②篠原柚月→東條菫→星川美鈴パート「もしかして、あたしたちのこと……」

◇キャスト◆


篠原しのはら柚月ゆづき

田村たむら信次しんじ

東條とうじょうすみれ

菱川ひしかわりん

Mayメイ・C・Alphardアルファード

清水しみず夏蓮かれん

中島なかじまえみ

舞園まいぞのあずさ

月島つきしま叶恵かなえ

牛島うしじまゆい

植本うえもときらら

星川ほしかわ美鈴みすず

―――――――――――――――――――



「やれやれ……夏蓮もまだまだ、キャプテンできてないなぁ」


 練習開始前の体育館。信次と共に待つ柚月は、部員たちが退出した門を眺めて呆れていた。夏蓮が内気で弱気な少女であることは昔から知っているが、主将という立場となった今は早く殻から脱してほしいあまりだ。


「でも、最後にちゃんとみんなのことまとめたじゃないか。やっぱりボクには、清水はちゃんとしたキャプテンに見えるよ」


「毎度毎度ハードル低すぎなのよ、先生は……」


 ゆとり顧問にもため息を漏らすと、下縁眼鏡中央を構えて自身用のスケジュール紙を覗く。


『なんとか、大丈夫そうね……このスケジュールで、明日に繋げれば……』


 正直な内心では、合宿が進行していることにホッとしていた。昨晩に雨の予報を知ったときは、最悪中止も決断しなければと考えた身だ。


 しかし、結果として案を受け入れ稼動してくれている。未経験者たちも含め、決行の意思は整っていた。


『それにしても意外だったわ……あの牛島さんがみんなを引っ張るとは……』


 野次トリオを説得するには困難と予想していただけに、唯の前向きな発言には感謝の意を評する。彼女とはあまり関わりを持ってこなかったが、改めて親近感を湧き起こす。


「でも、篠原もさすがだね」

「はぁ? さすがって何がよ?」


 ふと向けられた信次に首を傾げる。


「何って、あの練習メニューだよ」


「“あんな残酷なメニュー考えられるなんてさすがだね”ってことかしら?」

「そうじゃないよ、だって……」


 からかい悪乗り気味で尋ねたが、信次は首を左右に振って返す。真面目な面構えを宿した微笑みのまま、瞳の奥まで見通される。



「――あの練習メニュー考えたの、昨晩でしょ? しかも一人で遅くまで……眼鏡の縁で隠してるつもりだろうけど、くま見えてるよ」



「……フフ、やっぱ先生にはお見通しか」


 部活がある際は、コンタクトレンズで過ごしてきた。

 ところが本日は久方ぶりの眼鏡姿で、思えばあからさまに非日常を晒していたのだ。


「思いのほか時間掛かっちゃってね。今回の合宿目標は、個々の意識改革。でも、能力の向上だって必要不可欠……だからどんな練習をすべきか、どのレベルまで妥協するか……そう考えながらやってたら、なかなかまとまらなくてさ」


