
気になりすぎて、落ちてしまうじゃない……。
許容量がいっぱいになり、心の中で悲鳴を上げながら椅子から立ち上がろうとすると、なぜか、身体がふらついた。
――えっ?
「雪!」
風が倒れそうになった私を慌てて抱き止めてくれたおかげで、冷たい床に転がらずにすんだけど、手が震え冷や汗が止まらない。
……なに、これ。
「林杏。すぐに太医院の者を呼べ!」
風の指示で林杏様がバタバタと去って行く足音が聞こえた。常日頃、林杏様が足音を立て急ぐ姿を見たことがない。
なんて貴重な姿。と、ぐったりしながら考えていたら、風の必死な声に申し訳なくなる。
『雪、雪。しっかりして。すぐに侍医が来るから。どうして、どうして、こんなことになるの……。どうして』
リィリィの声が震え、泣いているようにも思えた。どうやら、私の状態は思っているよりも酷いらしい。
薄れていく意識の中、複数の足音と声が聞こえたが、そのまま意識を手放した。
♦
『雪、食べすぎだと思うのよ。病み上がりなんだから養生してよ。まだ、私の隣に来なくて良いからね』
床に体を起こし、粥を張り切って食べている私の足元に座り、幽霊にじっと見られて食べると言う初めての経験を今している。
心配してくれるのは物凄くありがたいが、お腹が空いて死にそうだ。なにせ、3日も寝込んでいたのだから。
「大丈夫。太医院の方も痺れが収まれば問題ないって言ってたもの。ありがとうね、リィリィ心配してくれて」
『心配するのは当たり前よ。でも、驚いたわ……食医庫の女官が毒を盛るなんて……ありえないわ』
そう、実は、あのみかんと蓮のあえ物に毒が入れられていたらしい。
入れられていた毒は、思っでもいたよりも危険な種類だった。
徐々に手足が痺れ、酷い場合には、床から起きられないまま一生を過ごす生活になる所だったと聞かされ青くなったのは言うまでもない。
どうやら、内攻にまた助けられたらしい。体内にある気の力が、毒から守ってくれたのではないか? と風が推理していたが真相は不明のまま。
普段は危険な力だが、今回は内攻に物凄く感謝した。
そして、本来、風が食べるはずだった料理に毒が入れられていたと言う事実は、あっと言う間に皇帝陛下の耳に入り、食医庫には調査が入り犯人もすぐに捕まったと聞く。
「……相変わらず頑丈な体だな。ほら、これも林杏が持っていけってさ。好きだろ?海老入りの点心」
声が聞こえたと思ったら、私が返事をする前に風が入って来た。
「いきなり入って来るのはダメだと思うわ。もし、私が着替えていたらどうするの?」
眉を寄せ風に抗議をするが、風は気にする様子もなく、点心を目の前に置いた。
「林杏が食事しているから雪を訪ねても問題ないと言ったから来た。さすがの俺でも、いきなりは入らないさ」
「そ、そうだよね」
よく考えればわかることだった。
いつもは、しばらく居てくれる林杏様が、食事を置くと、すぐに出て行ったのが不思議だったのだ。あれは、風と二人にさせてくれるためだったらしい。
「あ、あのね。あの人達はどうなったの?……」
箸を置き、一番聞きたかったことを言葉を選びながら口に出す。
「……二人は宮中から追放ですんだ。残りの一人は流刑。もう一人は……首謀者と一緒に……もう、いない」
聞かなければ良かったと後悔し、一気に気分が沈んだ。
確かに意地悪されて嫌な気分になったけど、もういないと言われると、あの時の記憶が脳裏から離れない。
毒を料理に入れたのは、私に少し意地悪をしていた、あの四人組……ではなく別の食医庫の上級女官だった。
だが、あの四人は、自分達が知らぬ間に手伝わされていたらしい。食医庫で目立ち問題児だった四人は犯人に目をつけられていたそうだ。
そして、本当の目的は、後宮の妃賓の一人だったと風は教えてくれたが、詳しいことは、それ以上は教えてくれなかった。
毎年行われる小寒は、宴と同じく、後宮で妃賓達が集まり食すらしい。料理を作っていたのは毒味役も兼ねている紫様。
そのため、小寒は毒味を行わないと聞いた。でも、紫様だけで全員の妃賓の食事を賄うことはできない。
そう考えると、狙われたのは身分の高い方だったのだろう。
それを逆手にとって暗殺を模索したらしいが、今回は私が宴が始める前に食し倒れたため、妃賓達も口に入れなかった。
つまり、食べたのは私だけ。
「風は食べなくて良かったね。私、身体が頑丈だからよかった」
重い空気を振り払うように、そう風に告げると、風は困ったような、怒った顔を見せた。
……えっと、言ったらいけないことを言ったかな。でも、風は皇子様だから何かあったら大変だもの。
「悪かった。俺が食べさせたから雪が危ない目にあったんだ。……本当に無事で良かった。何か欲しいものや出来ることがあったら遠慮なく言ってくれ。」
えっと、風は落ち込んでるよね。気にしなくて良いのに。生きてたんだから。
『そりゃ落ち込むわよ。雅風が雪に食べさせなきゃ、雪は倒れなかったんだから。ひとつ間違えたら、寝たきりかあの世よ。いつも通りに見えるかも知れないけど、責任感が強い雅風はしばらく立ち直れないわね!』
成り行きを静かに眺めていたリィリィの声に慌ててしまう。
「あ、あのね。もう、私は大丈夫から心配しないで」
「今回は無事だったんだ。ここでは、なにが起こっても不思議ではない。そう言う世界だ。家に帰りたいか?……」
これは本気で落ち込んでるわ。私を宮中から出そうと考えているなんて……。
項垂れる風に焦ってしまう。
……何とか立ち直らせないと。今のままじゃ他の皇子様達が何か仕掛けてきたら、風は簡単に策略に落ちそうだもの。
あ、そうだ。
「なんでも聞いてくれるの?」
「ああ、出来る限り叶えよう」
弱々しく笑う風に元気になって欲しかった。
「じゃあ、今度、市井へ一緒に出掛けて。もちろんお忍びで! そして、食べ歩きしよう」
思いついたのは、実は前々から風と一緒だったら楽しいかもと考えていたこと。皇子様の風は、中々市井へ出る機会がないから、私が案内をするつもりだ。
「市井へか?」
私のお願いが意外だったようで、珍しく風が驚いている。
「うん。風と一緒に行きたいの! 風とならどこにいても楽しいけど、私が案内したいの。いつも、風には感謝しているから……二人で一緒に。ダメかな?」
迷っている風を見上げると、目を逸らされた。
「わかった。調整するから、とりあえず点心食べろ。冷めるから」
なぜ、このタイミングで点心が出てくるのかわからないが、一緒に出掛けることになって安心した。
そして、市井で白い花を買おう。
亡くなった……あの子のために。
『自覚なく雅風にせまる所が雪の凄いところよねー。今後も大変だわ』
あきれたようなリィリィの呟きは、私には届かなかった。
完
♦♦♦♦♦
作中に失礼致します。
読んでいただきありがとうございました。
カクヨム公式連載、富士見L文庫のページに、書籍化記念にSS掲載していただきました。そちらも、読んでいただけると嬉しいです。
書籍もお願いします。
雪華後宮記~薬膳料理はほどほどに~ 在原小与 @sayo
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