第10話:黎明戦線

       西ルビル高地上空、午前4時20分、2015年7月3日



「マザーグースよりベビー1、もうすぐアルファ1到着だ、高度を下げて周辺の警戒を頼む。」

「ベビー1、了解。」

 ミーアン大佐は窓から護衛のツインマスタング達が輸送機から離れていくのを見送る。真っ黒く塗られた二機の単発機を繋げた独特な機体は白む空に影だけを見せる。

「機長、ミーアンだ。準備は出来た、こっちの減圧を頼む。」

「了解。」


 空気が漏れるような音が響き機体が降下を始める、兵員を収容するカーゴエリアの減圧が始まった。兵士たちはパラシュートや無線の点検に余念がない。彼は戦闘服に身を包み隣で全ての点検を終えて佇む彼の上官に声をかける。


「ファラガット閣下、本当にご同行されるのですか?」

「年寄り扱いは勘弁だぞミーアン。ボウルズにチンピラ共押し付けたケジメは取らないとな、無線を聞いて指示送るだけならデスクにいようが前に出ようが同じだ。安心しろ、俺も降下は散々やった。お前よりも20年は飛んでる。」

「責任というなら私も同じですよ。」


 横須賀での一件は既に二人共ボウルズから報告を受けていた。政治家の横槍に逆らうことを躊躇い、ストリートギャングから更正し武功を上げた兵士達を畑違いの特殊部隊の世界に迎えざるを得なかったファラガットは自らを恥じていた。それに意義を挟まずにいたミーアンもだ。

 ―結局、クズは何処までいってもクズって事だ。貧しくたって金持ちだって関係ない、軍隊は社会の縮図だ、そいつのあり方はすぐに表に出る。奴らが余計な真似さえしなければ作戦はセントジョージ基地で終わっていたかも知れない。そういうものを見抜くのが俺の仕事の一つだと言うのに―

 思考を機長と随伴機からの無線が中断する。


「所定高度到達しました。カーゴドア、ロック解除します」

「ベビー1よりマザーグース、アルファ1監視中、現在のところ熱源・生体反応ありません。」

「マザーグースよりベビー2、ベビー3、どうだ?」

「こちらベビー2、センサーには反応ありません。」

「ベビー3、林の中が少し怪しそうですが今のところ動きはありません。」

「分かった、そのまま見張っててくれ。降下開始する。」


 ミーアンがサインを送ると兵士がスイッチを押す、機体の尾部が下に口を開ける。空は既に光が差しつつあるが地面は未だに暗い。広い草原、遠くに所々林が見える。


「よし、降下開始だ、いけ!」


 次々と兵士がドアから飛び出して行き、落下傘が開き真っ直ぐに降りていく。三分の二ほど降下が終わると、ファラガットがミーアンに親指を立てて飛び出していく。その直後に無線を聞いている全員に衝撃が走る。


「ベビー3、2時の方角より熱源、林から車両1台、バイク2台だ。武装は不明、距離5000。」


 隠れていればいいものを、ばれたと思って出てきたのか。ミーアンは迷う。空挺降下の最中はどんな歴戦の猛者だろうと的でしかない。俺達は山賊と喧嘩しに来たんじゃない。通常は航空支援を入れるべきだがなるべくマスタングは突っ込ませたくはない。この3機のF-82はあくまで偵察機、偵察要員もパイロットも選りすぐり、捜索の真の要だ。相手が対空機銃でも持っていて偵察機材を壊されたり撃墜されたりするリスクは避けたい。いや持っているだろう、1丁くらいはあると見てかかったほうがいい。


「ベビー3は交戦するな、その距離と高度を維持しながら隠れた敵を探し出してくれ。ベビー1、ベビー2を連れて予定通り”ホテル”に向かえ。山賊はこっちで何とかする。ワスプ1、すぐに集結して応戦にかかれ、索敵魔法も使え、こっちに近寄らせるな。フライ1はなるべくワスプ1から離れて降りろ。フライ2もすぐ続くぞ、奴等の射程に入る前に降りりゃどうって事は無い。」


