十八球目◇合宿で見えた亀裂◆

①東條菫→清水夏蓮パート「限界って言葉知ってます!?」


◇キャスト◆


東條とうじょうすみれ

菱川ひしかわりん

Mayメイ・C・Alphardアルファード

清水しみず夏蓮かれん

篠原しのはら柚月ゆづき

中島なかじまえみ

舞園まいぞのあずさ

月島つきしま叶恵かなえ

牛島うしじまゆい

植本うえもときらら

星川ほしかわ美鈴みすず

田村たむら信次しんじ

―――――――――――――――――――


 ついに始まった五月謳歌のゴールデンウィーク。家族での外出では旅行者も多く見られ、託された数日間を楽しもうと計画する人々で溢れていた。またお散歩日和には相応しい天気が連なり、恵まれた環境下で心を癒す時間が流れている。


 笹浦市だけを除いて……。



「ヌゥア~ゼ雨なんじゃァァァァァァァァァア゛!!」



 午前六時手前。笹浦第二高等学校体育館に集まった女子ソフト部。副主将である叶恵の怒声が、部員を代表して曇天に放たれた。

 今朝から冷たい雨が降り注ぎ、扉前には数匹のすずめたちも雨宿りしている。


「結構、長く降りそうだね……」

「今朝のニュースだと、この雨は今晩まで続くみたいなんだ」

「そっかぁ……せっかくの合宿なのに、残念だなぁ」


 ため息で途絶えた夏蓮と梓も肩を落とし、失望の末にうつむいていた。突然変わってしまった予報だけに、また主将という立場としてもショックは大きいに違いない。


『なんか、不運なスタートになっちゃったな……』


 同じくして初の合宿を楽しみにしていた菫も、凛の隣でじっと雨空を見上げる。先日新しいグローブを購入したが、初御披露目がまた延期となり眉を潜める。


「新しいグローブ、お預けか……」

「仕方ないよ。天気は回復するみたいだから、明日だね」


「ヘッヘ~ン、お二人サ~ン。よろしければ、このワタクシがグローブを柔らかくして差し上げマショウカ~?」


 二人の間に、怪しい笑みを浮かべたメイが乱入した。手ぐすねを繰り返し、不気味な眼光を放つ見た目はどこか悪徳商人を思わせる。


「……メイ、どうしたの?」

「いやいや~何も考えてないデスヨ~。新しいグローブの香りを嗅ぎたいだなんて、これっぽっちも思ってないんデスヨ~ヘッヘ~」


 明らかに本音だった。どうも経験者とは、新品グローブの香りが嗜好らしい。


「そんなに嗅ぎたいなら……貸すけど」

「ダメ、菫。不審者には絶対貸しちゃダメ」


「ふ、不審者とは失礼デス!! ワタクシはそんな卑劣な人間ではアリマセン!! 怒りマスヨッ!?」

「かわいい……」


 少なくとも高校生には見えないメイと凛の、火花を散らすようなにらみ合いが続く。ケンカするほど仲が良いのだと解釈し、菫だけはそっと見送ることにした。



――「オnewグローブ使えそうになくて、ホント残念っす……」



『えっ? もしかして、星川さんたちも買ったの……?』


 ふと耳に訪れた音色に振り向くと、変わらぬ三人グループ――美鈴ときららと唯たちが並んでいた。水溜まりが四方八方にできたグランドを、少し離れた別扉から観察している。


「はぁ~……せっかく買ってもらったのに、雨なんて酷いっす」

「そんなことないにゃあ。雨なら練習量が減りそうだから、むしろ嬉しいにゃあ。ねぇ唯?」


「……」

「唯?」

「唯先輩?」


「……ん? ああ、ごめんごめんボーッとしてた。そうだよな、オレもそう思う」


 最後に笑って見せた唯に、美鈴ときららも続いて返した。


 一見何ともない、ありふれた三人のやり取りである。いつものトリオだと誰もが思い感じているだろう。


 しかし、どうも菫には違和感を感じてならなかった。今のたった一瞬、唯の様子から考えて。



『あの輪の中にいながらボーッとしてたなんて……牛島先輩、何かあったのかな……?』



 友だち同士で会話する時間は、きっと彼女だって愉快な一時のはずだ。が、つい他所よそへ思考を向けてしまうほどの悩みがあるのだろうか。

 あまり関わりがない先輩とはいえ、菫も自ずと唯へ思考を働かせていた。



 ◇合宿で見えた亀裂◆



「やぁ、みんな!! おはよう!!」

「先生~どうしよう……」


 集合してからの数分後。顧問の信次も体育館に現れ、相変わらずのスーツ姿の笑みを止めず胸を張る。


「生憎の天気だけど、とりあえず今日は室内でできることをやっていこう!」

「でも、できることって言われても……」


 信次の言葉に誤りなど決して無かったが、再び悩ましく眉間を集めてしまう。


 今回の合宿では、マネージャーの柚月から予め練習メニューを組まれていたが、それはもちろん外での活動内容だ。執拗で脅迫的なメニューとはいえ、チームの将来を考えた彼女の努力を受け入れた次第である。


