第3話 捜査
第3話 捜査
本当に小さな2階建てのアパートのような建物がそこにはあった。
金属性の看板に「第3サークル棟」とかかれていた。
「ここってほとんど部員のいない、もうすぐなくなるようなサークルが追いやられたあとの場所なんです」
そう言って誠くんはかなりボロボロになった狭い階段を昇る。
僕と優衣はそれに続いて登っていった。
登っている間、僕は何気なく辺りを見回しみる。
何の変哲もない、空き地の多いただの田舎の住宅街。
大学とは少し離れているために、あの活気の良さはここまでは伝わってこなかった。
「あっここです」
誠くんが階段を昇り終えると、そこから一番近くのドアを開ける。
中を見てみると、外は普通にアパートのような風貌なのに対して、中だけはまるで教室のように板目丁の床に黒板と机や椅子が綺麗に20人分ほど並んでいた。
よくこれだけここに運び込んだものだと感心する。
しかしそれはそうと、
「えっと…ご遺体は…」
一番大事なことを誠くんに聞いてみる。
僕はあまりグロテスクなものに強い方ではないが、ここにくるまでにそれなりに覚悟を決めたつもりだ。
答えが帰ってくるまで、大丈夫…大丈夫…と心のなかで自分を言い聞かせた。
「そこの…教卓の…裏です」
言われるままに教卓の裏を見てみると、そこには一人の女の子が横たわっていた。
「菜摘…どうして…」
誠くんが目を背ける。
じっくりと僕は彼女を観察してみる。
彼女には血がダラダラ溢れ落ちて…のような目立った外傷は無いため、まるで寝ているように見えた。
それが、僕にはかなりの救いだった。
しかし改めて考えてみるとまるで寝ているように死んでいる…というのもかなり気持ち悪いものではあるのだが。
やはり血が出ている出ていないの差は大きいのだなと若干の自分の嘔吐感で納得していた。
きっと血が出ていたら僕はこの辺り一面に吐き散らかして現場を目も当てられないほどに汚したであろうから。
そんなとき、
「ちょっと、何勝手に変なやつ連れてきたのよ!」
そう叫びながら教室の奥から薄い茶髪で化粧をバリッバリに決めた派手な女性が出てきた。
しかしよくよく見ると口紅が歯についていたりアイラインがかなり雑だったり、と化粧というものをあまり知らない僕でも、あまりお化粧が上手ではない人、という印象を受けざるを得なかった。
まるで、周りに頑張って合わせようと慣れない化粧をしてはみたが浮いてしまった人…のような。
床にでも座っていたのか、はたまた気絶でもして寝転んでいたのか、僕たちは叫ばれるまで彼女の存在を気付かなかった。
「でも部長!警察を呼んじゃ駄目って言っても人が一人死んでるんですよ!?
せめて大人の人を連れてこないと…」
誠くんがそういって食って掛かる。
なるほど、この人が部長か。
手話・点字サークルの部長というわりにはやたらと派手な格好だなと偏見はなはだしい思いはさておき。
「私が大人じゃない…と?」
部長さんがそう言って誠くんを睨み付ける。
この空気は危険だ、と肌で感じ、僕はそこにまぁまぁと言って割り込んでみる。
「僕は私立探偵の菅原颯太です。安心して下さい部長さん。この事件、僕が必ずや解き明かして見せましょう」
そういって高らかに叫んでみる。
いや、漫画での主人公がよく言っている定番文句なのだが実際に叫んでみると結構気持ちがいいものだ。
後ろから優衣の冷たい視線が突き刺さるが無視をしよう、と心に決めた。
「探偵…?誠、私絶対にあんたを許さないから」
「部長…」
そんな僕の高らかさとは相反して、さらに誠くんを睨み付ける部長さんの眼光がするどくなる。
「あんたがやったに決まってるのに…なんで?何でそんなに嫌なの?あんたでいいでしょ…」
ぶつぶつと部長さんは頭を抱えだす。
一体どうしてそこまで決めつけをするのか、僕は怖くて聞くことが出来なかった。
それだけこの人から何をされるか分からない、そんな空気を感じた。
「えっと、この人が部長の佐々木のぞみさんです…。
いつもはもう少し大人しい人なんですけど…」
ボソッと小声で誠くんが僕に紹介をしてくれた。
大人しい…どうしても僕にはそうは見えない。
「あ…そういえば部長」
「なに!?」
誠くんが声をかけるとヒステリックに部長が叫ぶ。
しかし誠くんはそれに怯むことなく言葉を続ける。
「光希…どこにいますか?光希と部長で一緒にここで見張ってよう、て言ってましたよね?」
光希くん…確か被害者の彼氏、てことだったな。
この3人と同じく手話・点字サークルのメンバーではあるが、ロックサークルと兼部しているために幽霊部員だとかなんとか。
「俺ならここにいるぜ」
突然後ろから声が聞こえたため振り返ってみると、後ろに金色で肩ほどまで長い髪をした男が立っていた。
ピアスや腰につけたベルトにジャラジャラとした飾りが凄く目立つ。
「光希、何処にいってたのさ!」
「あぁ、部長がやけにヒステリック調だったからせめて落ち着けるために近くのコンビニでプリンとか買ってきたんだよ」
そういって手に持ったコンビニの袋をシャカシャカと揺らす。
「それで、これはどういう事態だ?警察はとりあえず今は呼ばないってことになったよな?」
光希さんは僕を思いきり睨み付ける。
その目が結構怖く、僕はなかなかに怯んだが、探偵としてここに来ているために自分の怯みに気付かれるわけにはいかない、と僕も睨みかえすことで応戦する。
膝はガックガクなのをバレないことを祈りながら。
「僕は私立探偵の菅原颯太です。よ…よろしく…」
僕は先ほどと同じく高らかに叫ぼうとするも、怯みでうまく声が出せず軽く裏返ってしまった。