 ミーアンは残りの部下達に振り向く。


「俺達も降りるぞ、準備運動だ、山賊狩りと洒落込もうじゃないか。」


 日曜の礼拝サボったからって酷い天罰だ、彼はそう思いながら開いたカーゴドアを蹴って空へ飛び出した。




       帝国軍事委員会危機管理センター、午前4時20分、2015年7月3日

 


 1時間に渡るボスコフ達元老の追及に耐えたガルディスは今、相棒と上級指揮官用の控え室にいた。一睡もせずに仕事してもろくな結果にはならない、とノートウェイ議長が一旦皆4時間ほど睡眠を取る事を提案したのだ。今ガルディスはその相棒、サイドル・マガノと話をしている。気がかりな事は腐るほどあったが、何も話さないまま寝れない事もあったからだ。


「サイドル、緊急警報の解析は進んでいるか?」


 元老達の求めに対し現在調査中とガルディスは応じなかったが、議長から朝9時の会議再開までに調査の進行に関わらず緊急警報の内容の全員への提示が求められていた。現在、事態に関する情報の全ては関係者に徹底的な緘口令が敷かれ情報局のデータバンクも横浜支部は勿論のこと他のアジア方面の情報に関しては更新を封鎖して全てのニュースは軍事委員会で止まるようになっている。敵がオフィルであれ誰であれこちらの情報収集に介入している可能性は高いのでこれはすぐにやっておかねばならない。


 緊急警報は一種のフライトデータレコーダーの様なものだ、声や文章に直せば手間のかかる様々な事実をくまなく大量に残してくれる。事故のときは勿論、戦闘時などで部隊が全滅するような事態ではこの記録解析が極めて重要な情報になるのだ。


「ええ、リンドさん。もう一通り終えてコピー取って運び出しました。指示通りざっとですが、ひとつ明らかに気になった事があるそうです。」

「なんだい?」

「クルガン公は旅界術の発動時から亡くなるまでの間、少なくとも2つ以上旅界術以外の術式を行使しています。」

「術を使って死んだんじゃないのか?」

「そう思ってましたが、亡くなるまでの3分程ですが動きはありました。どちらも詳細な内容は分かりません。一つは誰かにかかっている術式の操作。もう一つは緊急警報の、監視機能そのものの停止です。」


 マガノ以下機関の人間にとっては、それはその事実以上の意味は理解できなかった。しかし最初からこの計画に携わっているガルディスにはそれを推察することが出来た、いやそれ以外ないと確信した。ここから自分が前に進むために取るべき行動は自身の地位どころか身の破滅に直結する、だか彼に後退の選択はなかった。まだ線は繋がっている、出来ることはある。意を決しマガノに指示を伝える。


「サイドル、受信した術式の原本は今こっちへ来ているんだな?」

「後10分もあればセンターに到着します。」

「分かった、君はここに残ってて先に寝てくれ、私はエレベーターに迎えにいってくる。ああそうだ、イシュタリア要塞とその周辺の通信記録、軍民問わずできるだけ欲しいんだが、まあいいや…その話は次の会議が終わってからしよう。」

「悪知恵ですか?どえらい時間がかかりますよ、最低でも3日は下さい。」

「構わない、それが重要だ。」




       西ルビル高地ツェン川上流、午前4時30分、2015年7月3日


 突然、リカが足を止めて空を睨む。ジンはピンと耳を立たせリカの方を向くが、リカの険しい表情を見たら良い知らせの類でない事が分かった。


「どうしたの?」

「飛行機が飛んでるんだけど、音からしても味方じゃないの。」

「音?何も聞こえないけど」

「もっと近付かないとお兄ちゃんには聞こえないと思う。魔術で音を聞こえにくいようにしてる、それも複数。私は耳が元々人より聞こえるほうだから分かるけどね。」


 リカは遠視用の術を使おうとしたが途中で止めた、やはり危険だ。僅かな魔力の発動でも気付かれたらそれこそ命取りだ。


「お兄ちゃん、ちょっと木に登って見てみるね。」

「おっけー。」


 リカはジンにリュックを預けるとライフルを片手に近くの樫の木にまるで猫か豹のように飛びついて登っていった。ジンは木の下で空に向かってライフルを構える彼女を眺めている、それしか出来ることがない。


