バクショ-爆弾処理士・綿貫 禅-

葵れい

第1話

 ……自転車どこかな。

 目を開けて俺が最初に思ったのはそれだった。

 次に思った事は、〝煙草が吸いたい〟。

 胸ポケットをまさぐる。箱が歪んだハイライトが出てくる。

 確か昨日見た時、あと2、3本しかなかった。買い足さなきゃ。

 そう思いながら1本、出そうとした途端。

 その手を思いっきり払われた。

 俺の手から飛び立ったハイライトが、床に、乱雑に転がった。

 あーあ、俺のハイライト。

 残り3本のうちの1本が、飛び出して床に寝そべってる。

 ノソノソと拾い上げようとした途端。

 目の前にいた男が、ドバンとデカイ音を立てて机を叩いた。

「だから、聞いてるのか君!!」

「……」

 おいらはキョトンと、目の前の男を見た。

「……んと」

「さっきから何回も聞いてるでしょ!!」

「……」

 俺はポリポリと頬を掻いた。

 何だっけ?

 何か言われていたような気はするけれども。

 正直ぶっちゃけ、まったく聞いてなかった。

 そんな様子が完全に顔に出てしまっていたのか。目の前の男はガックリとした様子で机を叩いた。

「だから、君、身分証明書は!?」

「……」

「名前は!? 住所は!!」

「……」

「何で交番の前で寝てたの!!」

 ……。

 俺はポリポリと頬を掻いた。

 そして、朝から元気なお巡りさんだなと思った。


  ◇


 昨晩の事は、わりと覚えてる。

 仕事で出ていた。

 結構手間取ってしまって。……最終的に現場を出たのは夜中の2時頃。

 それから愛車(自転車)で帰宅途中に。……そうだよ、忌々しい事に、彼女が途中で足を引っ掛けられた。

 ……簡単に言うと、パンクした。

 家までまだまだ距離はあるっていうのに。

 でも、走れなくなったからって見捨てておいら一人で帰るわけにもいかない。何たって俺の愛車(自転車)、愛しのリリー。彼女は俺の絶対たる相棒だ。

 それで愛車・リリーと一緒にトボトボと、真夜中の暗い道を歩いている最中。

 ……とてもとても眠くなった。

 それはもう、どうしようもなく。抗いようもなく。

 俺の生涯最大の好敵手・睡魔との闘いとなった。

 ……そして結局、負けた。

 もうどうにも眠くてたまらんくなった俺は。

 最終的に、道の途中で見つけた交番の隣にあった芝生で横になる事に決めた。

 交番の傍ならば、何かあっても安心だろう。そんな事思って。

 ぐっすり眠った―――さっき、叩き起こされるまで。


  ◇


「大体、君、未成年だろう? こんな物吸っていいと思ってんのか!!」

「……」

 俺はポリポリ頬を掻く。……んーと。

 今年で28歳になります……と言って、信じてくれないかな?

 確かによく童顔に見られる。スーパーで酒や煙草を買おうとすれば、この年になってもまだ身分証明書の提示を求められる。

 疑い深いレジのおばちゃんだと、俺の運転免許にすら疑惑の目を向ける。

 それを知人に話すと、若く見られるのはいい事じゃないかと言われるけれども。女ならまだしも、男でそれはどうかと思う。

 ……さて、どうしようか。

 眠った場所が悪かったかな。初めてそう思った。

 どうやってここを乗り切ろうか?

