【番外編】檻の中(SIDE:フィーユ)
日々読んで下さりありがとうございます。
永久に会う前、ナーエの檻にいた頃のフィーユ視点のお話になります。
* * *
―― 出して、出して、出して……!
何度泣き叫んでも、誰も来てくれない。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
―― 私、あんなに頑張ったのに……
お父様の言いつけ通り、苦い魔力入りのお薬を、毎日我慢していっぱい飲んで。
お父様の言いつけ通り、辛い魔法の練習を、毎日我慢していっぱいやって。
あんなにあんなに頑張ったのに。
お父様もいつも『お前は自慢の娘だ』『これからも頑張るんだぞ』『愛してるよ、フィーユ』と優しく頭を撫でてくれてたのに。
昨日だって、体調が悪くて、胸が痛くて、何だか頭がぼうっとしてたけど、お父様に褒めて欲しいから、頑張って魔法の練習をしたのに。
気が付いたら私は意識を失っていて。
私のお家は炎に包まれていて。
お父様から浴びせられる罵声。
お手伝いさん達の悲鳴。
お父様の罵声で、私は自分の魔法がこの大惨事を引き起こしたのだと理解した。
私はそのことが信じられなくて、ただただ呆然としていると、お父様に無理やり腕を引かれ、町外れの建物に連れていかれた。
その建物の中は何だか凄く生臭いような嫌な臭いがして、私は怖くて『帰ろう』と泣き叫んだ。
するとお父様は私を殴りつけ、また罵声を浴びせた。
『お前に帰る家なんてないっ!』
『魔力暴走を起こすなんて、この恥さらしめっ!』
『お前はもう不要だ。殺されないだけありがたいと思えっ!』
殴られた場所が痛くて。
殴られてないけど、何故だか胸も痛くて。
私はもう一度お父様に優しく頭を撫でて欲しくて、必死に言葉を重ねた。
『お父様、私、もうあんな失敗はしないから……!』
『お父様、私、魔力入りのお薬、毎日ちゃんと飲むから……!』
『お父様、私、魔法の練習、毎日ちゃんとするから……!』
だけど私の言葉を聞いて、お父様の機嫌はどんどん悪くなっていった。
『2度目などあるわけがないだろうっ!』
『そのことは外で口にするなと言っただろうがっ!』
『お前はもういらないんだっ! まだ分からないのかっ!』
お父様の言葉に、私は呆然と問い返した。
『いら……ない……?』
私の問いかけに、お父様が歪んだ笑みを浮かべる。
『あぁ、そうだ。お前はもういらない。魔力暴走を起こすような出来損ないは、私の娘に相応しくない』
お父様はぐいぐいと私を引っ張り、建物の一番奥の部屋……窓一つない石造りの薄暗い部屋の前まで私を連れてくると、そのまま部屋の中に私を突き飛ばす。
『死ぬまでそこで反省していろ』
ぎぎぎぎぎ……と鈍い音を立てて、厚くて重い扉が閉められていく。
『ま、待って……! お父様……!? お父様……!』
私は必死に扉に縋りつき、お父様を呼び続けた。
お父様は『……まぁ、生かしておけば、次が失敗だった場合の保険にはなるだろう』と一言呟き、私の方を一度も振り向かずに立ち去ってしまう。
その言葉の意味は分からなかったけれど、ここでお父様が行ってしまったら、私は一生この部屋から出られないということは分かる。
『お父様っ! お父様っ! 待って! 出して! ここから出してっ!』
鍵が掛かっているのか、扉が重すぎるのか、私の力では扉がびくともしない。
声が枯れるくらい叫び続けた後、私はやっと理解する。
―― 私はいらないから、捨てられた。
いらない物は捨てる。使えない物は捨てる。当たり前だ。
私だっていらなくなった物は捨てるし、使えなくなった物は捨てる。
お父様の中で、私はいらなくなったもので、使えなくなったもの。
だからお父様は私を捨てた。
『しかたないよね……だって私は失敗しちゃったんだもん……魔法を暴走させるような、使えない子だもん……お父様も、私をいらなくなって、当然だよね……』
自分に言い聞かせるよう呟きながら、膝を抱え込み、冷たく暗い檻の中で私は独りで泣き続けた。