 それにしても銃もリュックも結構な重さだ、こんなものを軽々持って歩く彼女に護るのは俺だなどと軽口を叩いてしまった俺自身が情けなくなってくる。そんなジンの気持ちは今の彼女には届かない。数時間ぶりに再び敵の姿を目の当たりにしたからだ。


 リカの目に映ったのは10キロ程先で一機の4発輸送機の後部から降下していく空挺部隊の姿だった。パラシュートで減速したかと思ったら50メートルはある高さで切り離しそのまま落ちていく。ライフルのスコープで覗くまでもない、オフィルの特殊空挺部隊だ。肉体強化を併用して手早く降りていくその姿は自分以上の錬度を持つ優秀な敵であること、そして既に戦闘を前提とした緊急降下である事をリカはすぐに理解した。

 程なくして銃撃戦の発砲音が聞こえてくる、下でジンが危ないから降りろと言っている。だが銃声は自分達に向けたものではない、武装勢力相手の戦闘の音だ。リカが確認しなければいけないのは他にあった。

 それは護衛の随伴機の姿だ、空挺作戦には必ず必要だからだ。見えた。F-82ツインマスタング。二機の戦闘機を繋げた特異な概観に反して高性能な戦闘機。だが様子がおかしい、戦闘には参加していないようだ。

 彼女は機影をスコープで覗く。重々しい機体中央の爆弾とも燃料タンクの様にも見えるそれは、イシュタリア空軍基地でよく見た、情報部時代にお世話になった偵察機仕様のモスキートやMe410に積まれた偵察用ポッドと一緒だ。レーダーや熱源探知装置、魔力探知センサーなどのアンテナがあちこちに飛び出ている。この部隊の目的が地元の武装勢力との戦闘などではないことを、狙いはほぼ自分達であることを理解した。自分がいた頃の偵察機の性能しか知らないリカではあったがその索敵性能を基準に考えてもこのままこの辺りをのんびり歩いていたら森の中でも見つかるのは時間の問題だ。

 でも打つ手はある、川の深さは上流にも関わらず結構あるようだ。寧ろ戦闘になっている今なら術起動時の魔力の反応もごまかせるかもしれない。



 里香は怖い顔をしながら木を滑り降りてきた。リュックを受け取ると彼女は俺が持っていたMP5をリュックの外に出ているストラップに固定した。そしてリュックのポケットに入っている束ねたヒモに結ぶとライフルと一緒に担ぐ。ちょっと重くないかと聞いたが彼女は大丈夫だと言い、そしていきなり俺の手を引っ張って川に向かう。川に飛び込むとでもいうのか、いや待て、見るからに流れは急で飛び込んだらやばい場所だと誰だって分かるような所だ。

 


「お兄ちゃん、偵察機がこっち来る前に川に飛び込むからね。」

「おい待て里香、ここ流れも急だしやばいだろ、いきなり飛び込んだら心臓麻痺とか起こすぞ。」

「大丈夫、飛び込んだ後で水の中でも大丈夫な術をかけるから。」

「飛び込んだ後でって入る前じゃないのかよ?」

「いいから行くよ!」


 里香は俺の身体を抱えると川に飛び込んだ。思ったよりも水は透明で、そしてとても冷たかった。俺を抱えたまま彼女は凄い力で更に底へ泳いでいく。彼女の右手が俺の頭に伸び、その手が一瞬青く光り、その後赤く光り、最後に緑色の光を放った。体の冷たさが嘘のように消え、彼女が語りかける。水の中とは思えない明瞭な声だ。


