第5話 薬膳料理はほどほどに

「では、蓮の実とみかんのあえ物から。これは、右のわきばらにある肝のはたらきをよくします。気の運行や血流を助け、精神活動の調節。そして、老化防止に役立つ食材です」

 紫様の周りには、私の他にも食医庫の宮女達が、真剣な面持ちで紫様の手元を見つめていた。


「作り方は一通り説明したので、皆で協力して調理なさい。わからないことがあれば先輩女官を必ず呼ぶように。それと、今年は食材が豊富にあるので、出来上がった料理は、あなたたちも食して構いません」

 紫様がそう言うと、周りの宮女達から歓声が上がる。

 そう言えば、あの四人が毎年食べられないって言ってたっけ。今年は運が良いのね。


 喜ぶ宮女達に、もう一度声をかけると、紫様は他の女官に呼ばれ厨房の奥へと行ってしまった。

 残された食医庫の宮女達は、数人で固まり作業を始めた。膨大な量のため、それぞれが何人かに固まり作業を分担するらしい。

 ……私はどうすれば良いんだろう? 


『うーん。雪は全部作るのに参加しなくても良いと思うのよ。あまり遅くなると雅風達が心配するもの。それに、それは雪の仕事ではないでしょ? 雅風の分だけ作って帰りましょう。だって、誰も雪を誘わないじゃない。雪なら一人でも大丈夫よ。煮て削ってあえるだけだから』

 頭上でふわふわと浮いて見守ってくれていたリィリィが「大丈夫!」と声をかけてくれる。


 少し不安だけど、確かに部外者の私は邪魔なだけかも知れない。反対に迷惑をかける恐れもある。

 誰かに聞いてみて「手伝って欲しい」と言われたら手伝うことにしよう。

そう思い、みかんを手に取ると声をかけられた。

「あなたは、こっちよ」

「えっ……?」

 驚いて手が止まってしまった。


 なぜなら、声をかけてくれたのは、私をまんまると言い、ちょこっと意地悪していた、あの四人組だったから。


『怪しいわね。雪、気をつけるのよ。何か企んでいるのかも知れないわ。雪は、すぐに人を信じる癖があるから注意するのよ』

 公主として生きてきた立場上、リィリィの勘が何かを察知したのか、何度も「気をつけて」と忠告を受ける。

 そこまで心配されると不安になり、リィリィにわかるように頷くと四人を見た。


 さっきのこともあるから関わりたくないのが本音だけど、料理にまで意地悪しないと思うのよね。

 だって、私が作る料理は風が食べるものだから、何かあったら問題だもの。これで風が体調を崩したら、それこそ全員が慎刑司行きだ。

 大丈夫よ……。

「うん。よろしくお願いします」

 にっこりと挨拶をするが、四人は何も言わず作業にとりかかった。

「私とあなたはこれよ。他の二人は別の作業をするわ」

 さっき、私をまんまると言った幼い顔をした少女に、そう言って渡されたのは大量のみかん。


「わかったわ」

 みかんを受け取ると、紫様に教えられたように、皮を剥き種をとる。そして、内側の白い部分を小型の包丁でとっていく。


『気が遠くなる作業だわ。食医庫の宮女達は毎日こんな丁寧な作業をしているのね。食べる時は感謝して食べないとだめね』

 いきなり真面目な顔をして語り始めたリィリィは、厨房中を見渡すと、ふわふわと私から離れ、他の調理をしている宮女の所へと見学に行ってしまった。


 なにか思うことがあったらしい。

 確かに、作り手は何時間もかけるのに、食べるのは一瞬だ。私も味わって食べないと。

 黙々と作業をしていると、隣では蓮の実をやわらかくなるまで茹で、貴重な蜂蜜や塩を入れて煮詰めている。


 その向こうにいる宮女達は、私達が剥いたみかんの皮を細かく切り始めた。

「……これくらいで大丈夫ね。あとは任せて私達は仕上げをやりましょう」

 どうやら、この四人が経験の浅い食医庫の宮女達を仕切っているらしく、次々と指示を出していく。


 紫様が言ってたけど、優秀なのは本当なんだ。……性格悪そうだけど。

「あえるわよ。あなたは、そこの調味料を加えて。その酒よ。そうそう」

 言われた通りに、ちょこまかと動き周り、調味料をとったりかき混ぜたりと忙しく動き始めた。

 ……なんか、私だけが凄く動いているような気がするんだけど。気のせいかな?