 ところが、それができない現在。

 思い返せば室内練習を一度も行ったことがないため、何をしたらよいのか主将でも見当がつかなかった。


『柚月ちゃんもショックだろうなぁ~』


 先ほどから一人雨天を見上げる、珍しく眼鏡のジャージ姿な柚月を見つめた。合宿発案者であり、この三日間を誰よりも期待していたことだろう。集合してから沈黙したままで、きっと落ち込んでいるに違いないと思ったが。


「……フフ」

「あれ? 笑った。怖かったけど、今笑ったような……」


 想像に反した様子に首を傾げると、柚月は自身のリュックからクリアファイルを取り出す。分厚くなっている中身からはルーズリーフが束になって現れ、一枚一枚部員たちに渡していく。


 すると、落ち込んでいたように見えていたマネージャーからは得意気の表情が浮かんでいた。



「こんなこともあろうかと、雨天時の予定は作製してあるわ!」



「……さすが柚月ちゃん!」

「笹二のマネージャーをめてもらっちゃ困るわ。はい、どうぞ」


 主将顔負けのファインプレーだ。

 夏蓮も早速練習メニューが記されたルーズリーフを差し渡され、頼もしいマネージャーに笑顔を見せながら受け取った。何とも先を見越した準備には、感涙を覚えるほど安堵する。


『これでみんなも一安心だね……あれ?』


 しかし、部員たちの顔色を覗くと不思議にまばたきを繰り返す。


 どうも皆の様子が固く苦みを帯びていた。

 唯のみ無表情だが、きららと美鈴は開いた口が塞がらず。

 賑やかだった菫と凛とメイたちも固まり沈んでる。

 叶恵まで強張りを見せ、ついには隣の梓も頬をひきつっていた。


「梓ちゃん、どうしたの……?」

「ぎ、逆に聞くけど、夏蓮はコレ見てなんで平気なの……?」


 柚月から託されたルーズリーフを指差さされた。もしやと固唾を飲みながら、ルーズリーフへそっと目を落とす。


 刹那、部員たちの異変理由を知ることとなった。


「え……エェェェェェェェェエエ゛!? 死んじゃう!! ホントに死んじゃう!!」


 信次の大きな挨拶でも逃げなかった雀たちが、夏蓮の一声で一気に飛び立ってしまった。


「柚月ちゃん!!」

「あら~熱くなってくれて、ありがと!」


「違う違う違う違う! ヤル気出た訳じゃない! 嘘ですよねコレ!? 嘘だと言ってください!!」

「なによ? こんなメニュー大したことないでしょ?」


「コレのどこがですかぁ~!」


 恐ろしさのあまり涙まで浮かびかける中、震える両手で握る練習メニューを再度確認した。


―――――――――――――――――――


 合宿メニュー (雨天時)


 6:00 集合 柔軟体操


 6:30 一時間完走


 7:30 サーキットX3


 8:00 館内キャッチボール


 8:30 守備基礎練習

   ※ピッチャー特訓(10:30まで)


 9:30 インターバル走


 10:00 体幹トレーニング


 10:30 一時間完走


 11:30 昼休憩


 13:00 三十分完走+


 13:30 素振り

    ※ピッチャー特訓(15:00まで)


 14:00 打ち込み


 15:00 筋トレ


 16:00 三十分完走++ ストレッチ


 17:00 勉強会


 18:00 練習終了



 スローガン―量より、質より、両方!!


 ヽ(^。^)ノまー楽しみー!