「もう大丈夫だよ、お兄ちゃん。私がやるみたいにちょっと息してみて。」


 水の中で息とか、と思ったが気が付くと俺の頭の周りを、薄い空気の幕が覆っていることに気が付く。恐る恐る空気を吸い込んでみる、確かに息が出来る。

 その瞬間、頭の上をエンジン音が通過していく。気付かれたかと思って里香の顔を見るが彼女の顔は安心したように見える。多分うまくいったのだろう、そう思うしかない。


「うん、大丈夫だね。いきなりでごめんね。偵察機が飛んでたから歩いたらすぐに見つかっちゃうと思って。」

「水の中で大丈夫なのか?」

「分からない、でもああいう偵察機のセンサーって広い範囲で地上にある人間やモノを探すように出来ているから、水の中や地下に隠れているものを探し出すのは難しいの。」


 二人の体が動き出す、浮かんでいるリュックに引っ張られているのだ。


「このまま少し川に流されるからね、この術は2時間しか持たないから時間ギリギリまで泳ぐよ。」




       西ルビル高地、午前4時30分、2015年7月3日



 ベビー3のパイロットと偵察要員は眼下で行われている戦闘に参加することを禁じられている理由を充分理解していたが仲間を危険に晒しながら自分が射程外から戦域を周回しているしかない事に複雑な思いだった。全部隊の降下は問題なく完了した、だが敵のピックアップトラックとバイクはすでに岩陰に隠れている。こちらも岩や地形の凹凸を使って巧みに隠れている。膠着状態はもう少し続くだろう、狙撃兵が応戦準備を固めれば動き出すが敵の伏兵はこういう場合必ずどこかにいる、不利な少人数で攻撃して来たのがその証拠だ。先手必勝で上空から機銃掃射をかければうまくいくかもしれないがそれは許されていない。出来ることは周囲の動きを逃がさず捉える事しかない。

 偵察要員席の計器に反応があった、10キロ程南西に魔力の反応。一瞬だけですぐ消えたがそこそこの強度だ。保護魔法の様な出力の小さなものは簡単には見つからないが明らかに誰かがそこで魔術を使用したと言うことだろう。キャノピー越しにその先を見る、ツェン川だ、ルグリアス湖を水源とし、300キロ先で緩衝地帯の境界線を作っているブリスト川に繋がっている。明らかに怪しむべきだろう、だが上空をカバーする目は今、自分達しかいない。武装も偵察機材も積まない輸送機はともかく、ベビー1と2は給油の為にもう秘密基地”ホテル”に直行している。俺達だけでは判断は出来ない、とりあえず隊長に報告だ。


「ベビー3よりオールド・エイプ、10キロ南で魔力反応。」


 オールド・エイプとはミーアンのコールサインだ。ベビー3に追跡許可を出すべきか一瞬悩む。山賊に時間はかけられない、だが偵察機にも兵員にもこんな所で危ない橋を渡らせたくはない。仕方がない、彼は折衷案を取る。


「オールド・エイプより各狙撃兵へ、ベビー3の牽制射撃に合わせて奴らを撃ってくれ、観測員は伏兵がいないかしっかり見ててくれよ。ベビー3、1回だけ岩陰の車にガン攻撃してくれ。当てようとしなくていい、弾丸が飛んでくギリギリで放り込んだらそのまま南を調べに行ってくれ。繰り返すが撃ち合うな、懐に飛び込むなよ。」

