第4話 薬膳料理はほどほどに

 それから三日間、毎日のように食医庫で手伝い、食事を作って風の元へと届ける生活を送っていた。

 風は元気になったようで「もう、大丈夫」だと侍医に言ってもまだ許可が出ず、大人しくしているが退屈そうだ。

 咳が止まらないため侍医から外出許可が下りないらしい。

 料理を教えてくれている紫様も、忙しい身でありながら、ずっと私に付き合ってくれていて、食医庫の宮女達とも、話すようになり少し仲良く慣れた気がする。

 ――あの、最初に畑で働いた四人以外は。


「……その蓮の実、傷つけづに取り出してよ。珍しい蓮の実なんだから」

 現在、なぜか、また、あの時の4人組と一緒に仕事を言い渡されている。

 しかも、手に持っているのは、第一試験の時に問題になっていた、あの「落ち葉拾い」の蓮だ。

 後宮の一番奥の池から、紫様の指示通りに採って来たものだ。

 今日は小寒のため、後宮にも同じ料理が並ぶ。

 小寒の時期になると、肌が乾燥し後宮の女性達にとっては悩む季節。この小寒の日に、老化防止のための料理を食べるのが習わしらしい。

 今回は、後宮の食医庫の宮女だけでは手が回らないため、ここの食医庫も手伝いをしている。


 だが、蓮は夏の花。

 この冬の時期、普通は根だけ残しなくなるが、この貴重な蓮は冬も花が咲き実がなっている変わり種だ。

 その実を両手で裂き、中の実を取り出す。それも何十本も。

五人で手分けして作業をしていたが、私以外の四人は話ながら作業をしているせいか進んでいない。

 そんな四人に比べ、黙々と作業していた私の前には、残り数本の実だけが置かれている。


「はぁ……毎年だけど手が痛いわね。この実、見た目以上に固いんだから」

 四人の内、一番、幼い顔をした少女が愚痴り始めると、残りの三人も大きく頷いた。

「本当に。今年はみかんと一緒にいただくそうよ。私達も食べたいわ。いつも、手伝うだけで宮女達の食事を作るここでは食べられないもの。……ねぇ、あなたも食べるの?」

 初めて声をかけられた。

 いきなり話をふられ驚くが、緊張しながら口を開く。

「いいえ。私は食べないわ。私の食事は静玉台で調理されたものだから。それに、こんなに高価な食材は私の口には入らないわ」

 

 これは本当だ。

 静玉台でも、風と一緒にご飯を食べることはないに等しい。

 風の献立は王族仕様のため、食材はもちろん調理法も別だ。

 でも、宮女見習いの頃よりも豪華になった食事に私は凄く満足していた。

「そうなの……てっきり食べているのかと思ったけど。だって、あなた、まんまるだから」

 一人が言うと三人もクスクスと笑い始めた。

……まんまる。傷ついた……気になるお年頃の私に直接言うなんて。

『なによ、この小娘達。食医庫の教育はどうなっているの! 雪、気にしなくて良いわよ。すんごく食べてる割に痩せてるわ』

 リィリィが私の代わりに怒ってくれたが……全然、慰められた気がしない。

 確かに、私はたくさん食べる方だけど、そんなに太らない体質だから気にしなかった。だけど、周りから見たら太っているんだ。

 指摘されたことに愕然として四人に言い返せない。

「あら、ごめんなさいね。傷ついた? でも、皇子様の傍にいるのに、それだと皇子様に迷惑がかかるんじゃない? 若い内は良いけど年をとると……ちょっとね」

 また、グサリと心に何かが刺さった。


 確かに、容姿もそこまで美人の部類ではない私は見映えはしない。平凡そのもの。それなのに太っていると……風の評判を落としかねない。


『だから、気にすることないって。雪が平凡な顔つきなのは最初からじゃない。雅風もわかっているわよ。それに、年をとると……太るのよ。皇太后おばあさまだって細くないでしょう?』