―― もしかしたら、お父様が迎えに来てくれるんじゃないかって、ちょっとだけ期待しながら。
……
昨日まで、お父様にお母様、そして沢山のお手伝いさん達。色んな人に囲まれて、私は何不自由なく暮らしていた。
『フィーユ、来なさい。今日はXXXのパーティーの日だ』
『はい、お父様……』
お父様は私のことを愛してくれてる。
大きな魔法を成功させたり、魔力が昨日よりも強くなれば、凄く褒めてくれる。
色んなパーティーに参加して、色んな人に私のことを愛する娘だって沢山紹介してくれる。
『娘は見ての通り、生まれつき魔力が強くて……』
『娘はこの歳で大規模魔法を使いこなせて……』
『娘は今もどんどん魔力が強まっていて……』
お父様が自慢げに私のことを紹介する。私は失礼がないよう、お父様の言いつけ通り同じ言葉を返す。
『……はい、最初から魔力が強かったんです』
『……いえ、魔法の練習はしていません。不思議と最初から使いこなせたんです』
『……はい、日に日に自然と魔力が増えていくんです』
―― 嘘。
お父様は私が生まれつき魔力が強くて、魔法が上手に使えて、今もどんどん魔力が強くなっている娘なのだと話す。でも本当は違う。
魔力の強い子供を産むために、お母様以外の女性に私を産ませて、幼い頃から私に様々な方法で魔力を注ぎ込んだって、昔お手伝いさん達が噂しているのを聞いてしまったから。
その話が嘘か本当かは分からないけど、私はきっと本当なんだろうなって思ってる。だってお父様の言いつけで、私は毎日苦い魔力入りのお薬を飲んでいるし、魔法の練習も倒れるまでやってる。
でも、いいの。嘘つきなお父様でもいいの。私を『愛してる』っていう言葉は、嘘じゃないの。
魔力が強ければ、魔法が上手く使えれば、私はお父様に愛していて貰えるの。
……
一昨日。お父様が仕事で朝からいなかった日、私は久しぶりにお母様に会った。
お母様はいつも出掛けていて、屋敷に殆どいない。お手伝いさん達は『奥様は外に他の男がいるのよ』って噂してる。他の男……お母様には、お父様以外の愛する男の人がいるみたい。
私も外で一度だけ見たことがある。
お母様は見たことのないような柔らかな笑顔で、優しそうな男性と1人の女の子を抱きしめていた。その女の子は私より少し幼くて、あどけない笑顔を浮かべていた。もしかしたら、私の妹かもしれない、可愛い女の子。
『……お、お母様、おはようございます……』
偶然、本当に偶然だった。
いつもは屋敷にいないお母様が、何か荷物を取りに来たのか、偶然屋敷にいて。
いつもその時間帯は魔法の練習で屋敷にいない私が、体調が優れないから、偶然屋敷にいて。
偶然、廊下で鉢合わせてしまった。
私は慌てて頭を下げて、お母様に挨拶をする。
熱で頭がクラクラしながら、もしかしたらお母様が『大丈夫?』って頭を撫でてくれるんじゃないかって期待して。
でもお母様は憎々し気に表情を歪めると『……汚らわしい』って一言呟いて、何処かに行ってしまった。
私は何だか凄く胸が痛くて、熱のせいかなぁ……って思いながら、お水を飲んで部屋に戻った。
―― ベッドの中で、何故かぽろぽろと涙が零れた。
お母様が私のことを嫌っているのは、知ってるのに。
事実確認をしただけなのに。
どうして涙が出てくるのか分からなかった。
―― 早くお父様に『大丈夫?』って頭を撫でて貰って『愛してるよ』って言って欲しかった。
そして昨日、まだ体調は悪かったけど、私はお父様に褒められたくて、頑張って頑張って魔法の練習をした。
―― もっと強く、もっと強く、もっと強く!
魔力が強ければ、魔法が上手く使えれば、私はお父様に愛していて貰えるから。
―― だからお父様、早く『お前は自慢の娘だ』『これからも頑張るんだぞ』『愛してるよ、フィーユ』と優しく頭を撫でて?
平凡サラリーマンの絶対帰還行動録 JIRO @JIRO_3228
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