―――――――――――――――――――


「限界って言葉知ってます!?」

「主に足腰の筋力を付けてもらうから。まぁこれぐらいはできなきゃね」


「無視……そ、それと、三十分完走の隣にあるプラスってどういう意味? 最後は二つ付いてるけどさ」

「それはお楽しみよ~。このあたしからの超ステキなサプライズだと思っててねん!」


「アクシデントの間違いでしょ……」


 明らかに走量が増え、かえって屋外メニューよりも過酷さを感じ取れる。屋内でも時間も最大限使っている点は、さすがは鬼のドSマネージャーと言えよう。


「生きてる間に、もっと美味しいものを食べてくれば良かった……」

「ふあ~は~……」


 しまいには欠伸あくびを漏らされた。

 体力の限界が通じない今、無論夏蓮だけでなく辺りの部員たちからも悲愴感想が述べられる。


「ピッチャー特訓……何をやるんだろ?」

「アンタ、この特訓マジで覚悟しておいた方がいいわよ……」


 冷や汗を流しながら命の危機まで暗示させる、投手組の梓と叶恵。


「容赦ないなぁ……凛、無理はしないでね」

「できるだけ、やってみる……」

「ん~ん。これでワタクシはホントに身長が伸びるのデショウカ……?」

「ソコなんだ……」


 真っ先に凛の体調面を心配する菫と、ただでさえ小さな身長を危ぶみ頭を掻くメイ。


「あんまりっす……」

「もうやだ~! 帰りたいにゃあよ!!」

「……」


 ため息混じりで答えた美鈴に、用紙を持ちながら両手で頭を抱えるきらら。そして、何も話さず無表情を貫く唯。


 不平不満が飛び交う体育館では、選手たちがそれぞれの想いを声にして嘆き、室内ですら雨が降り出しそうになっていた。



――「おっそくなりましたァァァァ!!」


「あ、咲ちゃんだ……」



 沈黙を破るように、体育館の入口からバタバタと駆け足音が近づいてきた。そういえばまだ来てなかった咲がずぶ濡れで到着。

 エナメルバッグは勿論だが、何故かかじり後が着いたおにぎりまで持ちながらの登場だった。すぐに荷物を置き、おにぎりを大きな口へ放り込むと、柚月目掛けて猛ダッシュで寄る。


「アホフェフヘ~!」

「まず飲み込もっか……」


「……ゴクリ! あのですね! 今朝はしっかり起きたんですよ! 起きたんですけど、アタシの妹である笑心にこのヤツがですね、なかなか起きてくれないもんで! 起こすのに時間がかかってしまったんですよ! はい!」


 苦笑いの低姿勢を柚月へ見せる咲だが、最後に煌めく額を手のひらで撫でていた。



『あ、嘘ついてる……』



「へぇー……で?」

「で……それで、ですね! それから家を飛び出したのはいいんですけど、走っていたら小さな女の子がおりまして。なんとその子がかわいそうなことに! 傘を持っていなかったんですよ! ですから、このアタシがその子の家まで送って差し上げてました! だって、そんなずぶ濡れでかわいそうな女の子を放っておけるわけにはいかないじゃないですか~!? はい!」