 さっきから目の前のお巡りさんは名前と住所を聞いてくる。

 免許書は……今日は持ってない。慌てて出てきたから。

 ならばどうしよう? そう思ってポケットを探ると。

 1枚だけ、名刺が入っていた。

「何だそれは?」

「俺、こういう者です」

 言いながら差し出したその瞬間に。




「爆弾だ――!!!!!!」




 別のお巡りさんが、俺たちがいる所に転がり込んできた。

「な、何だって!?」

「い、い、いま、荷物とど、とどいて」

「落ち着け!! どうした!!」

「とど、届いた荷物、あけたら」

 俺の尋問をしていたお巡りさんが、弾けたように駆けて行く。もう一人はその場で腰を抜かしたままだ。

 俺はそれを一瞥して、1つ、欠伸をした。まだ眠い。

 ……それからチョンと立ち上がり。

 フラフラと、歩き出した。



 走ってったお巡りさんは、すぐに見つかった。

 さっきの人同様、腰を抜かしている。

 その目の先、交番の入り口の脇のテーブルに置かれた物を見て。

 俺は目を細めた。

 ―――爆弾だ。

 ダンボール箱の中に、機材が詰め込まれている。

 俺はのんびりと傍により、中を覗き込んだ。

「キューリっすか」

「き、君!! 近づいたらいかん!!!」

 腰を抜かしていたはずのお巡りさんは俺の腕を引っ掴み、後ろに引き倒す。

 俺もその勢いに、床に尻から叩きつけられた。

「痛い」

「す、すまん」

 ……やっと、少しずつ。

 頭が冴えてくる。

 目の前のお巡りさん……うちの父さんくらいの歳だろうか? 彼はおもむろに携帯電話を取り出した。

「き、機動隊、爆発物処理班に……」

「待った」

 そんな彼から、携帯をひったくる。

「何をするんだ!!」

 お巡りさんは激怒したけど。

 俺は目をこすりながら言った。

「電波」

「何?」

「電波が起爆になるかも」

「――」

 携帯からの電波発信が、起爆要因になる事もある。同時にそれは、着信でも然りだ。

 電源ごとブッチリと切る。

「き、君」

 慌てふためくお巡りさんに。

 俺はその手に握られている名刺を指さした。「名刺」

「?」

「俺、そういう者です」

「???」

 半ば唖然とした様子でお巡りさんは手の中で歪んでしまった名刺を広げた。

 そこにはこう書いてあるはずだ。



 綿貫爆発物処理所

 所長 綿貫 禅



 眠い。

 けども。

 仕事の時間らしい。


 ◇


 今世紀に入り、犯罪は増加の一途をたどっている。

 中でも最近急激に増えているのが、爆発物による物だ。

 インターネットの普及、情報化社会により、誰でも簡単に爆発物を作る事ができる世の中になった。

 まして自分でセコセコ組み立てなくても、クリックすれば簡単にマネーで交換する事ができる。

 もちろん価格はピンからキリ。安価な物からすっごい高い物まで。

 そしてその性能もピンからキリまで。

 ここ数年で起こっている犯罪のうちの半数が爆弾によるものだというから、もはやこの国は戦場さながらなのかもしれない。

 日夜連日あちこちで起こる爆弾犯罪の件数に、各都道府県の機動隊の爆発物処理班はもちろん、陸自もてんてこ舞いで休む暇もないような状況らしい。




「あんた……」

「民間の爆発物処理専門会社です」

「民間の……」

 お巡りさんは唖然と俺を見つめてる。そりゃそうか。完全にこの人、俺の事、高校生くらいにしか見てなかったみたいだし。

 そんな事よりも。俺はズボンのポケットからパッパと手袋を取り出した。絶縁手袋だ。

 でも一見、そうは見えないだろう。これは最近裏で出回り始めた超薄型の特殊品だ。

 その辺に売っている物は、薄くなったと言ってもどうしても細かい動きに制約が出る。

 第一に、ゴツくて俺の趣味じゃない。

 これは最近お気に入りの逸品だ。

 しかも俺的には、手首の青のラインと、手の甲に書かれた〝禅〟の名前入りな所が超カッコいいと思う。

 ……まあ、手袋の自慢はいいとして。

 俺は問題の爆弾の前に立った。

 ……箱の大きさは50×30×25って所か。材質は普通のダンボール。

 大雑把に左右に観音開きされたその中にビッシリと。色んな機材が叩き込まれてる。

 パッと見た所、パイプ爆弾という奴だ。

 水道などに使われるパイプを本体として、そこに火薬が詰め込まれている。両端を密封して圧を上げる事により、爆破時の破壊力を増させる仕組みだ。昔、その形状から称して「キューリ」と呼ばれていた物だ。

 そのパイプが3本。

 そしてその周りにグルグルとワイヤーが巻かれている。

 誰が見ても典型的な「ザ・爆弾」だ。

 お巡りさんがひっくり返っても仕方がない。

 そしてさらにお巡りさんをビビらせたのはこいつだろう。

 パイプの隣にチョコンと置いてあるタイマー。

 刻々とタイマーが数字を減らしている。

「じ、じげ、じげげ」

 隣にいる俺の父親と同じくらいのお巡りさんが地毛の話をし始めた。大丈夫、あんたは俺の親父のように禿げてないよ。

「んー」

 俺は首をひねった。

「だ、大丈夫なのか、あんた」

 震える声で聞かれた。

 俺はそれには答えず、とりあえず中身を見回した。

 パイプ、タイマー、……それだけか? ダンボールとの接触部分はない。

 どういう形にせよ、ここまで運んで持ってきた所を見れば、起爆は「揺れ」ではない。

 「フタの開封」だったらもうドカンきてる。

 となるとやはり元はこのタイマーか?

 残りの時間は……1000切ったから、10分弱でいいのか?

