ストリートチルドレンは、ナイジェルのことを「すっげぇ美人」と頬を染めていた。

分からん。

オレが地上に出たとき、ポイはトラックの荷台でナイジェルの処置を受けていた。消毒液の臭いがする。母は作業場所が日陰になるように日傘を差してやっていた。ひらひらしたサンドベージュのワンピースに白くて長いスカーフ、ピンヒールの母。

ババア、そのカッコでスコップ持ったのかよ。


隣に立つ、大きく逞しいナイジェルの背中を見て、ソイル国の人の美人の基準にちょっと頷けた。が、オレの好みじゃない。


ナイジェルは避難先のホテルのコックにバイクを借りたらしい。ここじゃ、すっげー美人だもんな。男は何でも言うこと聞いちゃうんだろーな―。


「ここ、イーストソイル国」


と片言英語のストリートチルドレン。

「マジで?」

どうも地下でオレたちは、直線の国境を越えたようだ。遺跡の灌漑設備はイーストソイル国の乾いた土地を潤していたってことか。

地形も道路も関係ない直線の国境全ての入国管理はできないらしく、ストリートチルドレンは「簡単に国境を越えられる」と言う。


ナイジェルはバイク、他のみんなはトラックに乗り込んだ。

岳ちゃんと師匠に連絡。

『劉が家に帰ったって。

 劉はバイクがカンデラバースニウム発掘所のとこに置いてあって動けない。

 今、エバンのお兄さんのバイクを借りて、三人で高橋んとこに向かってたとこ』

ん? バイクってせいぜい二人乗りだよな。もうそんなん今更。

「ナイジェルとオレの母が来て、なんとか出られた」

『あ、犯人捕まった。ボーダー・ナイツ。爆弾、見つかった。あそこにあってさ』

「え? 爆弾? あそこ?」

『カンデラバースニウム発掘所のジープん中。

 ライトブルーソルジャーのカッコして街に出て、

 爆弾載せたジープを突っ込ませるつもりだったって』

「ひぇー、自爆テロか」

『違う。無人で。アクセルに細工して』

 そういえば、小屋の前に止まってたっけ、ジープ5台。爆撃予告は5箇所。

「戒厳令は?」

『一応、まだ。でも、もう街にソルジャーはほとんどいないらしい。

 これ、警察にいた劉情報』

「じゃ、今からタブソンショッピングセンターに行く」

『分かった。オレらもそっち行く』

まだ街は戒厳令が敷かれてるんだ。そんな中、女の子なのにナイジェルは1人でバイクを飛ばしてきのか。なんか、いーヤツじゃん。ニーナが言ってたっけ、いざというときに頼りになるって。


トラックが土埃を巻き上げて進む。

情報通り、街は閑散としていた。


ピッピッピ―

1人のライトブルーソルジャーが、オレたちのトラックを止めた。まずい。オレたちは明らかに怪しい。大量の子供、しかも拳銃所持。銃創患者あり。

「オレがあいつと喋ってる間に、車出して」

日本語で運転席の母に言いながら、オレは荷台から飛び降りた。

「戒厳令だ」

ソルジャーはオレのライトブルーのTシャツの裾についた大量の血を見て、顔を強張らせた。

オレは日本語でまくしたてることにした。

「戒厳令? なんですか? それ」

おい、よせ。

「旅行者です。今、パスポートは持ってないんです」

やめろ。

「通りたいんだけなんです。通してください」

うわっ


 ガツッ


目の前いたライトブルーソルジャーはばたりと倒れ、それと交代に母の顔が現れた。

「やだぁ、当たっちゃった」

ババア、今、スコップ、フルスイングしただろ。

鳥肌を立てながらオレは荷台に戻り、トラックは何事もなかったかのように発信した。


タブソンショッピングセンターに到着。

岳ちゃん、師匠、エバンはもう到着していた。

みんなでポイを運ぶ。が、母は車から降りても、建物の中に入ってこない。

「どーしたの?」

「臭いが。もう限界。うっぷ」


タタタタタッ


母はどこかに姿を消し「おえーっ」と効果音を出して戻って来た。

「私、ムリ。ここ。入る勇気ない」

 だな。入んない方がいいかも。ゴミだらけ。

「ここまでありがと」

「ここにあの子達がいることって、内緒なの?」

「うん。不法入国だから。見つかったらイーストソイル国に送られるって。

 イーストソイル国の方が気候が厳しくて物騒で、暮らしにくいらしい」

「そうなの。大変」

「戒厳令が解けたらトラック返しに行くの?」

「そーね。お父さんに連絡しなきゃ」

「お父さんにありがとって言っといて」

「ありがと?」

「いろいろさ。いろいろ」

「ふーん」

「じゃ」

「私たち、たぶんこっちのホテルに2、3日泊まるから。また連絡するね」

母はバッグから扇子を出してパタパタと仰ぎ始めた。


エアコンが効いた昔レストランだった場所は、みんなが勢ぞろいしていた。

ニーナ、ナイジェル、岳ちゃん、師匠、エバン、劉。劉は父親のバイクを借りてきたとのこと。きっと無断。

さらに、32人のストリートチルドレン。

グツのチーム以外は、盗んだ車でここまで来たらしい。戒厳令で人がいなくて簡単だったと笑った。笑えねーし。後で返しとけ。


「これ、君の銃だよね。ごめんね。勝手に持ってっちゃって」

ニーナは部屋にいた一番小さな子に拳銃を渡した。その子は拳銃で脅してお金をまきあげようってチーム。世も末だ。やめろって言いたくても、こんなのほほんと暮らしてきたオレなんか、発言することすら許されない気がする。

ここは、いつか取り壊される。そんなとき、みんなどうするんだろう。


「ねえ、またここに来てもいい? ポイのことが気になるの」

不意にナイジェルが尋ねた。

「ポイじゃなくて、イーサンって名前」

 そう言ったのはグツのことを、みんなが一斉に見た。

「イーサン、かっこいい名前ね」

ナイジェルの一言にストリートチルドレンが一斉に頬を染める。謎。  

「オレ、本当の名前は、グツじゃない。ロジャー」

それを皮切りに、たくさんの子が自分の名前を言い始めた。ニーナの通訳で、ちび、でか足、ひょろひょろ、おなら、はなくそ、などなどのとんでもネームだったことが判明。ひでーな、おい。


「ナイジェル、遊びに来てくれたら嬉しい。

 でもさ、いいとこのお嬢さんなんだろ? 

 ここへはポイ、あ、イーサンが治ったら来ない方がいい」


グツはそう言ったけれど、ナイジェルは「私もロジャーもイーサンもどこも違わない」って。すっげー、カッコよかった。

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