②
その夜、岳ちゃんの部屋でごろごろした。師匠も。「日本語で喋りたいだろ?」とエバンは気を利かせてくれた。
「なんか、オレらすげー体験したよな。特に高橋」
「だな」
「ニーナといっぱい喋ったんじゃね?」
「喋った。よけい好きんなった」
「へー」
「デートはどーだったわけ?」
「デートってゆーかさ、ま、いっぱい喋った」
「いい雰囲気とかなったんじゃね?」
「やー。なんか可愛かった。
水滴を2つ繋げたら『キスしてるみたい』なんて言っちゃって」
いかん。顔が緩む。
「よかったじゃん」
ばん
岳ちゃんがオレの背中を叩く。
「どーだった? 初チューの感想は?」
「は?」
「したんだろ?」
「なんで?」
呆れた顔でオレを見る2人。
「そこはキスするとこだろーがよっ」
「あーあ。可哀想なニーナ」
イラつく師匠と嘆く岳ちゃん。
「でもさ、つき合ってるわけじゃねーし、
好きって言われたわけじゃねーのにできねーじゃん」
そしてふと、頭の中で場面を巻き戻し再生してみる。
「高橋がイーサンをおんぶして運んでくれたとき、
高橋は私にとって一番大事な人になったんだよ」
言われてっじゃん。
「どーしよ。オレ。すっげーバカかも」
「下仁田にアドバイス聞いとけよ」
「師匠! リピーターになっていただくには、どーすればいーのでしょーか?」
「僕に? 僕さー、ソツなくできるだけだからなー」
「それが知りたいんじゃん」
「ま、本気じゃないから、ソツなくできるんだよなー」
「マジで? じゃさ、下仁田って、燃えるような想いとかしてねーの?」
なんですと? 岳ちゃん、今、なんつった?
「燃えるよーな想い?」
「なわけ? 岳ちゃん、美脚美玲に?」
「悪いか?」
「ふーん」
「あー。美玲に会いてー」
「『抱きてー』じゃねーの?」
ゴン
「痛って」
下ネタ師匠を岳ちゃんはパソコンで成敗。
男3人でのグダグダな夜は更けていった。
エバンの家は快適。でもさ、ホテルだったらもうちょっと水圧が強いシャワーかもしんない。日本食だってあるかもしんない。
そうじゃなくても、息子が訪れたら、豪華なステーキをご馳走してくれるんじゃね?
ということで、オレは両親が宿泊しているホテルを訪れた。建物の前でLINEを送ってみたけれど返信なし。出かけてるんだろーなー。
カチャ
ルームキーで部屋に入ると、ソファセット付のゴージャスルーム。
「すっげ」
思わずソファにダイブ。
ふかぁぁ
いーじゃん。いい部屋じゃん。
お! だったらさ、日本クオリティの歯磨き粉もあるんじゃね? 持ってきたヤツが滞在期間中になくなるかもしんねーじゃん。ちょっと調べてみよ。ついでにシャワーも浴びとくか。
ふんふんと鼻歌混じりにシャワールームらしきドアを開けてみる。洗面所があって、更に中にドアがある。たぶんドアの向こうがシャワールーム。洗面所には電気が点いていた。
ババア、点けっぱじゃん。
ま、そんなことは気にせず、歯磨き粉、歯磨き粉。
歯磨き粉のチューブを手に取った時だった。
「そんな洗い方しちゃヤダぁ」
「だったら洗ってあげないよ。やめよっか?」
「ん、やめないで」
NO――――
ダッシュで洗面台のところから逃げた。今のは幻聴だ。気のせいだ。オレはキャベツから生まれたんだ。
とりあえず、オレがいることを示すために、テレビの音を大きくしてソファに寝っ転がっておいた。
がちゃ
ドアの開く音が聞こえた。
「あれ? 優吾、来てたのか」
「アホユウだ」
出てきた熟年夫婦は服を着たまま、洗濯物を持っていた。
なんだ。洗濯してたのか。あーびっくりした。
父は日本にいたときより日に焼けて精悍になっている。レストランではピシッと姿勢よく食事して、硬い会話してたんだよ。なのにさ、ホテルの部屋に入ったとたんに豹変。
「喜代美ぃ、オレ、もう会社行きたくなくなっちゃったー。ここで喜代美といる」
母の膝に顔をすりすりすりすり擦り付けて。膝枕は上を向くもんだろーが。
「困ったなー。ロナウドも待ってるから」
「え、オレより犬が大事なわーけー?」
「1番はもちろん♡」
膝に顔を埋める父の耳を、つんつんとつつく母。でもさ、オレは見逃さなかった。母の唇は声を出さずに「ロナウド」って動いてた。
なんか、ここにいたくねー。
「オレ、泊まるって言って来たんだけど、どこで寝ればいい?」
テレビに視線を合わせて訊いてみる。
「じゃ、そっちにベッドルームあるから。子供は早く寝ろ。おやすみ、優吾」
まだ9時半というのに、とっとと別の部屋に追い払われた。
オレはさ「今現在の環境を与えてくれた父に感謝しよう」とまじめに考えてきたのにさ。積もる話もしたいって思ってたわけだ。ま、いっか。
「あっれ? 岳ちゃん、なにやってんの?」
「課題」
「帰国なんてまだまだじゃん」
「高橋、聞いてねーの? 夏休みの課題はネット提出」
「マジで?」
「提出期限、明日」
「嘘っ」
「下仁田はもうとっくに出したってさ。オレはあと物理だけ」
憎い、インターネットが憎い。日本まで繋がる必要ねーだろ。
「がーくちゃん。参考までに、岳ちゃんのデータをください♡」
プライドをかなぐり捨てるオレ。
「いーけど別に。春休みにそれやって課題が倍になったヤツいたって聞いたよ?」
それ、オレじゃん。
まだ1か月半ソイル国で過ごす。
日本に帰るまでにイーサンの足が治ればいいな。
刺激的すぎる事件はごめんだけどさ、ニーナとはもう少しくらい刺激的なこと望んでもいーんじゃね?
とりあえずは日本クオリティの歯磨き粉探そ。
ライトブルーソルジャー summer_afternoon @summer_afternoon
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