 昨晩の帰宅直後、ニュースで雨天を知らされた。“晴れ時々曇”のマークが急遽変わってしまったため、やむを得ず自室にこもって雨天時メニューの作成に励んだのだ。

 夜遅くまでは言わずもがな、晩ご飯さえ口にせず、完成した頃には日時をまたいでしまった事実である。


「今朝は今朝で、人数分コピーしてきたんでしょ?」

「どーだか……」


 早朝五時、近くのコンビニに向かったことは黙って強がった。


「あんまり無茶はしないようにね。身体壊されちゃったら、それこそ一大事なんだからさ」

「だから、毎度毎度ハードル低すぎなのよ……」


「甘やかしてるんじゃない、心配してるんだよ。ボクは篠原の顧問であり、担任なんだから」

「相変わらず優男やさおね。そのうち悪い女に捕まるわよ?」


「えー……」

「フフ。でもね、先生……」


 肩を落として弱々しさを放った独身男性に吹いた。しかし、笑みを消した鋭利の表情へ変え、改めて信次と向き合う。覚悟の意思表示の過程で。



「――笹二のマネージャーはね、先生が思ってるほど、か弱い乙女じゃないわよ」



 単なる強がりなのかもしれない。が、過保護を受けてまで生きたいとは、現役当初から思ったことはない。

 柚月にとってはその扱いによって、自分自身が無力だと感じてしまうからだ。


 無力こそ最大の羞恥だと、ほこりが語っている。


「篠原……」

「それと先生? さっき言ったは、無事見つかった?」


「あぁ! 新聞紙とガムテープ、職員室にたくさん置いてあっよ」

「よかった……じゃあ、早速お願いするわ。バッティング練習に間に合わせてほしいの」


「了解! やっと顧問らしい仕事きたから、気合い出てきたよ!」

「ありがと、先生……頼んだわよ」


 信次はいつもの笑顔で頷き、一人体育館から出ていく。室内打撃練習には欠かせない道具を作るために、早速作業に取り掛かってくれるようだ。



『――フフ! やっぱ先生は将来、悪い女に捕まるわね……独身のままの方が幸せだわ』



 一人だけになってしまったが、柚月は部員たちが再集するまで待つことにした。



 ◇合宿で見えた亀裂◆



「ん~……」

「菫、どうかしたの?」


 女子更衣室でユニフォームに着替えた菫は、凛の隣で悩ましく腕組みを見せていた。今日集まって以降、どうも気になって仕方なかったからだ。


「牛島先輩の様子が、いつもと違う感じがしてさ」


 守備ではショートを守る菫。その隣であるサードの唯を思い返すと、やはり違和感がいなめない。


 元気が皆無とまではいかなくても、普段の愉快さが足りない気がする。愚痴の一つや二つも漏らすはずなのにと、見慣れない落ち着いた先輩のことばかり考えていた。


「そうデスそうデス!! いつもの唯ちゃんセンパイだったら、Waoh!! とか、Oh my god!! とか言ってるはずデスモノ!」

「それはアナタでしょ」


 着替えも完了せず割り込んだメイには、呆れた凛から突っ込みが放たれた。エヘヘと金髪を掻いていたが、場の和みは生まれることなく、菫は更衣室扉をじっと見つめていた。



「それにさ、牛島先輩や植本先輩……星川さんにも、なんか距離置かれてる気がしちゃってさ……」



 菫の悲哀な一言が、更衣室の温度を下げた。

 現在この更衣室にいるのは、残念ながら全部員ではない。体育館に残った柚月はもちろんだが、唯たち三人の姿は室内になく、いつものように女子トイレで着替えている。


 当たり前と化しているが、正直以前から気にしていた。練習や試合が始まれば、距離感など全く感じないのだが。


「もしかして、あたしたちのこと……」

――「……そんなことないよ」


 ふと言葉尻を被せた者は、反対側ロッカー前の夏蓮だった。白のハイソックスを足首から膝まで持ち上げた主将から、優しい視線が送られる。


「唯ちゃんたちは、悪い意味で距離なんか置いてないよ」

「夏蓮先輩……どうして、そう思えるんですか?」


「唯ちゃんってね……みんなが思ってる以上に、いい人だから」


 微笑みを絶やさない夏蓮にはまだ納得できなかったが、ボタンを閉じ終えた叶恵と梓も加勢する。


「まぁそうかもね。バカにしてくるときは別として……」

「唯もきららも問題児扱いされてるけど、悪い人じゃないのは確かなんだ。ウチが保証する」


「そうなんです、か……」

――「へぇ、そうなんだぁ!」


 すると菫の直後に咲が割って入り、まだ半分も着替えていないまま梓に寄る。


「てかさ、梓ってあの二人のこと詳しいよね? なんで?」


「いや……中学のとき、二人とはいろいろあってさ」

「おや~? 隠し事とはいけませんなぁ~……イテッ!」


 言いづらそうに引きつる梓にしつこく誘っていた咲だが、額に叶恵の小さな空手チョップが芯を喰う。


「なにすんのよー?」

「遅刻を誤魔化そうとしてたヤツが、でしゃばってんじゃないわよ! それから早く着替えなさい! もうアンタだけなんだから」

「ふぁーい……」


 撫でながらため息混じりに返事だったが、二年生たちは呆れを通り越して笑っていた。

 すくすくと場の和みは育ちつつあるが、再び一年生菫の疑心が成長を止めてしまう。



「あ、あの……皆さんは、気にならないんですか? 牛島先輩たちが、いっしょに着替えないこと……」



