Case18 トンデモと現実の狭間で(3)

 だが、ただ一つ。


 どう考えて不可解でならないのは、俺の家を訪れたあの〝黒尽くめの男達〟のことだ。


 俺は確かにあの二人の男に会って、現実に話をして、乙波の身辺警護を依頼した。それは間違いない。


 それなのに、古場警部に聞いてもそんな刑事は知らないというし、あの犯人逮捕の時も先日行った警察署でも、彼らの姿を見かけることは一度としてなかった……。


 じゃあ、いったいあれは誰だったのだろうか? まさか、本当にMIB!?


 ……いや、そんなバカなことが……あ、でも、あの二人、妙に人間離れした動きしてたし、夕暮れ時の香りに混じって、MIBが現れた時にするっていう硫黄の臭いを嗅いだような気も……


「ダメだあ~! チュパカブラの噛み跡見付からないよ~。もしかして、襲われた家畜は政府の秘密機関とかが回収しちゃってるのかな?」


 そうして最後に残った最大の謎について俺が考え込んでいると、いつの間にやらすぐ目の前まで来ていた乙波が疲れた様子で愚痴をこぼした。


「……ん、どうかしたの?」


「わっ! …あ、い、いや別に……ちょっと、あの二人の男について考えててさ。ほら、うちに来たっていう黒尽くめの……」


 気付かず思考に没頭していたところを下から覗き込まれ、突然、眼前に迫った円らな瞳にびっくりした俺は、少々どぎまぎしながら思わず本当のことを口走ってしまう。


 そんな話題を乙波に振っては、また話がトンデモ方向に混沌カオス化してしまうというのに……。


「ああ、あの二人ね……言おうかどうしようか迷ったんだけど、ま、もう知ってる上敷くんにならいいよね……実はね、あの人達、うちにも来たんだ」


「ええっ!?」


 だが、乙波は俺の想定した予想範囲を遥かに凌駕し、また、とんでもない報告をさらっと笑顔でしてくれる。


「き、来たって……あの、全身黒尽くめの? サングラスかけた? ノッポとメタボの?」


「うん。その二人組のMIB」


 俺は目をまん丸くして乙波に確認を取るが、彼女は考える間もなく、もう一度、首を大きく縦に振ってみせる。


「うちに来たのは堂室さんが捕まったあの土曜の夜遅くだよ。なんか、その前の日に上敷くんとこにも行ったって言ってたけど、こっちでも最初は刑事の振りしてたよ。この前、上敷くんが刑事さんに話してたのって、あの二人のことだったんだね」


 話の内容は多分にトンデモであるが、その口振りからして、どうにも嘘や妄想でも、幻覚や勘違いでもないらしい……。


「で、でも、どうして……」


 何がどうなってるのかさっぱりわからないが、とりあえず俺は頭に浮かんだその疑問について尋ねてみる。


 あの失踪事件は宇宙人の仕業なんかじゃなかったし、事件はとっくに解決して犯人も捕まってるっていうのに、いったい、なんの目的があって彼らは乙波のもとを……。


「それはもちろん、わたしが見たUFOの編隊について、誰にも言わないよう口止めするためだよ」


 だが、訝る俺を他所に、乙波はさも当然とでもいうかのように俺の失念していたトンデモ系にとっては当たり前すぎるその答えを口にする。


「どうやらあのUFO、ものすごく重要なミッションに関係するものだったみたい。わたしが思うに、最近ここら辺でUMAの目撃情報多いし、もしかして遺伝子操作で新種の生物を作る実験でもしてたんじゃないかな? だから唯一の目撃者であるこのわたしに脅しをかけてきたんだよ。あの失踪事件のおかげで警察やマスコミの目もわたし達の周りに集中してたしね」


 そうか、あの失踪事件のことばかりが頭にあって、すっかりそのことを忘れていた……。


 そもそもMIBはUFO事件の揉み消しに現れる存在だったんだ……だが、それじゃあ、やっぱりあの二人組は本当に……


「それでもそんな脅しなんかに屈せず、彼らの存在を世に暴露してやるつもりだったんだけどね……ま、結局、あれはアブダクションじゃなかったし、もししゃべったら、わたしだけじゃなく、わたしの大切な人達にも危険が及ぶって脅されたからね。しょうがない、あのUFOの編隊飛行については内緒にしておくことにするよ。正論くんに何かあったら大変だからね」


 唖然とする俺に、またも乙波はさらっと恐いことを微笑みながら言ってくれる。


 あ、でも今、ものすごく怖いことと一緒に、なんか、とってもうれしいことも言われたような気が……。


 俺は背中に嫌な汗をかきながらも、なんだかポワっと心に春が来たような気持ちになる。


「あ! 今なんか変なのがいた!」


 と、俺が相反する二つの条件反射に襲われていたその時、不意に乙波が茂みの方を見つめ、そう大声を上げて走り出した。


「もしかして、チュパカブラかも~っ!」


「…………ふぅ…」


 そうして無邪気に牧場を駆け回る子供のような乙波の後姿に、俺はもうそれ以上、この答えの出ぬ不毛な問題に取り組むことをいい加減放棄する。


 ……ま、乙波の言うトンデモな話が嘘だろうがほんとだろうが、そんなのはもうどっちだっていいか……こんな風にいつも彼女が傍にいて、こうして毎日が愉しければ……。


「お~い! ちょっと待ってよ~!」


 俺はそう思い直すと、どこまでもトンデモな彼女の後を追って、清々しい晴天の下を自分も一緒に走り出した……。


                   (トンデモな彼女とのつきあい方 了)

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トンデモな彼女とのつきあい方 平中なごん @HiranakaNagon

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