「ベビー3了解、では行きます。」


 ツインマスタングは南に急旋回し高度を慎重に落とし加速する、パイロットは照準器に記されたマーカーを無視して有効射程外での弾丸の軌道を頭で補正し機銃を発射する。応射されたのか機体周辺に曳光弾の光が横切るが命中弾はない。構わずに突っ切りそのままツェン川に向かって飛ぶ。反応のあった辺りはこの辺だ、偵察要員は熱源探知装置を見るが反応がない。センサーが銃弾で壊れたか、いや壊れてはいないようだ。とりあえず目視も入れて見直そう、あっちもあらかた片付いたようだな。旋回して大きく高度を落とし周辺をチェックしていく。


「ベビー3よりオールド・エイプ、熱源反応無し。」

「オールド・エイプだ、反応がないなら多分そいつでビンゴだ。おかげで敵の半分は潰した、これから制圧に向かう。機体に損傷はないな?」

「大丈夫です、燃料もセンサーも無事です。」


 ミーアンは確信した。間違いない、山賊や地元民なら何らかの痕跡が見えて然りだ。ということは隠蔽用の手段を使ったからと考えたほうが自然だ。そういう術は高度なもので素人が使うものではない。だが目標が浅い所に出ればもう一度補足できるかも知れない。ベビー3にもう一度指示を出そうとしてミーアンは気付いた。高度が低すぎる、トラックの方角に真っ直ぐ突っ込んでいる。まだこっちは敵の死体を確認したわけではないというのに。


「ベビー3、高度を上げろ!撃たれるぞ!」


 車に積まれた機銃に立ち上がった敵が登るのが見えた。狙撃兵が撃つが兵士が倒れるまでに銃口から数十発の弾丸が放たれる。その銃弾は左側のパイロットのいる方のキャノピーを吹き飛ばす。操縦手を失ったツインマスタングはそのままトラックに突っ込み、爆発した。今の一撃が敵の最後の一兵であったのだろうが、自分達の代わりに失った代償の高さを地上の隊員達は皆理解している。


「お前のせいじゃないぞミーアン、気を抜いた奴等のほうが悪い。」


 ファラガットは慰めるが余計な対地攻撃を命じなければよかったというミーアンの後悔は拭えない。


「閣下、歩兵に被害は?」

「死者はゼロだ、4人撃たれたが全員歩ける。まあ川まで移動してから結界敷いて早めの朝飯にしようや。焦る事はない、いくら川に飛び込んでやり過ごしても片方は兵隊ですらない地球のガキだ。あの女はそこそこ有能なのかも知れんが相方がもたねえ、絶対にこっちが追いつく。そのための偵察機だ、まだ2機ある。不安なら増派も考えておくが派手にやって帝国が出てきたらこんなものじゃ済まなくなるぞ、当初の予定通りでいこう。」


 ファラガットはそう口にした一方で不安を覚えていた。

 ルビル高地への潜入任務はこれが初めてではない、味方に死者が出た事も一度や二度ではないが降下初っ端から戦闘になって大きな損害が出たことはない。考えちゃいかんのは分かっているが今、この作戦自体が呪われているように感じている。果たして小僧を捕獲したとして、あの男は約束通りを渡すのだろうか、それすら疑問視してしまいそうになる。


 その二人の所に兵士がやってくる。フライ1のリーダーだ。


「車両を調べましたが車は完全におしゃかですがバイクは2台とも使えます。燃料も充分です。」

「分かった、探知のうまい奴に渡して南に出そう、無茶はするなと伝えておいてくれ。それと奴等の仲間が来るかもしれん、ここに長居は無用だ。」


 ミーアンは指示を飛ばす。めげている暇はない。いいのを一発もらったが地球からも含めて第2ラウンドだ、まだ勝負はこれからだと自分に言い聞かせる。




     西ルビル高地ツェン川上流、午前6時30分、2015年7月3日



 水中用保護魔法―と里香は呼んでいた―と流速の速い川の流れ中で泳いだお陰で俺達は20キロ近くは稼げたようだ。休憩しよう、向こうも戦闘した後でいきなり追跡に移ることは出来ないから、という彼女の提案で今俺達は川の近くの岩陰で休憩の最中だ。寝れなくても数十分眼を閉じているだけで違うよ、という彼女の忠告に従い俺は毛布に包まり、岩に背中を預けて眼を閉じている。もっとも眼を閉じているだけだ、薄目も開いてしまう。外で寝た経験などないからどうも落ち着かない。

