第2話

人気のない海岸に一軒だけぽつんと建てられた、コンクリート製の小屋のような建物。

僕はその無機質な建物の中で体育座りの姿勢のままうずくまり、何かが来るのを待っている。

やがて、奥の方からヒールの乾いた靴音が聞こえてくる。

靴音は徐々に大きくなり、僕の近くまで来ると、ピタリと静止する。

ゆっくりと顔を上げると、背の高い女がこちらを見下ろしている。顔には紗がかかっていて、よく見えない。

彼女は何かをボソボソと呟いているので、僕は何を言っているのか耳をそばだてる。


「…き」

駄目だ、よく聞こえない。

「…き」

彼女の声はか細くて、震えている。


「…」


「…うそつき!!」


何秒間かの沈黙の後、金切り声で彼女はそう叫び、間もなくして崩れ落ちるように倒れた。

急いで彼女を抱き起こしたとき、僕は絶望のあまり狼狽える。

「里恵だ…」

さっきまで紗がかかってよく見えなかったその顔は、明らかに里恵のものだ。

そして彼女は死んでいる。

あの時と同じように、口、鼻、目、顔中の穴という穴から血を流して。

どうして。

どうして。

僕は…


「…川」


その時。

右肩にドスッ、と鈍い衝撃が走る。

「新川!」

「うわっ」

振り返るとそこにいたのは、スーツ姿にこそ違和感があるものの、どこか見覚えのある丸い顔だった。

「俺だよ俺、覚えてる?タスクだよ!」

タスク…?

「あー!タスクか!久しぶり!!」

「よかった覚えてた!元気か?」

「でもよく分かったな、変装してたのに」

「そのくらい分かるよ。お前背でかいから」

タスクは島にいたときの同級生だ。それぞれ別の高校に進学してからはしばらく会っていなかったけど、今日、買い物がてら近所を散歩していたら偶然鉢合わせた。

実に10年ぶりの再会。折角の機会なので、近くにある喫茶店で話をすることになった。

「他の皆はどうしてるか分かる」

「みんなって言っても俺たち含めて6人しかいなかっただろ。全員島から出ていったよ」

僕やタスクのいた島には小さな小学校と中学校こそあったものの、高校は無かった。島の子どもの殆どは中学を卒業すると本島にある高校に進んで、それからは都会に出て就職するか、進学する。だから、わざわざ何もない島へ戻って暮らす子どもは殆どいないというのが現状だ。

「まぁ、そうだよね。タスクは今何してるの」

「仙台で営業の仕事。今日はたまたま東京に出張で来てて、今日の夜の新幹線で帰る」

「忙しいね」

「お前ほどじゃないよ」

そう言って冗談っぽく笑いながら煙草に火を点ける彼は幸せそうで、島にいた頃よりも少し太っていた。

「しかしお前もすっかり有名人になっちゃって。この間のドラマも観たよ。あの泣けるやつ」

「ありがとう。でも、知ってる人に観られるのって恥ずかしいな」

「そういえばさっきはどうしたんだ、何か、ボーッとしてたけど…」

「あー、それはちょっと最近、疲れてて」

そう返すのが精一杯だった。

5年前に里恵を亡くしてから幾度となく襲ってくる、妄想にしてはあまりにも鮮明過ぎる何か。

いつも同じ光景。同じ結末。

念のため精神科に診てもらったものの、詳しい原因は不明のまま。「恋人を亡くしたことと、仕事から来るストレスだろう」ということで処方された安定剤を飲んでも一向に治らない…と、そんなどうしようもないことを言っても、タスクにきっと余計な心配をかけてしまうだけだろう。

今はあくまで楽しい休暇。

一年のうちでたった一週間しかない貴重な時間なんだから、後腐れなく過ごさないといけない。

「まぁ、そうだよなぁ。でもあんまり道端で一人でボーッとしてると、俺みたいな変なのに絡まれんだから」

「そうだね、気をつける」

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白昼夢 丸井 円 @tapiokamelon

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