迷宮管理局員の怠惰なる日常

No-kiryoku

プロローグ

 迷宮管理局員は、常に激務に追われている。


「………ぐぅ」


 担当探索者の探索状況のデータ化、及びに報告書の作成と、階層踏破に関するアドバイスを基本職務とし、


「んーむ………………むにゃあ」


 新人探索者へ向けての研修会開催、探索者が持ち帰ってきた遺物の査定、換金、新階層開放時にける実地派遣………


「もう、働きたくねぇよぉ…………すやぁ」


………探索者や迷宮近隣住民からのクレーム対応、迷宮内で起こったトラブルの処理、遺物研究所や迷宮史学研究所などの関係機関、他迷宮管理局への出向………などなど。


「ぐぉっ………………………んあ?」


 その職務は多岐に渡り、かつ、そのどれもが特殊な専門知識を要するものだ。

 それ故に、新人局員の育成も一朝一夕にとはいかず、迷宮管理局はどこも、常時人手不足に悩まされていた。


「あれぇ、いつの間に寝てたっけなぁ………」


 人手不足は、「皺寄せ」という名の対処法を以て処理された。

 更に言えば、常態化した人手不足はいずれ、それ事態が非常事態であると認識されなくなり、「皺寄せ」は「常務」へと転じた。


 言ってしまえば、馴れちゃったのである。


 こうして迷宮管理局では、局員が目を血走らせて職務に没頭するのが当たり前の光景となっていった。


 とはいえ。


「まだねみぃな…………ふあぁ」


 時代の変遷に付いてこられたのは《精神だけ》であり、重要な《身体》の方は付いてこなかった。

 今尚、局員たちが度重なる夜勤にむせび泣き、残業に苦悶し、休日出勤に絶望するその姿は昔と変わらずそこにある。


 そんな生き地獄ブラックと化した迷宮管理局の中で、現状に異を唱え、それに立ち向かわんとする男が、ここに一人。


「次の休憩まで、あと三十分………」


 灰色がかった銀髪は寝癖で跳ね、美しい青色の瞳を持つ切れ長の両目は常に半眼に細められている。身長はやや高めで、全体的に線の細い体つき。程よく着崩れした局員の制服が、本人の草臥くたびれた雰囲気にマッチし、初見の悪印象に拍車をかける。


「えーと、書類作成してたんだっけか………?」


 男は眠たげな様子で、しばしぼんやりと虚空を眺めた後、のそりと上体を動かし………


「休憩まで寝よ」


 机に突っ伏した。


「働けええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


「あぶね」


 左隣の窓口に座る女性局員が、怒声と共に、その両手に掴んだ書類の束を男の頭部へ全力横振りフルスイング

 それを難なく回避した男は、演技じみた様で自らの身体を抱く。


「え、何々?仕事のストレスで後輩に八つ当たり?怖いわぁー、夜勤明けのBBA怖いわぁー」


「ストレッサーはアンタよ!!あと、アンタと歳二つしか離れてないから!ババアって言うな!」


「何を言う、二歳差は大きいぞ?65歳は高齢者だが、63歳はまだ現役。18歳は成人だが、16歳は未成年。たった二歳と言えど、それだけの差で社会的立場は一変しちまうんだよ………」


「そ、そうね、確かに…………じゃない!それと私をババア呼ばわりするのは別の話でしょ!?」


「……………ぐぅ」


「って、寝んなああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 女性局員の咆哮が、ロビー内に響き渡る。


「あーあー、まーたそんな汚い言葉を口にしおってからに………華の受付嬢が聞いて呆れる」


「こんのガキがぁっ!!」


「あのぉー、すみません………」


 窓口を訪れた探索者は、ブチギレる女性局員に怯え、蚊の鳴くような声で話しかけるものの、無論気付いてはもらえない。


「おい、窓口人来てるぞ。働けBBA」


 男の指摘でようやく来客に気付いた女性局員は、歯噛みしつつも即座に営業スマイルを浮かべる。


「あら、バイルさん。どうされました?」


「えーと、踏破記録についての書類を提出しに………」


 流石はベテランと言ったところか、男への怒りを理性で完璧に抑え込んでいる。


「くかぁーーーーー」


「………………確認させて頂きますねぇ?」


「ひぃっ!?」


 違った。抑え込めていなかった。怒りをスマイルによって上書きしようとした結果、般若の如き形相に変貌していた。


 一方の男は、そんなことは些事だと言わんばかりのいびきで、眠りこけている。


 かくして、彼の怠惰にして優雅な日常は、今日も今日とて穏やかに過ぎていくのであった。





 アルルカ・パージ。


 それが後に伝説の迷宮管理局員として名を轟かす、その男の名である。

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