§2-4・公開市場操作について100人のガミラス人の村で考えてみる

 この「買いオペ」「売りオペ」を基本とする金融政策を公開市場操作という。日本でやっている金融政策だ。

 この例を100人のガミラス人の村で例えてみる。ちょっと複雑だが、中央銀行を政府と国民との間に噛ませることで、両者の関係をパワーアップできる『増強パーツ』みたいなものだと思うと分かりやすいかもしれない。


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 100人のガミラス人の村には、一つの村政府と一つの村立中央銀行があり、村立中央銀行は発券銀行で村独自の債券「ガミラス債」を発行していた。単位は「円」だ。

 中央銀行の他にも民間の銀行屋が一人二人はいた。また村人一人ひとりが100円を持っているとする。ガミラス村の国富は総額一万円だ。


 ただし村の外ともやり取りをして、ガトランティスの流れ者相手に商売をしたり、ひょっこりやってきたシュルツみたいな肌の色の違う二級市民ドモを親切に泊めてやったり、地球人の珍しい物品を購入したりする反面、村で作った作物やら戦闘兵器やらを売り飛ばしたりして稼いでいた。

 結果、村の対外収支は黒字だったとする。

 

 この村の政府はこれまで、村人にガミラス債を発行していた。これを村人の何人かが買っていた。買わないものもいた。

 村政府はガミラス債の売却でカネを得たので、村役場に命じて橋を作ったり道を作ったり集会所を作らせたりドリルミサイルを作らせたりしていた。この時、ガミラス村の土建屋数人に依頼して作らせた。

 土建屋は仕事もらって儲かった。昼は一生懸命真面目に働き、夜は村の一杯飲み屋でつつましく飲んで明日への英気を養ったりした。村のメシ屋でメシ食ったり、綺麗な長靴買ったりした。一個100円のパンも食べた。野良作業用にスズキのキャリイを買ったりもした。


 この土建屋相手に商売した連中は、支払いがあったので儲かっていた。ケインズの派閥が言う「乗数効果」だ。誰かが儲かってカネを使うと、そのおかけで他の人達も儲かる、というアレだ。

 投資乗数と呼ばれ、最初の投資(村政府の支出)をxとした場合、x/(1-β)分だけカネ周りがよくなる。ちなみにβは限界消費性向という「使ったカネ」、(1-β)は限界貯蓄性向という「溜めたカネ」だ。大学の経済学部・商学部系の学生なら一年生の時、必ず試験に出る。少し間違いもあるが、ここでは単純にこう考えるに留める。


 土建屋の社長や社員は村の銀行を利用した。振込や給与支払いなどでだ。また、景気のいい土建屋の「乗数効果おこぼれ」に預かった一杯飲み屋やメシ屋・パン屋や靴屋や外国中古車販売店なども、村の銀行を利用する。こちらも振込や給与支払や貯金などでだ。おかげで村の各銀行は手元資金が増えていた。


 ある時、村の中央銀行の中に「もっと村を繁栄させたい。もっと村を大きくしたい」と考える青年が現れた。

 彼はまだ若く、端正な顔立ちの金髪のハンサムさんだった。画家を目指していたが挫折し、今度は村長になって村に恩返しがしたいと考えるようなっていた。

 

 ちょうどこの時、村長選挙があり、「七色の美声」と激賞された彼は「村をもっと繁栄させる」と華麗に訴えて当選する。彼は自らを総統と称し、すぐさま同じ志を持つ人を村立中央銀行の総裁に据えた。そしてインフレ政策を実施した。


 村立中央銀行は村人に呼びかけた。「諸君らのガミラス債を買い取りたい。よかったら売って」と。買いオペだ。利子や総量なども提示した。これに応じて村の銀行や村人が村債を売った。「まだまだ条件が悪い」と売らない村人もいた。それは自由だ。そして結果、この公開市場操作は成立したとする。


 ガミラス債を売った人や企業は現ナマを手に入れた。そのカネで遊んだり、仕事道具を買ったりして使った。村の景気が良くなった。

 他方、村立中央銀行はガミラス債を手に入れた。ガミラス債の利払分は村立中央銀行の儲けになる。ただしガミラス債の利子は村人の税金で補填されるのだ。そして税金で補填された村立中央銀行の利払分は、後に村立中央銀行の政策資金の元本となる・・・。


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 この場合を整理してみる。

 そもそも村長選挙の前に、村政府はガミラス債を村人に買わせていた。つまり、村政府と村人との間にはガミラス債の流れがあった。この時、村の運営のために債務を作っていた(=ガミラス債を発行した)のだから村政府は赤字、一方で村人は利子を期待できる債券を買ったのだから黒字だ。


 そして村政府にとってガミラス債(=国債)はたしかに債務だが、政策に使える財源でもある。ある意味、税金のようなものだ。村人から集めたのだから。

 一方、村人にとってガミラス債は利払いが見込める「財産」なのだ。


 実はカネよりナンボかマシだ。同額の通貨と同じ価値があり、ある年月が来たら必ず政府が買い戻してくれる。それまで利子がもらえる。なによりガミラス債が暴落したら、そもそも通貨「円」だって大暴落する。その際、タンス預金だったら、ただ下がるだけだ。しかし国債なら利子が付いてまわる分だけ財産価値があるというものだ。


 ここで重要なことは、ガミラス債のやり取りを見てみると「村政府→村人」だけの関係しかないということだ。ここで自己完結しているということだ。ここでのやりとりは、村の総額一万円ぴったりだ。増減はない。


