第18話 世界は僕と距離を取る

 世界は僕と距離をとる

 よく晴れた日曜日の朝

 近くの公園に散歩に行く

 気持ちよさそうな木陰のベンチにしかめっ面をした男が一人

 缶コーヒー片手に新聞を器用にたたみながら

 どうやったら今の生活から抜け出せるのか

 必死に活字を読み漁っている


 子供の声が聞える

 母親に遊んでもらいたくて、砂で作った団子を必死に見せようとしている

 大き目の麦藁帽子を被った母親はスマフォをいじりながら

 片手間に男の子の相手をする

 子供は母親の顔のそばに砂団子を近づける

 驚いた母親はその手をわずかに跳ね除けるが、小さな手に

 その大きな砂団子は重すぎたのだ

 砂団子は男の子の小さな手からこぼれ落ち

 母親の純白のスカートを汚しながら地面に落ちて割れた

 母親はようやくスマフォから目を離し、男の子を視界の中央に入れる

 しかし男の子の視線は母親にではなく地面に落ちた砂団子を見ている

 母親はスカートにこびりついた砂を

 手で払うべきかおろしたてのハンカチーフで払うべきかを考えながら

 朝から洗濯物が増えてしまったことに苛立ちを感じている


 よく晴れた日曜の朝

 世界は僕と距離をとる

 仕方がないので、僕は公園を後にし、町を散歩することにした

 公園を出るとき僕と入れ違いに可愛い子犬を連れた若い夫婦とすれ違う

 彼らの未来に素敵な出来事がありますように


 少し歩いて大きな通りに出る

 平日とは違い、交通量はその半分ぐらいに思える

 信号待ちをしていると夏を満喫しようという若者の乗った車が続けざまに目の前を通り過ぎる

 みんな楽しそうに笑っている

 カーステレオから重低音が聞いたダンスミュージックが聞えてくる

 まるで踊れないその音楽に彼らは酔いしれているのだろうか

 サングラスの向こう側の瞳はいったい何を見ているのだろうか

 小さく開けられた窓ガラスのすき間からタバコの煙が道路に向かって落ちていく

 その様子を一緒に信号待ちをしていた老人が疎めしそうに眺めている

 怒るわけでもなく、あきれるわけでもなく、いさめるわけでもなく、嘆くわけでもなく

 ただ疎ましそうに眺めている

 老人は手押し車に買い物袋を引っ掛けていた

 長ネギが顔を出している

 朝の特売をやっているスーパーがこの近くにある

 他にもいろいろと買い物をしたのだろうか

 ただねぎ一本のために彼女はそこに足を運んだのだろうか


 信号が変わる

 ピヨ ピヨ

 信号が青であることを知らせる音響信号を聞きながら思い出す

 通りゃんせ 通りゃんせ

 ここはどこの 細道じゃ

 天神さまの 細道じゃ

 ちっと通して 下しゃんせ

 御用のないもの……


 だいたいこのあたりで、音楽が警告音に変わる

 あの中途半端に終わってしまうもどかしさを思えば今の方が遥かにましだといえる

 ピヨ ピヨ

 老人の手押し車の車輪が横断歩道でがたつく

 ピヨ ピヨ

 だんだんとそれは遠く離れて行く

 僕は足早に先を急ぎ、老人は急ぐ必要はないのであろう

 次の交差点も、また次の交差点も信号は赤


 世界は僕と距離をとる

 好きになることと、好きでいられることは違う

 好かれることと、嫌われないでいることは違う

 嫌いになることと、嫌われることは同じ

 好きだと言う事と、嫌いだと言うことは同じ

 同じ事と違う事と、そういう積み重ねの中で僕らは生きている


 よく晴れた日曜の朝

 僕は堤防にたどり着く

 遥か北や西の山々から太平洋に流れているその川は

 時の流れすら感じさせる雄大さを有する

 ウォーキングやランニング、サイクリングを楽しむ人

 愛犬を連れて歩く人、子供たちと釣りを楽しむ人

 川の向こう岸は河川敷が整備されて人々が休日を満喫している

 僕のいる側は、コンクリートの高い堤防の上に歩行者専用の道路が作られている

 その一段下は自動車専用の道路がある

 すれ違うランナーの息遣い

 川を横断する道路を行き交う大型トラックの音

 ストイックにペダルを踏み込むツーリスト


 世界は僕と距離をとる

 だから僕はその距離を測るために

 いつまでも言葉を紡ぐのだろう

 たとえその言葉が誰からの愛されなくても

 たとえその言葉が誰かの支えになろうとも

 たとえその言葉が誰かに笑われたとしても

 たとえその言葉が誰かに勇気を与えたとしても

 世界は僕と距離をとる


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孤独詩 めけめけ @meque_meque

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