第26話


"つづく!"

という画面いっぱいのテロップを最後に、映像は終わった。



「なんなんだ、一体・・・。」

全く状況を理解する事が出来ず、私は片手で頭を押さえた。


赤間は生きている・・・?

この一週間は全て赤間が作りあげたものだったという事なのか?


−その瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴った。

驚いた私はビクッと肩を揺らし、恐る恐るモニター画面を除く。



そこには赤間が立っていた。


「・・・赤間?」

私は何度もモニター画面を見返すが、そこには紛れもなく赤間由理が立っている。

「嘘だろ・・・?」

急いで玄関に向かい、ドアを開ける。



「こんにちは。」

信じられない。死んだはずの赤間が私を見上げてにっこりと挨拶をした。

「あ・・・赤間・・・?」

「はい。」

「これは一体・・・。」

「見終わりました?私のドキュメンタリー映画。」

飄々と話す赤間に私は何も言葉が出ず、情けなく首を縦に振った。

「あ、よかった。ちょっと外で話しませんか?」

「え・・・?」

「エピローグみたいなものです。」


そう言うと赤間は振り返りさっさと歩き始めてしまったので、私も慌てて後を付いていく。

無言のまま近くの公園まで歩いたが、私は未だに目の前にいる赤間が幽霊なのか、生きている人間なのか整理出来ず、ただただ恐怖心でいっぱいだった。


「さて・・・。」

赤間はブランコに座り、呆然と立ち尽くす私の方を見た。

「まず最初に、私は幽霊ではありません。ていうか自殺もしてません。・・・驚きました?」

「・・・当たり前だろう・・・?」

必死に振り絞って声を出す。

「まあ、さすがに驚きますよね。だって持田さん、私の事追い込んでるつもりゼロでしたもんね?」

「・・・。」

「うん、まあそれはもういいんです。十分復讐出来たと思うし。」


目の前の人間は本当に私が知っている赤間なのだろうか?

私が知っている赤間は、こんなに清々しい顔をする人間ではなかった。


「・・・なんでこんな形で復讐したんだ?」

「は?」

「もっと他にもあるだろう?単純に会社に訴える事だって出来ただろう?」

「・・・。」

赤間は無言でブランコから立ち上がり私の方へ近づいた。

私は恐怖心が拭えず、心臓の音が赤間に聞こえないか心配になる。


「理由は2つです。」

指を2本立て、赤間は自分のピースサインを限りなく私の顔の前に近づけた。

「・・・2つ?」

「1つ、どれだけ持田さんを苦しめられるか。会社に訴えたってたかが知れてるでしょう?それに持田さん反論しまくりそうだし。より強く私に当たってくるだろうし。だから強行突破で苦しめられる方法を選びました。私が死んじゃえば、持田さんは戦えない。」

「・・・。」


「もう1つは・・・面白い事をしたかった。」

赤間はそう言うと、恥ずかしそうに少し微笑んだ。

「・・・え?」

「私、持田さんと一緒にいるとすごい自分が駄目な人間だ、つまんない人間だって気持ちでいっぱいでした。今思えばいろんな事言われ過ぎて麻痺してたんだと思いますけどね。・・・まあそれが結構辛くて、いよいよ会社辞めようって思った時にどうせ辞めるなら面白く辞めてやろうって思ったんです。」



そう言った赤間の目はなんだか輝いて見えた。



ああ、そうか。赤間は本当に死んで、生き返ったのか。

そして本人の口から聞くと、赤間を追い込んでいたという事実が急にストンと自分の中に降りてきた。


久しぶりに見た赤間は、やけに小さく見えた。

こんなに小さかっただろうか?


私は目の前のこの女性をどれだけ苦しめてきたのだろうか?

赤間との2年間の記憶が今は鮮明に思い出せる。

赤間に言い放った言葉たちも全て、はっきりと。


私は泣きそうになるのを堪える。

「・・・赤間。」

「はい?」



「・・・本当に申し訳なかった。」


私は赤間に向かって頭を深々と下げた。

心の底から申し訳ないと正直に思える。

赤間は黙っている。

どんな表情なのか顔を上げるのが怖い。

許されるとは思っていない。



「・・・びっくりした。」

赤間が小さく呟いたので、え?と顔をあげてしまった。

赤間は驚いた顔で私を見ている。


「いや、謝られるなんて思ってなくて・・・。」

「え・・・?」

「絶対ブチ切れられて、むしろ殺されるんじゃないかなぐらいに思ってました。」

「・・・いや、むしろ感謝してるんだよ。」

「感謝?」

「この一週間が無ければ、私は無意識に誰かを追い込み続けただろうし、やっぱり自分の事しか考えられない人間のままだった。今は周りの人間の気持ちをちゃんと考えたいんだ。1人で働いて、1人で暮らしていく訳じゃないからな。」

「・・・へえ。」

そう言って赤間は微笑んだ。

「へえって・・・。」

思わず私も微笑んでしまった。

「意味があったって思っていいんですかね?私。」

「・・・思ってくれよ。私は変わらないとって思えたんだ。」

「よかった!」


安心した表情になり、赤間は再びブランコに腰掛けた。

ようやく体の緊張が解けた私も隣のブランコに腰掛ける。


「持田さん。さっきのDVD、会社にも送っておきましたから。」

「え?!」

「え、そんなに驚きます?」

「いや、だって復讐の意味が無くなるんじゃ・・・?」

「まあ早かれ遅かれ嘘はバレるでしょうし。もう復讐は終わりましたし。持田さんの処分も無くなるはずです。」

「・・・いいのか?」

ブラブラさせていた足を止め、赤間はゆっくりと私の方を見た。

「・・・変わるんですよね?」

その真剣な眼差しに飲み込まれそうになる。

「・・・もちろん。それは約束する。」

「じゃあ、いいじゃないですか。」

赤間はプイッと顔を前に戻し、また少し微笑んだ。



しばらくの沈黙の後、静かに赤間が立ち上がった。

「さて、そろそろエピローグも終わりましょうかね。」

くーっと屈伸をする赤間。

「・・・赤間。」

「はい?」

「これからどうするんだ・・・?私と一緒に会社に戻らないか?」

赤間は私の方を一瞬見たが、すぐに視線を外した。

「・・・さすがにここまで大きな騒ぎ起こしたんで、もう戻れないですね。」

「私が上と話すよ!」

立ち上がりながら、思わず大きめな声でそう言った私を見る事はなく、赤間は静かに首を横に振った。


「・・・ありがとうございます。お気持ちだけ頂きます。・・・でも、私今回再確認した事があるんです。」

「え・・・?」


「やっぱり、映画作っていきたいなって!低予算でも面白い映画を。」


クルっと体の向きを変え、私の方向を向いた赤間。

「私、続けていきますから。・・・また違う形で一緒にお仕事しましょう!」



赤間はとびきりの笑顔でそう言うと、この場を立ち去ろうとした。



「赤間!」

私に呼び止められ、ビクッと肩を揺らして赤間は立ち止まった。



「さっきの映画・・・面白かった!本当に面白かった!」



赤間はこちらを振り返らず、再び歩き始めた。



「驚いた!私は驚いた!・・・赤間はすごい!絶対に続けていってくれよ!またいつか一緒に映画を作ろう!約束だ!」





小さくなっていく赤間の背中に向かって、私は叫び続けた。



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ブラック上司の憂鬱 @NANIMONO

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