それを知ってか知らずか、後ろから優衣が僕と光希くんとの間に立つ。
「でも警察を呼ばないってどういうことですか。何かやましいことでもあるんですか」
そして優衣が食って掛かる。
そういえば優衣は、こういうチャラチャラとしたのはうるさい、と嫌っていた。
いや、嫌っているからこういう風に食って掛かっているのかと言われるとそれはそれで違うのだろうが。
「そんなことはねーよ」
この光希という青年、よく見るとかなり身長が大きい。
優衣が150cmちょっとしかないのもあって、向き合って並ぶと威圧感が凄い。
「ただ部長が呼びたくないの一点張りだからとりあえず落ち着かせてるだけだ」
そう言って彼は近くの椅子に座った。
「あの、光希さん。少しお話よろしいですか?」
僕はそんな光希くんに尋ねる。
今ヒステリックになっている部長よりかは話が出来ると思ったからだ。怖いけど。
「あぁ、話だけならしてやるよ」
光希くんはそう答える。
外見がかなり僕の苦手なタイプなためにちょっと悪い人…というイメージを勝手に持っていたが、話してみると案外まともな人のようだ。
そんなとき、後から背中をツンツンとつつかれた。
「ねぇ、颯太さん。私、ちょっと聞き込みに行ってきていい?」
優衣はちょっと不安げにこちらに聞いてくる。
何か思うところでもあるのだろうか。
「あぁ、いってらっしゃい」
「うん、ありがと」
適当に答えると、優衣は朗らかそうな笑顔でバイバイと手を振り、部屋から出ていった。
僕は優衣が外へと歩き出したときにその一瞬で笑顔が消え、口に手を当てながら泣きそうな表情をしているのを見逃さなかった。
…忘れていた。彼女は高校生の女の子なのだ。
こんな死体がある部屋に居続けることが、どうしても耐えられなかったのだろう。
あいつをもっと早く出ていかせるべきだった、と遅い後悔をした。
「それで?話ってなにを話せばいいんだ?」
光希くんはそう僕に尋ねる。
そうだった、今は優衣に謝っている時ではない。
探偵として、すべきことをしなければ。
「えっと、被害者の菜摘さんについて教えてもらってもいいですか?」
彼は被害者の彼氏である。
手始めにこれは聞いておくべきだろう。
「あー、ここのサークルで知り合って、適当に遊んで付き合ってた彼女だよ。
最近まであいつ車にはねられて入院してたんだ。
それで、今日久しぶりに会おうってなってここで待ち合わせしてたんだ。
そんで時間通りに来てみたら…ってとこだな。
俺が慌ててるときに部長が来て…今に至るってところかな」
…なるほど。この人が第一発見者なのか。
「お辛いことで…。ところで、久しぶりに会う…ということは、例えば定期的にお見舞いとかにはいかなかったんですか?」
「あぁ、俺も行きたかったんだけどよ。結局一回も行ってねーんだ」
「一回も行ってない?お付き合いをしていらっしゃったんですよね…?」
「そうなんだけどさ…でもあいつの方から来るな、て言われててたんだ。
だからあいつとはずっと手紙のやりとりしかしてないんだ」
手紙のやりとり…。随分古風だなぁと感じる。
今であれば携帯を使えばあらゆる連絡手段があったろうに。
彼女は入院しているせいで携帯を使えなかったのか?…いや、いくら病院内といっても休憩室にでもいけば使ってもいいだろう。
「菜摘さんは携帯を持っていなかった、ということですか?」
「いや、そんなことは無かったよ。ただ、なんかメールのやりとりをするよりも直接書いた手紙のやりとりをするのが好きだからって言ってたな」
なるほど…。電話という手段もある、とは思ったが手紙が好きだからと言われればそうしてしまうか、と僕は納得する。
さて、あらかた被害者と光希くんとの関係は聞き出せたであろう。
僕は、次の話題を聞いてみることにした。
「部長さんや誠くんとの関係について教えてくれませんか?」
人間関係は重要だ。
今この事件で一番怪しいのはやはりサークルのメンバーだというこの人たちだ。
僕は聞かなければならない。
「部長とは幼馴染み…みたいなものかな。いつも俺の世話をするのが好きみたいで、昔から…いや今でも何をするにも手伝ってくるようなやつだよ。正直迷惑だけどな」
うーん、と手を顎に当てて答える光希くん。
なるほど、これが彼女が下手なりに頑張って派手な身なりをしている理由か、と僕はようやく納得がいった。
要するに、光希くんとなんとか釣り合いたかった、ということだろう。
しかしこういう、《女の子を適当にあしらう感じ》というのがモテる男の余裕というやつなのだろうか。
なかなか腹が立つ。
「あと誠か…。あいつは、中学のときの同級生だよ。
まさか一緒の大学のおなじ寮のルームメイトになるとは思わなかったけどな」
「誠くんも同じことを言っていましたよ。仲がいいんですね」
「あぁ、ぶっちゃけ中学のときは俺は幼くてあいつのこと苛めてたんだ。
でも、ルームメイトになったのをきっかけにあいつに謝ったよ。これが俺への罰だって思ったから。
そしたらあいつ笑って昔のことだから…って許してくれてさ。
今じゃ一緒に焚き火して焼き芋作ってる仲だよ」
あっはっは、と光希くんは軽快に笑う。
僕は以前光希くんのことを話しているときの誠くんの表情と今の光希くんの表情を何気なく重ねた。
本当に、仲がいいんだろう。
「それで質問は最後かい?」
光希くんはそう僕に尋ねる。
「はい…だいったい分かりました」
ニートで探偵、略して《ニータン》 @kamasedori
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