 リィリィは必死で慰めてくれるけど、それも慰めになっていない。しかも、皇太后様と比較されても……。



「なにをおしゃべりしているのです? 全部出来たのですか?」

 落ち込んでいる私と、楽しそうにおしゃべりしている四人に厳しい声がかけられた。

「は、はい。私達は終わりましたが……」

 なんのこと? と手元を見ると……増えていた。なぜか、私の目の前に置かれていた蓮の実が増えていたのだ。

 なんで? あと少しで終わるはずだったのに。

 困惑しながら確認すると、四人の手元には何もない。どうやら、私が落ち込んでいる間に置かれたらしい。


「そう。あなたたちは行っても良いわ。外でみかんを洗いなさい」

「はい」

 満面の笑みを浮かべ「終わった」と宣言した四人だが、外で「みかんを洗え」と言われた途端、げんなりと肩を落とした。

『良い気味ね。外は雪が降っているもの。寒い中洗うのはまた大変よ。なら、中で蓮の実の作業の方がマシね』

 なぜか、勝ち誇ったようにリィリィが胸を張る。


「どうしたのですか? 辛くなりました?」

 すぐに、どこかへ行くと思っていた紫様が、私の手元から蓮の実を一本取った。どうやら、手伝ってくれるらしい。

「あ、いえ。違います……」

 ここで言っても良いのか非常に困る。なぜなら、痩せたいなんて個人的な話を、そこまで親しくない紫様は興味がないだろう。

 だけど、紫様は食、薬膳に関しては一流。もしかしたら、痩せる食事を知っているのではないかと期待もする。

「あの、実は、私、近頃太ったようで痩せたいと思いまして」

 何とも浅はかな悩みに、上手く最後まで言えない。


「……痩せるですか? あなたが痩せる必要あります?」

 私の全身を眺め、紫様が首を傾げる。

「はい。まんまるらしいので……」

 恥ずかしくて声が小さくなった。

「まんまる。それは、たぶん……あなたの場合は着こみすぎだと思いますよ。食医庫の宮女達は火を使うので普段から薄着なんですよ。あなたは慣れていないから冬の仕様でしょう?」

「え……?」


 思ってもみなかった言葉に周りを見渡す。

 確かに、紫様も藍色の衣に白の前掛けだけ。それに対して、私は風の宮に移ったため、厚手の旗袍の下にも色々と着こんでいて、その上に白の前掛けをしている。確かに動きづらいとは思っていた。

「それ、脱いだら普通だと思いますよ」

「そうでしょうか……」

 そう答えるしかなかった。


「なにか言われたようですね。あの四人に」

 見ていないと思っていたけど、意外と見ていたことに驚く。

「いえ、そんなことは……」

「はっきり言ってくれて構いませんよ。あの四人には食医庫の女官達も手を焼いていますから。本当に、食医庫にいたいのかもわからないのです」

 言葉を濁すが、紫様にはバレているようで、私を見て困ったようにため息を吐いた。

「違う部署にいるあなたと一緒に働いてみたら、少しは考えが変わると思ったのですが、違ったみたいです。嫌な思いをさせましたね……雅風様のお身体も回復していると伺いました。今日で終わりにしましょう」

 紫様は私を不憫に思ったらしい。

 確かに、風が回復すれば、私が食医庫にいる必要はないだろう。最初から期間限定だったのだから。


「えっ……でも」

「雪。あなたは食医庫の宮女ではありませんよ。雅風さまの宮女でしょう? 自分の仕事に専念なさい」

 紫様の言葉に、迷いながらも頷いた。

「……はい。わかりました。これで、終わりにします。でも! また、紫様を訪ねて来ても良いですか? また、お料理を教えて下さい」

 すると、紫様は、驚いた顔を見せたあと、にっこりと微笑んだ。


「ええ。もちろんです。後宮の食医庫にいますから声をかけて下さい。さあ、蓮の実を終わらせましょう。今日は、他にも、しなければならない作業が多いですから」

「ありがとうございます。はい。やる気だして頑張ります」

 元気に返事を返すと、紫様が声を出して笑った。

 それから二人で作業をしていると、手があいた他の宮女達も手伝ってくれて、あっという間に終わってしまった。


「さあ、調理を始めましょう」

 紫様の言葉に料理が始まった。

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