第87話
『……緊急事態が発生した』
俺はフィーユ、ファーレス、もちの前に立ち、深刻な表情で切り出す。
フィーユはごくりと唾をのみ込み、真剣な表情でこちらを見つめる。ファーレスは相変わらず無表情だが、一応目線だけはこちらを向いている。もちは緊張しているアピールなのか、普段もちもちな体を心なし固くしている気がする。
『……ど、どうしたの……?』
フィーユが恐る恐る俺に問いかける。
俺は目を伏せ、一度深呼吸してから意を決して衝撃の事実を発表する。
『―― 食料が、底を尽きた……』
……
まぁ、当然といえば当然だろう。俺が買い込んでいた食料は1人と2匹分だ。ナーエから出る際に追加で食料を貰ったが、3人と2匹で消費すれば物凄い勢いで減っていく。
ロワイヨムまでの道程をざっくりと計算し、水でスープを嵩増しさせたり、固い木の実を混ぜて噛む回数を増やすことで満腹感を高めたり、色々と節約に節約を重ねてきたが、とうとう限界が来てしまった。
ファーレスともちによる干し肉事件、そしてそれに対抗した俺とフィーユのスペシャルディナー事件がトドメとなった。
ちゃんとこれまで通りの節約レシピを作っていれば、あと2、3日は持ったはずだ。勢いに任せた自分の行動を後悔するが、食べてしまった食材達は帰ってこない。
『とにかくロワイヨムに急ごう。そして休憩の時は各自食料調達だ……!』
……
食料調達はほぼ俺の独壇場だった。
フィーユも頑張ってくれたが、どうしても身長が足りない。木になる果実類は手が届かず、主に山菜類を集めてくれた。
俺の経験上、不用意に触ると手が被れる植物等もあるため、俺が事前にチェックして許可した植物だけを集めて貰った。
ファーレスともちは全くの戦力外だった。もちは仕方ないにしても、ファーレスはきちんと働いてもらわないと困る。ファーレスはとにかく食料を見落とす。眼の前の木に果実がなっててもスルーだ。何度『眼の前にある果実を見落とすな! ちゃんと見ろ!』と怒鳴りつけたか分からない。
森は戦場だ。
常に集中し、周囲に気を配ることが山歩きの基本だ。
『フィーユ、そこの山菜は食べられるやつだ。採取してくれ』
『う、うん!』
『ファーレスッ! 今通り過ぎた木に果実があっただろ!? そっちはお前の担当範囲なんだ、しっかりしてくれ!』
『……あ、あぁ』
俺が鬼気迫る表情で森を散策していると、後方でフィーユとファーレスが何やら喋っている。いつの間にか雑談する程仲良くなったらしい。
危機的状況が2人の絆を強めたのかもしれない。よかったと思いながら、そっと2人に近付きどんな雑談をしているのか聞き耳を立てる。
『……今のトワ、こわいね……』
『……あぁ』
……俺への不満だった。
俺はちょっと盗み聞きしたことを後悔した。
……
フィーユ達に怯えられつつ頑張った甲斐もあり、俺達はギリギリ人間らしい食事をしながら旅を続けていた。
エクウスは雑草や果物しか食べていないのに、速度を落とすことなく重い荷台を引き続け、本当によく頑張ってくれた。ロワイヨムに着いたら真っ先に労ってやりたい。
『早く森を抜けたーいっ!』
そう叫ぶフィーユの祈りが通じたのか、それから数時間後、段々と木々が開てくる。
『トワッ、ファーレスッ! 木、減ってきたよ!』
荷台の窓から外を見ていたフィーユが明るい声で叫ぶ。
『あぁ……! 森を抜けるな……!』
俺も笑顔を浮かべ、エクウスの手綱を操る。俺達の想いに答えるかのように、エクウスが『ヒィンッ!』と大きく鳴き声を上げ、速度を上げてくれる。
視界が開く。
背の高い木々に阻まれていた青空が、大きく広がる。
『フィーユ、ちょっと荷台の外に来てみな?』
『うんっ!』
俺は御者台の上で身体をズラし、フィーユの場所を開ける。フィーユは元気に返事をすると、すぐに荷台から飛び出してくる。
外に出て来たフィーユを膝の上に抱き抱える様にして、頭上にもち、膝の上にフィーユ、横にファーレスという並びで御者台に座る。
『わあぁぁぁぁぁ…………!』
フィーユが空を見上げながら、感激したように声を上げる。
『空、広いねっ!』
『そうだなー』
『……あぁ』
『きゅっ!』
フィーユのはしゃいだ声に、皆空を見上げながら頷く。
『あ、蜜草の花が咲いてる! すごーい……もうそんな時期なんだねー!』
フィーユが前方を指差しながら、またはしゃいだ声を上げる。
『おー……あれが蜜草の花かー』
フィーユの指差す方向を見れば、紫色の花が一面に咲き乱れている。蜜草自体は何度も見ているが、花が咲いているところは初めて見た。
その様子はまるで、富良野のラベンダー畑のようだ。紫色の花が一面に広がる様は絵本の世界に迷い込んだようで、思わず馬車の速度を緩めてしまう。
『綺麗だな……』
『すごいねー!』
『……あぁ』
『きゅー!』
皆蜜草の花に目を奪われ、言葉数が少なくなる。
『ちょっと早いけど、ここで馬車を止めてごはんにしようか?』
『さんせーい!』
『きゅー!』
『……あぁ』
俺がそう問いかければ、フィーユともちが笑顔で同意する。ファーレスも無表情だが、何となく柔らかな雰囲気で頷く。
『じゃあフィーユ、ファーレス、料理手伝ってくれ』
『はーい!』
『……あぁ』
近くに魔物もいないようで、俺達は安心して料理の準備をする。
ふと、フィーユ達と初めて料理を作った時のことを思い出す。まだ1ヶ月程しか経っていないが、こんなに明るくはしゃぐフィーユの姿なんて、あの頃は考えられなかった。
ファーレスの無表情と無口は相変わらずだが、段々と雰囲気が読めるようになってきた気がする。
『きゅ?』
もちは俺の作業の邪魔にならないよう、ぼーっとしてるファーレスの頭上にいることにしたらしい。前は俺の側か馬車にいることが多かったが、大分打ち解けたようだ。
「案外、大丈夫だったな……」
『トワ、何か言った?』
『何でもないよ』
俺の呟きに、フィーユが料理の手を止めて、不思議そうな顔でこちらを見る。ずっと手伝ってくれてたので、フィーユの手付きも慣れたものだ。
―― これからこのメンバーで旅するのか……不安しかないな……
ナーエを出る前、そんなことを思っていたのが嘘のようだ。
『トワ、こっち終わったよー。味もいい感じ!』
フィーユが作ったスープの味を見たあと、人数分よそってくれる。
『ん、俺の方もいい感じだ』
俺も作った料理を人数分に分け、『出来たぞー!』と大声でファーレスともちを呼ぶ。エクウスの前にも果物や山菜を盛り付けたものを置き、地面に敷いた布の上に皆で座る。
『じゃあ……』
『『いただきます!』』
『……あぁ』
『きゅー!』
『ヒィン!』
異世界生活500日目、俺達はベスティア森を抜け、青空の下、美しく咲き誇る蜜草の花に囲まれながら腹を満たした。
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