第3話『旅立ちの時』

見渡す限りに広がる鉄色。

視界の隅々にまで張り巡らされた無数のコード、なにに使うものかわからないが壁が見えないほどに大量に配置されている機械の数々。

そしてなによりそれらが全て繋がる先、つまり部屋の最奥に見える、天井に軽々とぶつかるほどの大きさの巨大な機械。あれはなんだろうかと目に入った瞬間から気になっていたが、説明があるわけでもなく結局"今のところ"はわからないままである。


目の前に広がるあまりにも近未来的な光景に驚きを隠す方が難しいだろう。


不意に1ヶ月前の校長室での会話が頭によぎる。


「あの時断っていたらこんなものは見ることはなかっただろうな。」


その場で踏みしめる足と共に、この場にいる実感を今一度確かめる。


--やっぱり現実だ


興奮と驚きが入り混じり、いつもほどに働かない思考と共に先程から何度も眺めた鉄色の辺りを再び見渡す。

そんな時

「ピーンポーンパーンポーン」

聞き慣れた放送開始の合図がなる。


「調査隊のメンバーの皆様、説明を行いますので第一ホールへ集合してください。」


招集の放送と共に部屋にいた人間がぞろぞろと部屋の外へと歩き出す。ダイチもそれに続き歩き出した。


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校舎から一歩踏み出す。


いつもならば周りに他学年も合わせ、大人数がぞろぞろとしている中でてくるところだが、今日ばかりは違う。


「本当に今からあそこに行くのか…」


静まり返った校門前に佇み、ダイチは雲ひとつない青空を見つめる。


--そういえばあの時もこんな空だったな


1ヶ月前にはこの空に浮かんでいた地球は、今は空からも人々の記憶からも消えている。

そしてこれから目にも見えないあそこに行くのだ。


そんなことを考えていると、早退のため重量はいつもより軽いはずのリュックも、興奮と緊張でいつもより重く感じる。

すると


「ブゥゥゥゥン」


無駄にうるさいエンジン音と共に曲がり角から現れた車の窓が開き、校長が顔を出す。


「ごめんごめん、待たせたね。それじゃ後ろ乗ってくれ。」


「わかりましたー…。」


緊張もあり、気の抜けた返事が口から漏れてしまう。そしてそれはすぐにバレてしまう。


「緊張することはないよ。これまでも何人もあっちに行って帰ってきたんだからね。」


「まぁ…はい…」


「そんな問題じゃねぇよ!」

とツッコミを入れたいところではあるが、さすがに踏みとどまる。

ともあれ今から向かう「防衛省」の、なんでも並行世界の融合対策のために設置された部署には予算の大量に注ぎ込まれた最新鋭の設備が用意されているという。それもあり、「緊張の反面、楽しみでもある」というのが今のダイチの心情だといえば正しい。


「着くまで時間もあることだし、もう一度軽く説明しとこうか?」


貯める間も無く


「是非お願いします。」


即答する。

配布資料を読んだが正直難しい文章だらけで成績のあまり良くないダイチには「キツイ」というのが現状である。校長の粋な計らいにあやかれるのならば、それに越したことはない。


「まず、今から向かうところについては機密事項。絶対に友人なんかには喋っちゃダメだよ。」


「あぁ、はい。それはもちろん。」


「それで、あそこに集められるのは片桐君を含め、20名の特異体質者、つまり並行世界の影響を受けない人間。もちろん全員君と同年代くらいのね。」


そこまで話すと、校長はカバンからコーヒーを取り出し、一口飲むと再び話を再開する。


「もちろん向こうで何があるかわからないから、最大限以上の保険と、報酬、まあ給料みたいなものが支払われる。どう使おうが自由だけど、あまり使いすぎると周りから不審に思われるから注意するように。」


校長は一息つくと、


「こんな感じで大丈夫かな?」


と問いかけてくる。


「はい!ありがとうございました!」


「それは良かったよ。くれぐれも気をつけて頑張ってきてくれよ。」


後頭部しか見えないが、それでも校長が心配そうな顔をしているのがわかる。


「はい!もちろんです!」


力一杯に返答する。

ここまで心配してくれているからには、せめてできる限り精一杯の返答をしたい。


しばらくすると、目の前に石造りの大きな門が見えてくる。校長は目の前に立っている警備員に何かを見せると、門の中へ入って行った。


「それじゃ、私はここまでだからくれぐれも気をつけて頑張るんだよ、片桐君。また帰りは迎えにくるから。」


「はい!ありがとうございます!」


そう答えると、校長は微笑み、門から再び出て行った。


--さて、ここからか


目の前に立ち並ぶ大きな建物をダイチは険しい表情で見つめる。

そして一歩を踏み出した。


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