ライトブルーソルジャーの休息

次の日は、オレの両親がエバンの家に挨拶に来た。エバンの母親と楽しそうにくっちゃべっていた。

「それでは、引き続きよろしくお願いいたします」

「ご主人にもよろしくお伝えください」

オレは両親と一緒にタクシーに乗り込み、ニュータブソンショッピングセンターで降ろしてもらった。別れ際、母が、ホテルのカードキーをくれた。


「三日間くらいそのホテルにいるから。一緒にご飯くらい食べよ?

 外出してたら中に入って待ってて」

「うぃぃぃ」


タクシーは、平穏を取り戻した道路を走り去った。

ニュータブソンショッピングセンターは平日でも人で溢れている。

夏休みだもんなー。サマーバケーション。

大人に夏休みがなくても、農業人口が多いせいか、早朝にひと働きしたって風の人達もカフェなんかに集っている。オレがここに来たのは、ニーナに呼び出されたから。2人で脱出お疲れさま会をしようという話になった。


2人でカフェのドリンクをテイクアウトして、ショッピングセンターの屋上に行った。夏、わざわざエアコンが効いていない屋上にいる人は少ない。そんな人が少ない場所でパラソルのついたテーブル席にイスを2脚並べた。


なんかさ、デートっぽくね?


「おつかれー」「かんぱーい」

まずは乾杯。

「そーいえばさ、ニーナのことって、警察は探してなかったの?」

「言わないでってナイジェルにお願いしたから」

「へー、点呼とかごまかせたんだ」

ニーナってハーフで目立つのに。

「そのときは日本大使館に、莉那とハナと一緒に行ったってことになってて」

「やばいじゃん」

「でね、莉那が日本大使館に保護されたときに

 私も一緒に保護されたことになってるの」

「すっげーごまかし方。よくばれなかったな」

「両親が避難場所のホテルに来ててちょっと危なかったかも。

 だけどね、戒厳令の時間になっちゃったから、大使館まで行けなくなったの」

ほー。


そんな話から始まって、どっちの方角がイーストソイル国で、どっちがノースアンド共和国かなんて指差して。


「高橋、ありがとう」


「ん?」

「ポイの、ううん、イーサンの足の血が止まらなくて、すっごく怖かった。

 私が自分だけ助かっちゃダメだって思った」

「オレこそ、もし別のチームだったら撃たれてたんだ。

 助けてくれて本当に感謝してる」


ニーナの目に涙が溜まっていく。


「怖かった。怖かった。死んじゃったらどうしようって。

 今も怖い。歩けなくなったらどうしようって」

「大丈夫だって。大丈夫、絶対歩けるようになる」


「怖かった。すっごく。

 だからね、高橋がイーサンをおんぶして運んでくれたとき、

 高橋は私にとって一番大事な人になったんだよ」


「そんなこと言ってくれてサンキュ」

ニーナはオレの前で泣き続けた。ハンカチなんて持たないオレは、紙ナプキンを差し出すことぐらいしかできなかった。


テーブルには、ニーナのアイスカフェとオレのオレンジジュースのコップが汗をかき、水滴が輪を作っていた。その水滴を指先に付けて、ぽとっとテーブルの濡れていない部分に落とす。その隣にも水滴を1つ落とす。小さな円い水たまりが2つ並ぶ。

「ニーナ、国境なんてあったからさ、

 石油の関税がどーの、

 レアメタルの利権がどーの、

 歴史がどーのってゆーんじゃん? 

 国境なんてなければいーのにな」

オレはテーブルの上の2つの水滴をすーっと指先でつなげた。

「そーだね。1つの国だったころは何もなかったんだもんね」

「遺跡に住んでた人は国境を越えて水を引いてたんだもんな」

「ねえ、世界中に国境がなければいいのにね。

 国ってもので守ってることがいっぱいあるから無理かもしんないけど」

「でもさ、限りなく『ない』に近づくことはできるかも」


「ふふ。なんか、水たまりがキスしてるみたい」


「ははは。キスか」

「ねえ、キスってね、すっごく不思議って思う。

 だってね、種の保存ってことからするとキスなんて必要ないわけじゃん。

 なのに世界中のどこでも昔っからキスって行為があって」

「そーいえばそーかも。考えたことなかった。

 言葉が違っても、場所が違っても、同じ文化があるんだな。

 ほら、ストリートチルドレンは全員、

 3つのチームが三つともライトブルーソルジャーを殺そうなんて思わなかった」

「人を殺すのはいけないって共通なのかもね」

たくさん喋って、たくさん笑った。

ニーナの涙はいつの間にか乾いていた。

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