8話:お誕生会 後編

「お兄ちゃん…… あのね……」


 小さな前足をモジモジさせながらチラノサウルスの妹が言った。

 たった一人の俺の肉親。俺の大切な妹だ。


「なんだ? お小遣いか?」


 知っていて、とぼける俺。

 巨大な頭部を下に向け、ブンブンと頭を振る妹。


「ううん、ちがうの。あのね…… お兄ちゃん」


「誕生日のことか?」


「え? お兄ちゃん!」


「誕生日会…… うちで開くか? 友達も呼んでさ」


 俺はポツリと言った。


「本当お兄ちゃん! どうして!」


 ガバッと巨大な顔を持ち上げ、ぐぉぉっと口を開けるチラノサウルスの妹。

 15センチの牙がぬめる様な光を放っている。


「可愛い、妹のことだ。分かるさ」


「お兄ちゃん……」


 小さな前足をプルンプルンと震わせながら、妹は言葉を探して口ごもる。

 その小さな言語中枢は、適当な言葉を思い出せないでいるようだった。


「で、何人くるんだ? パーティの準備をするにも、人数が分からんとなぁ」


「うん、でも…… 郁子ちゃんは来るけど、他は分からない」


 少し首を傾げ、考えるようにして妹は言った。

 妹には、郁子ちゃん以外、それほど親しい友達がいないのかもしれない。

 やはり、チラノサウルスだからだろうか?

 俺はぎゅっと歯を食いしばった。


「男の子は? 男の子の友達もいいんだぞ」


「やだー! お兄ちゃん! 男子とか! 男子やだー! 乱暴だし! 掃除サボるし!」


 激しく前足を振り、尻尾もバタバタさせる。高張力鋼で囲まれたリビングにガンガン尻尾が当る。


「男子は呼ばないのか? いいのか? それで」


「郁子ちゃんが…… なんとかするって。私はいいって言ったのに……」


 ボーンと、ソファーに身を投げるようにして座ったチラノサウルスの妹。

 体重7トンの衝撃に、ソファーのスプリングが激しい軋み音を上げる。


「友達にまかせっきりじゃなくて、自分でもやった方がいいな」


「どーすればいいの? お兄ちゃん」


「招待状を書いた方がいいな。男子とか女子とか関係なく、友達に招待状を書くんだ」


 ビシッと指を立て、俺はアドバイスした。兄として当然であった。

 男子小学生が我が家にいっぱいやってくることを期待したわけではない。

 断じて違う。天地神明に賭けて違う。純粋に妹をも思う気持ちだった。


「うん! 私書いてみる! ねえ! 画用紙! 画用紙は?」


「ああ、あるぞ!」


「用意が良いね! お兄ちゃん」


「当然だな」


 妹は、色鉛筆とクレヨンをもって腹ばいになって、画用紙に招待状を書きはじめた。

 女の子らしい、花とか人形みたいな人物画を書いていく。

 フンフンと、捕食獣特有の荒い鼻息がリビングに響いていく。


        ◇◇◇◇◇◇


「酷い…… 誰がこんなこと……」


 お下げ髪の女の子がつぶやくように言った。

 俺は、妹の学校の教室にいた。

 菱星インダストリー製の「光学迷彩スーツ」を着こみ、教室のロッカーのところにうずくまっている。

 妹を見守るため、購入したものだ。バッテリーの関係で、2時間ほどしか持たない。

 お昼休みから、教室に忍び込み、状況を観察していた。


 事件が起きた。

 妹の作った「お誕生会招待状」がグチャグチャにされ、ゴミ箱に捨てられていたのだ。

 1枚ではない何枚もだ。妹が一生懸命書いた招待状だ。

 俺は、血が沸騰しそうになった。


「男子よ! 男子がやったんだわ! アンタでしょ! あの子が恐竜だからって、差別するのはアンタでしょ!」


 気の強そうな女の子が、ある男子を指さして糾弾を始めた。

 他も女子もウンウンと頷いている。


「いいの…… いいのよ。私が悪いの。浮かれて、誕生日会とか……」


 巨体をオロオロさせながら、チラノサウルスの妹は小声で言った。

 俺は飛び出して、妹を抱きかかえ、慰めてやりたい気持ちでパンパンになった。

 しかし、それは出来ない。そんなことをしては、お巡りさんが来てしまう。

 小学校への不法侵入だ。

 俺に出来るのは、妹を見守りながら、スマホで撮影することだけだった。

 最新鋭光学迷彩スーツに身を包みながら。


「ちげーよ! 俺は! 俺はやってねーよ!」


 ちょっと尖がった感じの生意気そうなところが、いい感じの男の子が言った。

 なぜか、目が泳いでいる。


「知ってることは話した方がいいぜ――」

 