 仮に村人がガミラス債の償還を受けたとしても「村人→村政府(政府に債券買い戻してもらった)」だけの流れでしかなく、しかもそれまでゲットしていた利子分は、実は村の税金で支払われていた。そして利子も村人のカネだ。なので村政府と村人との関係だけで成立する自己完結型なのだ。村の富が総額一万円なら、理屈の上からは一万円以上にはならない。一万円が村の中じゅうを回っているだけに過ぎない(正確には「利払分だけ村人&村政府の間にカネが補充される必要がある」わけだが・・・)。


 そこに総統が現れてインフレ政策を実施した。この時、村立中央銀行のやったことは何か? ガミラス債という債券を通じてカネを村人にバラ撒いたということだ。それもただバラ撒いたのではない。中央銀行が『買い取る』の形にして村人に巻いたのだ。

 ここで重要なことは、中央政府が『円』というお金を新たに刷って(作って)、これをガミラス債という債券と『買い取る』という形で『交換』、つまり新たに刷った『円』を「村政府←→村人」という流れの中にバラ撒いたということだ。カネの総量が増えたのだ。


 つまり、村政府と村人との関係だけなら、村の富は一万円だ。ここに村立中央銀行が買いオペで一万円注いだならば、村人を通じて村政府に流れ、いずれ逆に村政府から村人へと流れるだろう。税収入のアップと公共事業として、だ。

 つまり、突っ込んだカネも村政府と村人の自己完結の中にスンナリと埋没する。そして村の富が二万円になるのだ。


 村政府と村(この場合は「市場」)は10,000円の価値があった。ここで完結している。村の中央銀行の役割はこれを20,000円に増やすことなのだ。国富を増やすということだ。村と村政府でも成立している関係の中で、中央銀行の役割は両者の関係をふくらませるドーピング剤のようなものなのだ。

 しかも村の対外収支が黒字であれば、その分+αのカネが村の中に流れている。

このカネをガミラス債の利払いに当てればよい。つまり村人に儲けがあるはずだから、「増税」のカタチで利払に当てるのだ。


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 これが経常黒字が出ている国が、国債を発行しまくっていても「一応、安全」と考える理由だ。黒字を出し続けているのならば利払いは可能なはずだし、可能な間は破綻しない。また黒字体質ということは、産業基盤があるということだ。

 逆に資源に頼り切りの発展途上国型黒字国家は、資源価格が下がると国家破産の可能性が飛躍的に上がる。ベネズエラやサウジアラビアのような原油一本で国を支えているような場合だ。

 

 またこのカラクリなら、たしかに債務は膨れるが、村はより豊かで快適になったともいえる。戦争みたいに、一向に富を生み出さないか、生み出した富よりも沢山の富の亡失を招くような政策を取らなければ、だ。よってガミラス債を発行し続けれは、その分だけ村の富が増えるというわけだ。 


 もし仮に、それまでのガミラス債が発行額ゼロだったとしても、総統がまず(村政府の信頼と責任で)債券を発行し、これを村人に買ってもらう・・・から始めればよい。

 総統政府と村人との間にはガミラス債の流れが出来る。総統政府は債務を発行したのだから赤字、村人は利子を期待できる債券を購入したのだから黒字。

 しかしカネの流れは「村人→政府」であって、総統政府はこのカネを村の政策に活用できる。その後の流れは同じであって、村を星間帝国に広げても、別になんの問題もないということだ。規模はデカく、手間は掛かるだろうけど・・・。


 市場にまず国債があることが重要なのだ。村(=「国」)がガミラス債を民間人に売り飛ばす(国の財政がその分増加する)ことから始め、あとはそれをテコに売り買いのプロセスを経て「村の富」を増やしていけば良い。ただし、その分「ガミラス債」は増えるのだが・・・。


 より重要なことは、元々、村の総資本が10,000-円のところに、一気に10,000-円も増加したら激しいインフレが発生してしまう。カネの総量が二倍に増えれば、理屈から言ったらカネの価値は(モノに対して)半分に下がってしまうからだ。

 ということは、この公開市場操作は『経済成長インフレを促進するに必要なだけ』の量に留めるべきだ。やり過ぎれは物価高で庶民生活を爆砕してしまうからだ。



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 いま話しをしたガミラス村を日本と置き換えても全然構わない。

 日本の場合、国債で1,200兆の債務があるというのなら、日本の国富が1,200兆円分あるということだ。だから道は大抵綺麗だし、どんな田舎でも舗装されている。夜もちゃんと明かりが灯っている。日本国という領土・領海・領空には国債分の富があるということだったのだ。公共投資はムダではない。我々に対するサービスとして働いている、ということだ。

 日本は黒字が出続けているので、まずは安心だ。その黒字分で日本国国債の利払が出来る・・・と考えることが出来るためだ。


 このため、日本国はいまのところ国家破産の可能性が低い。黒字が出ているからだ。そして日本円が「高い」理由でもある。日本は債務を抱えていても倒産することはない、と皆が考えているからだ。これでは円が下がるワケがない。

 

 では、今度は2010年代後半の日本について、もう少し具体的に考えてみる・・・m(_ _)m



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この問題について、もう少し深く掘り下げた三話数を作成してあります。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885841125/episodes/16817330649854186736


国債がどういう性質のものであり、税制および国富・通貨との連関性について解釈した内容になります。こらちの方もよろしくお願いいたします…m(_ _)m

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