 長々とした言い訳だったが、単純に寝坊して遅れて来たに違いない。

 嘘をつくとき額を撫でる癖なら安易にわかる。


 最後に再び笑顔で癖を起こすと、柚月もニッコリのまま練習予定表を差し出す。


「あれ? 怒ってないの?」

「いいからいいからー、室内練習の内容を確認して」

「……うんッ!! って、なんじゃこりゃアァァァァ!!」


 やはり納得のいかない過酷なスケジュールだったのだろう。何から何までわかりやすいお転婆少女だ。


「これ、どういうこと!? アタシ認めないからね!!」

「何が気に入らないのよ? 咲ならこのくらい出来ると思うんだけど……」


「い~や、これはおかしい!! だって、勉強会増えてるんだもん!!」



『ソコォォォォォオッ!?』



 確かに勉強会は増えている。が、訂正してほしい欄は決してそこではない。心で叫ぶも思わず口を開いたまま観察していると、いよいよ鬼の反撃も始まるようだ。


「え・み・ちゃん?」

「は、はい……?」


 突如柔らかな声を発した女帝は、校内モテモテJKに相応しい満面の笑みで切り出した。相手を引き込むように顔を接近させると、麗しき唇がゆっくりと動き出す。


「あなた、遅刻しておいてそんなこと言うの?」

「ギクッ!! バレてる……」


「いいわよー勉強会無くしても」

「ほ、ホントにィィィィ!?」


「えぇ。ただーその代わりー……」


 笑顔に変異した咲の瞳は、とてつもない輝きに満ちていた。しかしその希望の光も、髪をかき上げた柚月の耳打ちで消滅させられる。



「――咲ちゃんにふぁー、それはそれは恐ろちー恐ろちー、脱落者多数見込まれるぅー、何なら怪我人続出するよーな、地獄より地獄の別メニューを用意してあげるわーん」



「……勉強会ですッ!! はい!! アタシ勉強やりたいですッ!!」

「あら、そぉお? 嬉ちぃ~い!」


 拷問的脅迫を受けた咲は気を付け姿勢で強固していた。柚月を知る側としては、命が助かっただけ幸せだと断言できる。


 時は遅れたが、こうして全部員が無事集合。柚月が皆の前に一人立ち、改めて気を引き締めた面構えを放つ。



「さぁ、みんな! 千里の道も一歩から! 茨城の頂点、インターハイ目指してガンバるのよッ!!」


――「「「「……」」」」――



 マネージャーの鼓舞こぶ言葉には誰も返事ができなかったが、すると苦い顔の叶恵が一歩前に出る。


「……ほらッ!! 早速やるわよ!!」


 ルーズリーフをギュッと握り締め、どこか無理をしているようにも見えたが、夢追人らしく逞しい勇姿だった。


『叶恵ちゃんって、ホント努力家だよねぇ~……』


 どんな逆境でも屈しず進む、皆を引っ張る隊長のような副主将。

 叶恵の振る舞いを受けた主将も自ずと気合いが湧き、今度は自分が盛り上げようと眉を立てたときだった。



「ほれ、早くやんぞ?」

「――っ! 唯ちゃん……」



 先に声を鳴らしたことで、部員たちの視線を集めた唯。夏蓮もつい驚きながら見つめていると、飄々とした様子のまま荷物ある入口へ歩む。


「まずはユニフォームになんなきゃな……きらら、美鈴、行くぞ」

「……あ、唯待ってにゃあ!!」

「りょ、了解ッス!!」


 きららと美鈴も早速走り出し、唯を含めた三人はそれぞれのバッグを手に取り姿を消していく。彼女のことだから更衣室ではなく、いつも通り女子トイレで着替えてくるのだろう。



『唯ちゃん……ありがと』



 心配の念こそ否めないが、少しだけ頬を緩ますことができた。リーダーのように発言した唯を、心の底から評価していたからだ。


 チームを目指す方向へ引っ張る役者は、多いに超したことはない。して未経験者である彼女が発信すれば、同境遇者により伝えられることだろう。また、上級者にも更なる鼓舞を与えられる。


 経験者にはできない、未経験者が故に吐き出せる言霊ことだまだ。



『――ホントに助かるな……わたしも引っ張らないと、だよね!』



「みんな、やろう!!」



 体育館に残る部員たちに向け、ついに夏蓮も微笑みで眉を立てる。一人一人と目を合わせながら、選ばれた主将として恥じぬよう躍動する。


「まずは、やってみよう! 確かに、練習メニューは想像以上に辛そうだけど、叶恵ちゃんや唯ちゃんたちのように、たった一人でも練習する人がいるならいっしょにガンバろ! 経験者なのに下手で運動音痴なわたしも、精いっぱいガンバるからさ」


 夏蓮なりの台詞せりふは、やがて選手たちに少しの元気を与えていく。経験者未経験者へだてなく。


「……菫、やろう?」

「凛……わかった。けど、ホントに無理はしないでね」


 微かに放った凛が、心配し続ける菫に笑顔で頷く。


「ねぇねぇ凛!! ワタクシにも何か言ってクダサイ!!」

「あなたは何も考えてないし、それに経験者だから必要ない」

「そんなぁ~!! 御慈悲ヲ~!!」


 元気溌剌だったメイに凛の冷たい言葉が刺さるも、徐々に場の和みが生まれていく。


「やろう、夏蓮」

「やろやろ!! 勉強会始まる前に動き切んなきゃッ!!」

「咲、眠る気でしょ?」


 梓に呆れられたように突っ込みを受けた咲は苦笑いだったが、夏蓮もついほくそ笑んだ。心の軽やかさが温度と共に戻り、最後には叶恵と柚月にも相槌を交わして仕切る。



「じゃあ、まずはユニフォームに着替えよう! その後体育館に集合で、練習開始ね!」


――「「「「はいッ!!」」」」――



 本日初めて揃った返事が起きると、早速各自荷物を持って更衣室へと向かった。ただし、唯たち三人を除いて。

―――――――――――――――――――

メイ「どうして柚月ちゃんセンパイ眼鏡ナンデスカ❔」

柚月「フフフ、②でバラすわ😉」

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