 ゆらりと巨体が椅子から立ち上った。

 身長190センチを超える小学生の女子、郁子ちゃんだった。

 長いツインテールが揺れる。白い花のついた髪留めだ。


 教室のタイルを踏みしめ、ゆっくりと郁子ちゃんが歩を進めた。

 男の子の間合いに入った。

 そこからであれば、どのような突きであり、蹴りであっても一瞬で届く。

 そのような間合いであった。


「川越……」


 口の中で転がすように、郁子ちゃんはつぶやいた。

 その男の子の名前だった。


「俺は耳が良くてね……」


 ポカーンとする川越君。その顔は子どもらしく、ちょっといい感じだった。

 そして、ハッとして下を向いてしまう。


「な、なんだよ? いったい?」


 口をとがらせながらも、心なしか声が震えている。


「言っている意味が分かるかい?」


「だから、なんだよ?」


「俺の耳は、10km彼方の針が落ちる音も聞き分けるってことさ」


 何気ない風に郁子ちゃんは言った。その言葉がゆるゆると教室の空気の中に溶け込んでいく。


「てめぇ!! 郁子! この巨大女が!」


 いきなり、今時珍しいレベルの肥満児が絶叫した。


「ふふん、俺はまだ何も言っちゃいないぜ―― いいのかい?」


「て、てめぇ…… この爬虫類女と巨大女がぁ……」

 

 呟くように肥満児が言った。

 その声を聴いて、チラノサウルスの妹がビクンと反応する。

 妹は爬虫類と呼ばれるのが最も嫌なことなのだ。

 チラノサウルスは爬虫類じゃない。恐竜だ。そして、恐竜は爬虫類ではないのだ。

 体に対し垂直に生えた脚がそれを証明している。


「おい? もう一度いいってみな? なんだって?」


 ゆらりと、郁子ちゃんが更に間を詰めた。

 その指を、肥満児のあご関節に当てた。


「は…… はちゅう――」


 肥満児はその言葉を最後まで言うことができなかった。

 郁子ちゃんは、男の子のあご関節を掴んだまま、その身体を真っ直ぐ持ち上げていた。


「俺のことを、言うのはかまわん―― だが、友(宿敵)のことを言うのは許さん」


 ギチギチとあご関節の軋む音が聞こえてきた。

 肥満児はガクガクと震えながら、ポロポロと涙をこぼしている。


 やれ! 郁子! 俺の妹をデスる奴は万死に値する。


 心の中で、応援しながら、スマホで撮影する俺。


「やめてくれ! 郁子! 俺が、俺が止めなかったのが悪いんだ!」


 川越と呼ばれた少年が叫んだ。郁子ちゃんの腕にしがみ付いた。


「ふふん、優しい男だな――」

 

 郁子ちゃんはその顔に獰猛といっていい笑みを浮かべ、ゆっくりと肥満児を下ろした。

 そして手を離した。

 肥満児はその場にへたり込んだ。


「招待状を捨てろと言ったのは、このデブだ。川越は、必死に止めようとしていた…… なあ、川越よ」


 ポンポンと川越君の肩を叩く郁子ちゃん。


「バカ野郎…… そんな……」


 顔を赤くして、下を向く川越君。

 可愛い奴だ。なんと可愛い奴なのだ……

 ああ、男子小学生もいい。それはいいかもしれない。俺は思った。


「なあ、良い男子だな―― 川越よ。なあ、オマエさんもそう思わないかい?」


 郁子ちゃんの言葉に、俺の妹と川越君は真っ赤になっていた。


「ふふん――」


 郁ちゃんはニッコリと笑った。


        ◇◇◇◇◇◇


「ハッピバスデーテゥーユー♪ ハッピバスデーテゥーユー~♪」


 リビングに歌声が響いている。

 妹の友達だ。

 あの、川越君も来ている。他にも、可愛い男子が来ているのが俺の胸をキュンとさせている。


「みんな本当にありがとう!!」


 チラノサウルスの妹が言った。


「じゃあ、ケーキ入場!」


 俺は言った。そしてスマホを構える。


 じゃじゃじゃじゃジャンじゃ! じゃじゃじゃじゃジャンじゃ! 


 懐かしのスタン・ハンセンの入場テーマ曲がかかった。


 登場する郁子ちゃん。


 スク水姿に、全身に生クリームをまぶした女子小学生だった。

 すっと伸びる四肢には十分な量の生クリームが乗っかっている。

 

 郁子ちゃんの身長190センチの巨体がしなやかに動く。


「フィィィーーー!!」


 人差し指と小指を突き立て、雄たけびを上げる郁子ちゃん。

 その姿は生きたバースデーケーキだった。

 

 鉢巻き姿に、妹の年齢の数だけの、ろうそくを縛り付けている。

 その炎がゆらゆらと揺れていた。

 

 すっと、妹の前に立つ郁子ちゃん。

 美麗であり鍛え抜かれた肢体がそこにあった。


「いいぜ、今日は、俺はケーキだ。オマエさんの本気を出していいんだぜ」


「郁子ちゃん……」


 声を詰まらせるチラノサウルスの妹。


「泣くな、バカ――」


 優しげな郁子ちゃんの声が響いた。


「じゃあ、行くぜ! 本気だ! 誕生日おめでとう!」


「うん、郁子ちゃん!! 本当にありがとう!!」


 俺に家のリビングに2匹の巨獣の叫びが響いた。


 それは、永遠の友情の誓う叫びでもあった。

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俺の妹がチラノサウルスなので食事が結構大変、と思っていたら「地球46億年 史上最強トーナメント」に参加することになった 中七七三/垢のついた夜食 @naka774

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