その夜、岳ちゃんの部屋でごろごろした。師匠も。「日本語で喋りたいだろ?」とエバンは気を利かせてくれた。

「なんか、オレらすげー体験したよな。特に高橋」

「だな」

「ニーナといっぱい喋ったんじゃね?」

「喋った。よけい好きんなった」

「へー」

「デートはどーだったわけ?」

「デートってゆーかさ、ま、いっぱい喋った」

「いい雰囲気とかなったんじゃね?」

「やー。なんか可愛かった。

 水滴を2つ繋げたら『キスしてるみたい』なんて言っちゃって」

いかん。顔が緩む。

「よかったじゃん」


ばん


岳ちゃんがオレの背中を叩く。

「どーだった? 初チューの感想は?」

「は?」

「したんだろ?」

「なんで?」

 呆れた顔でオレを見る2人。

「そこはキスするとこだろーがよっ」

「あーあ。可哀想なニーナ」

イラつく師匠と嘆く岳ちゃん。

「でもさ、つき合ってるわけじゃねーし、

 好きって言われたわけじゃねーのにできねーじゃん」

そしてふと、頭の中で場面を巻き戻し再生してみる。


「高橋がイーサンをおんぶして運んでくれたとき、

 高橋は私にとって一番大事な人になったんだよ」


言われてっじゃん。

「どーしよ。オレ。すっげーバカかも」

「下仁田にアドバイス聞いとけよ」

「師匠! リピーターになっていただくには、どーすればいーのでしょーか?」

「僕に? 僕さー、ソツなくできるだけだからなー」

「それが知りたいんじゃん」

「ま、本気じゃないから、ソツなくできるんだよなー」

「マジで? じゃさ、下仁田って、燃えるような想いとかしてねーの?」

なんですと? 岳ちゃん、今、なんつった?

「燃えるよーな想い?」

「なわけ? 岳ちゃん、美脚美玲に?」

「悪いか?」

「ふーん」

「あー。美玲に会いてー」

「『抱きてー』じゃねーの?」


ゴン


「痛って」

下ネタ師匠を岳ちゃんはパソコンで成敗。

男3人でのグダグダな夜は更けていった。


エバンの家は快適。でもさ、ホテルだったらもうちょっと水圧が強いシャワーかもしんない。日本食だってあるかもしんない。

そうじゃなくても、息子が訪れたら、豪華なステーキをご馳走してくれるんじゃね?

ということで、オレは両親が宿泊しているホテルを訪れた。建物の前でLINEを送ってみたけれど返信なし。出かけてるんだろーなー。


カチャ


ルームキーで部屋に入ると、ソファセット付のゴージャスルーム。

「すっげ」

思わずソファにダイブ。


ふかぁぁ


いーじゃん。いい部屋じゃん。

お! だったらさ、日本クオリティの歯磨き粉もあるんじゃね? 持ってきたヤツが滞在期間中になくなるかもしんねーじゃん。ちょっと調べてみよ。ついでにシャワーも浴びとくか。

ふんふんと鼻歌混じりにシャワールームらしきドアを開けてみる。洗面所があって、更に中にドアがある。たぶんドアの向こうがシャワールーム。洗面所には電気が点いていた。

ババア、点けっぱじゃん。

ま、そんなことは気にせず、歯磨き粉、歯磨き粉。

歯磨き粉のチューブを手に取った時だった。


「そんな洗い方しちゃヤダぁ」

「だったら洗ってあげないよ。やめよっか?」

「ん、やめないで」


NO――――

ダッシュで洗面台のところから逃げた。今のは幻聴だ。気のせいだ。オレはキャベツから生まれたんだ。

とりあえず、オレがいることを示すために、テレビの音を大きくしてソファに寝っ転がっておいた。


がちゃ


ドアの開く音が聞こえた。

「あれ? 優吾、来てたのか」

「アホユウだ」

出てきた熟年夫婦は服を着たまま、洗濯物を持っていた。

なんだ。洗濯してたのか。あーびっくりした。


父は日本にいたときより日に焼けて精悍になっている。レストランではピシッと姿勢よく食事して、硬い会話してたんだよ。なのにさ、ホテルの部屋に入ったとたんに豹変。

「喜代美ぃ、オレ、もう会社行きたくなくなっちゃったー。ここで喜代美といる」

母の膝に顔をすりすりすりすり擦り付けて。膝枕は上を向くもんだろーが。

「困ったなー。ロナウドも待ってるから」

「え、オレより犬が大事なわーけー?」

「1番はもちろん♡」

膝に顔を埋める父の耳を、つんつんとつつく母。でもさ、オレは見逃さなかった。母の唇は声を出さずに「ロナウド」って動いてた。

なんか、ここにいたくねー。

「オレ、泊まるって言って来たんだけど、どこで寝ればいい?」

テレビに視線を合わせて訊いてみる。

「じゃ、そっちにベッドルームあるから。子供は早く寝ろ。おやすみ、優吾」

まだ9時半というのに、とっとと別の部屋に追い払われた。

オレはさ「今現在の環境を与えてくれた父に感謝しよう」とまじめに考えてきたのにさ。積もる話もしたいって思ってたわけだ。ま、いっか。




「あっれ? 岳ちゃん、なにやってんの?」

「課題」

「帰国なんてまだまだじゃん」

「高橋、聞いてねーの? 夏休みの課題はネット提出」

「マジで?」

「提出期限、明日」

「嘘っ」

「下仁田はもうとっくに出したってさ。オレはあと物理だけ」

憎い、インターネットが憎い。日本まで繋がる必要ねーだろ。

「がーくちゃん。参考までに、岳ちゃんのデータをください♡」

プライドをかなぐり捨てるオレ。

「いーけど別に。春休みにそれやって課題が倍になったヤツいたって聞いたよ?」

それ、オレじゃん。


まだ1か月半ソイル国で過ごす。

日本に帰るまでにイーサンの足が治ればいいな。

刺激的すぎる事件はごめんだけどさ、ニーナとはもう少しくらい刺激的なこと望んでもいーんじゃね?

とりあえずは日本クオリティの歯磨き粉探そ。

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