 他の宮女達は、なぜか私と目を合わせない。

 


「こんなものでいいわね。紫様を呼んできて。味を見てもらわないと」

 だいたい終わると、動き回っていたせいか暑くなってきた。

 確かに食医庫でこの衣は着込みすぎかも知れない。


 そう思いながら調理場の一番奥で鍋をふるっている紫様に近づき声をかける。

「もう少しで終わります。待っていて下さい」

 そう紫様から言われ戻ると、あの四人がなにやら出来上がったみかんのあえ物を見て、ヒソヒソと難しい顔をして何かを言っているのが見えた。

 だが、私の姿に気が付くと口を閉じてしまう。

 ……なんだろう? もしかして、味付けを間違ったとか?


 途端に不安が押し寄せた。

 味付けを間違えたなら、この大量の高級食材が無駄になる! どうしよう!

 何か問題があったのか聞こうと口を開くとり先に、紫様の声がかけられた。

「出来上がりましたか? こちらへ持ってきて下さい。味見します」

 四人に何がどうしたのか聞こうとするが、止める間もなく紫様が出来上がった、あえ物を口にした。


 ……大丈夫かな? 

 胃が痛くなる中、状況を見守っていると、紫様が大きく頷いた。


「問題ないようですね。すぐに出来上がった品から順番に後宮へ持って行きなさい。雪、あなたは雅風様の宮へ戻りなさい。思ったよりも遅くなりましたから。皆様が心配されます」

 味に問題がなくて良かったと安心していたら、紫様が外を見て焦りだす。

「まだ、そこまで遅くなっていませんから問題ありません。私も手伝います」

 確かに外は日が落ち夜の帳が広がっているが、焦るほどではない。だが、私がそう答えても紫様は首を横にふった。


「あんまり遅くなると静玉台から迎えが来てしまいます。私はその人に会いたくないのですよ。出来上がった料理を持って戻って下さい」

 苦笑いを見せる紫様に首を傾げた。


 ……今まで遅くなっても誰も迎えに来てなかった気がするけど。誰のことを言っているんだろう?


ジャンよ。雅風の護衛の。雪は気が付いていなかったけど遅くなると雪の様子を見に来てたのよ。雅風も過保護よね』

 にやにやしながらリィリィが教えてくれた。まさかの人物に驚きを隠せない。全然知らなかった。


 風が私を心配して? じわじわとこみ上げてくるこの感情の処理に困る。

 ……嬉しいようでくすぐったいような、むずむずした感じに顔がにやけてしまう。

 周りに悟られないように、赤い顔を隠すように俯いていると、紫様から名を呼ばれた。


「早く戻りなさい。雅風様が喜んでくれると良いですね。椀を返しにきた時に雅風様の感想を聞かせて下さいね」

 私の落ち着かない様子を見て事情を察したのか、紫様が苦笑している姿が目に入る。その手には大きな籠に布巾がかけられていた。

 私が悶えている間に持ちやすいように料理を入れてくれたらしい。


「あ、ありがとうございます。はい! ぜひ、聞いて下さい」

 もう、自分でも何を言っているのかわからなくなり、籠を受け取ると頭を下げた。

 食医庫から出て行こうとした時、なぜか、不安げな焦った様子の四人の姿が目に入る。

 

 どうしたんだろう?

 不思議に思いながらも、早く雅風に食べて貰いたい一心で早足で静玉台へと向かった。

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