 思わず陰鬱な顔色を落としてしまった。聞きたいことがあるとはいえ、口数が多いのは自分の短所だ。罪悪感すら芽生える中、凛とメイの間で沈黙した。


 しかし、陽だまりの如く頬を上げた夏蓮が、俯く菫の目前で膝を折る。目と目を、また心と心を合わされながら紡がれる。


「菫ちゃんは、今こうやって唯ちゃんたちのことを思ってる。それって、とっても優しいことで、素晴らしいことだと思うよ」

「いや、そんなこと……」


「でもね、それはきっとあの三人もそうだと思うの。特に、ね」

「えっ? 牛島先輩が、ですか?」


 最後の強調された言葉に驚いたが、夏蓮は笑顔で頷き立ち上がった。



「――唯ちゃんってね、このチームの中で誰よりも、相手のことを思いやれる人なんだよ」



 主将からの光を真に受けると、言葉が出ず固まった。しかし周囲の二年生たちは和やかな様子が窺え、後に凛とメイにも行き渡る。


 考えすぎなのかもしれない。

 仮に嫌悪を抱かれているならば、練習や試合で明るく接してはくれないだろう。


 全ての疑問や懸念が払拭された訳ではない。不安の残骸が残るが、菫は三人を思いながら帽子を被った。いつも以上につばを強く握り、もう一度更衣室扉を見つめる。



『――信じて待ってますからね……牛島先輩、それに植本先輩、そして星川さん』



 皆が着替えを済ませたところで、女子ソフト部員たちは退出する。最後に菫が更衣室の鍵を施錠し、待っててくれた凛とメイと共に体育館へ駆けていった。



 ◇合宿で見えた亀裂◆

 

 

「ドレスチェンジ完了にゃあ!!」

「うちもオッケーっす!」

「わりぃ、待たせた……」


 綺麗に掃除された一階女子トイレ。ユニフォームを着替え終えた美鈴たちは退出し、静観とした廊下を横並びで歩む。

 唯ときららが隣り合って前を進み、その後ろをついていく体制だが、彼女たちの後ろ姿で自然とにやついてしまう。



『唯先輩もきらら先輩も、モデルさんみたいだなぁ。特に唯先輩の、ユニフォームを腰パンして肌を一切見せない姿がとてもかっこいいし、とっても憧れる~』



 スレンダー体型を支える、細く長い脚。また背を隠さんばかりに延びた黒と茶のロングたち。憧れの存在を目前に、一人だけ見物客のように頬を染めていた。


「……美鈴」

「は~い、な~んっすか~?」


 トーンの違いなど感じられないほど、夢中で先輩たちを眺めていた。


 すると、自分を呼んだ唯がふと立ち止まり、振り返ることで目を合わされる。敬意を表するはずがメロメロで笑みをやめられなかったが、突如悲しげな眉間を放たれ、ようやく我を取り戻す。


『唯先輩、やっぱ昨日のことで悩んでるのかな? うちはもう気にしてないけど……』


 のろけが無くなった代わりに配慮の念が増してくる。


 辛そうな表情とも受け取れる中、今度は唯の掌が頭上へポンと置かれた。



「ゴメンな……」



「え……ど、どうしてそんなこと言うっすか?」


 理解不能だった一言に戸惑い、心配が懸念の色に染まっていく。普段は明るいきららですら悲壮を漂わし、一方的だが唯に続けられる。

 

「美鈴は一年生だろ? 同級の東條たちとなかなかいっしょにさせてやれなくて……だからゴメンな」

「そ、そんなこと……うちは唯先輩たちといっしょにいる方が楽しいっすもん!」


 聞こえは悪いかもしれないが、決して嘘はついていない。本音そのものだ。


 唯には背を向けられ、再び大きな背中が視界を覆う。きららと同時に歩み始め、捨て台詞の如く足音と合わせて奏でる。



「――オレたち不良なんかとつるむより、ちゃんとした東條たちと仲良くした方が楽しいと思うぜ。もしもオレたちが嫌だったら、好きにしていいんだからな……」



 まるで遠ざけるような言葉だった。そのまま体育館へと進み、考え込んでしまった美鈴は一人取り残される。


 徐々に小さくなっていく二人の背を、今は哀れみの瞳で眺めてしまう。



『――唯先輩……それにきらら先輩も……どうしてっすか?』



 曲がり角を際に、二人の後ろ姿は雲隠れした。

 確かに昨晩の出来事は衝撃的だった。同じような争い事が、今後も起こるかもしれないと危惧した内心でもある。



『それでも、うちは唯先輩が大好きだ……とても、とっても……うちはついていく。きらら先輩も含めて……』



 たとえ、周囲からどんな目を向けられたとしても。

 たとえ、同級生たちと仲良くなれなかったとしても。

 純情乙女の決断に後悔は無かった。

 恐怖こそ否めないが。



『うちだけは絶対離れないっすから!』



 美鈴は再び動き出し、無人音の廊下を駆けていく。周囲に遅れをとるまいと、練習開始時刻と唯ときららを全力で追った。

―――――――――――――――――――

愛華「さてと。忘れられねーうちに、またでるぞ😤」

美依茅「アイアイサー🎵」

あおい「ギャラはちゃんと払ってねー💰」

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プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆✨Inning2✨ 田村優覬 @you-key

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