 里香は今、銃を分解し丁寧に水気を取っている。銃そのものは保護魔法がかかっているから濡れても問題なく使えるらしいが手入れするに越したことはないらしい。


 それは数分で終わり、里香が俺の隣に座る。眼を開けて見上げると彼女と目が合う、気恥ずかしいのか、申し訳なさそうな微笑で彼女は俺を見ている。どこかで見たことのあるある感じだ、こんな明るい朝じゃない、もっと暗い夜の部屋だったと思う。


「ねえお兄ちゃん。」

「何?」

「眼を閉じて。」


 そう言って手を俺の顔にかざす。白くて暖かい手、同じだ、多分同じくらい優しさを感じる。でも里香じゃない。俺は知っている、その人は―


「お兄ちゃんまだ起きてる?」

「寝ろって言ってて話しかけるのかよ。」

「ちょっと、肩貸してね。ちょっとだけだから」


 そう言って里香は俺の腕を抱えると肩に寄りかかる。

 そうだ、俺は知っている。あのひともそうしていたんだ、昼間の陽光が嫌いな彼女は何かと口実をつけて俺を近くに呼びつけて昼寝をするのが好きだった。何か辛い事があったり寂しくなるとぬいぐるみを抱えるように俺に抱きついていたな、そういえばあの場にはリカも居合わせてふくれっ面してた時もあったな。

 いつだったか冗談で俺だって男なんだぞ、と言ったら好きにしていい、と冗談で応酬された事がある。彼女が悩んでいるのを俺は知っていた。俺は彼女が決心してからで遅くないと思っていたのだ。俺に何の躊躇いがなかったとは言わない、でも彼女が本当に願うなら受け入れたい、だからまだこのままでいようと思った、そうしてあげたいと思うくらいに俺は彼女の事が好きだったのだ。


 ちょっとでいいから夢が見れるなら見たい、そう思って俺は眼を閉じ続けたが寝れない。そうしているうちに里香が寝息を立て始めた。無理もない、昨日の晩から休まずに動きっぱなしだったのだ。そういえば目覚まし時計とか持ってるのだろうか?昔からそういうことにそそっかしい。里香の腕時計を覗く、6時半だ、7時になったら起こそう。そう思って空を見上げた。

 空の色も雲の色も地球と同じだ、あのひとも今同じ空を見ているのだろうかと思ったがそれはない事に思い当たり俺は苦笑した。朝が苦手なのにこんな時間に起きてる訳がない。

 そうしているうちに里香が起きた。時計はかっきり7時を指していた。寝起きの悪そうな気配はない。


「おはよう…お兄ちゃん、寝れなかったの?」

「おはよう、俺は眼を閉じて静かにしていたから大丈夫だよ。そっちこそよく起きれたな。」

「そういう術があるの、目覚まし時計代わりのがね。」

「俺は大丈夫だよ、動けるから行こう。」


 ジンの記憶はこうしている間にも戻っている、それはクルガンによって記憶改竄の術式が解除された以上決して止まらない事なのだ。リカはその事実を認識しながらもジンの過去に触れるような事を口にすることを意識的に避けていた。それは単純に今の関係でいたいなどという気持ちなどではない。今の彼にとって記憶が全て戻る事は、彼自身に重大な選択を強制することと同義なのだ。避けられないことが分かっていても決心がつかない、老練なクルガンの様に即座に決心を固めることはリカにはできなかった。


今は悩むべきときじゃない、今自分に出来る事は彼を護る事だ。リカは立ち上がり、ジンの腕を引っ張る。







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星の橋守り ぷれでたぁー @Fuyuki1975

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