 一瞬、液体窒素欲しいなぁーと思ったけれども、ない物に頼っても仕方がない。

 とにかくまあ、ここは、やってみますか。

「リリーに鞄乗ってなかった? 持ってきてもらえないですか?」

「リリー?」

「……俺の自転車」

 すぐに、お巡りさんは腰砕けながらも持ってきてくれた。

 俺はそこから手早く工具を取り出す。

 ニッパ片手に、慎重にパイプのワイヤーに手を伸ばす。

 ちょっと見づらい。

 唇をなめた。

 配線の色は全部統一か。まあ及第点かな。

 赤か青かで最後に選ばせる展開は、爆弾処理では見飽きたよ。

 あの展開の大元になった映画は『ジャガーノート』。古い映画だ。

 そっちは何度見ても、見飽きないけどね。

 ――俺はニッと笑った。

 そして、パチンと1本切る。

 続けてもう1本。

 ワイヤーの数はあと残り3本。

「そ、そんなに簡単に」

 隣でお巡りさんがオロオロしてる。

 構わず俺は、もう1本切る。

 残り2本。

 タイマーはまだ800残ってる。

 普通なら、どっちが起爆用かって迷う所だけれども。

 俺は少し首を傾げた。

 そして考えた末に。

 残る2本のワイヤー、両方、一気に切った。

「――ッ!!??」

 お巡りさんが驚愕の顔を見せる。いや、俺は爆弾しか見えてなかったけど。

 でもまだまだ勝負はこっから。

 タイマーはまだ止まってない。

 切断されたパイプは後回し。先にタイマーを片付ける。

 慎重に、ナノ単位の動きでずらして行くと。

 ……やはりか。

「な!?」

 タイマーの裏面からもう1本ワイヤーが出てる。それが、タイマーの下のくぼみへ走ってる。

 こっちが本体だ。

 けれど、こっちのワイヤーは簡単にはいかない。

 1本かと思ったけれども違う。細い細い糸のようなのが重なって1本になってる。

 おおよそ……10。

 まとめて切ったらドカンだ。

 しかもこいつ、相当細い。

 荒く持てば、即切れそうだ。

「……」

 並みの手袋ならこんな細かい作業は無理だな。この最新絶縁手袋でもきついのに……。

 タイマーを慎重に動かし、その下に眠る宝箱を取り出し、ワイヤーを紐解いていく。

 鼻息さえも邪魔だ。

「……」

 出所をたどりながら、1本ずつ眺め――。

 決まった。こいつが起動線となる。

 そいつ目掛けて一直線。切る感触がないほどの細さだった。

 タイマーはそれで止まる。

「と、止まった……?」

 安心するお巡りさんを他所に。

 俺は本命へと取り掛かる。

 問題はこっちのキューリだ。

 外観をもう一度ザッと見回す。

 ……多分これだ。

 俺は耳に挟んでいた六角レンチを取り、パイプの本体の脇にあるボルトを外す作業にかかった。

「わ、綿貫君」

 思ったより長い。やっぱりこいつだ。

 最後までそれを外し、ボルトを投げ捨て。

 ……ようやく俺は、大きく息を吐いた。

「ケータイ」

「?」

「……掛けて、警察へ」

「……」

 お巡りさんに、お巡りさんへ通報してと頼んで、俺はそのままそこでぶっ倒れた。

 爆弾には勝った。でも睡魔にはまたしても、勝てなかった。


  ◇


 ……少しして、起動隊の爆発物処理班と葛城署の刑事がきたらしいけれども、俺はその時眠っていた。

 後で聞いた話によれば。

 やはりそうだった。爆弾は2つあった。

 タイマーによる時限爆弾。それとパイプ爆弾。

 パイプの起爆は、温度。

 爆発物処理班は、まず爆発物を冷やして機能を落とす。それを見越して、温度で反応する形になっていたらしかった。あのクソ長い六角ボルトが起爆装置まで続いてて、あれが温度を伝える役目をしていた。

 ダミーを用意したのは及第点。

 でも如何せん。

 後で分析した結果によれば。

 火薬が死んでた。

 ……タイマーもパイプも、どっちが条件にはまっても、火薬がしけてて爆発する事はなかったそうな。

 まあ、素人が作る物なんざ、そんなもん。

 

  ◇


「綿貫君、君のお陰で助かったよ」

 ――同日、夕方。

 葛城署であらかたの事情説明を終え、俺とお巡りさんは署を出た。

 送り主の特定を大至急行うらしい……犯人探しは俺っちには管轄外だ。

 ただひたすら眠かった。

「しかし君の手際……さっき、機動隊の人たちが褒めてたよ。よく2つだとわかったなって」

「……そっすか」

「本当に、君がいてくれて助かった」

 俺はポリポリと頬を掻いた。



 近年増加した爆弾犯罪により、てんてこ舞いの陸自と機動隊、爆発物処理班。

 それに伴い、俺のように民間で爆弾処理を請け負う輩も増えてきている。

 それでも仕事はひっきりなし。

 お陰で食いブチには困ってないけれども。



「俺みたいなバクショが活躍してたら、ダメなんですって」

「?」

「……いや、こっちの話」

 ……爆発物処理士。通称・バクショ。

 そんなもんが繁盛する世の中は、決して、楽園とは言いがたい。

 俺は苦笑した。




 葛城署の前には遅咲きの桜が、風に揺られて舞い散っていた。

 とりあえず今日はリリーと家に帰ってゆっくり眠ろう。

 明日はとりあえず……リリーの足を、直してやらなきゃ。

 だから明日はどうか、仕事がありませんように。

 夕焼けに手を合わせ、祈った。




 ああ、ハイライト買ってこなきゃ。 



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バクショ-爆弾処理士・綿貫 禅- 葵れい @aoi_rei

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