⑤
その場にいたみんながじっと耳を澄ます。
「I LOVE YOUって言ってる」
アイラブユー?
確かに遠くから女の人の声がする。
「アーホーユー! アーホーユー!」
ババアの声!
オレは立ち上がった。
「おーい。ここ。おかーさーん」
すっげー恥ずかしい。いっそのことババアって叫びたい。
「アホユウ!」
「ここ! ここ、おーい」
「どこ?」
「ここ!」
「「「ヘルプ」」」「「「イエーイ」」」
みんなが声を出してくれた。
「ここ?」
「「「「イエース」」」」
ガツッ
ガツッ
誰かはを拳銃光の漏れる部分に投げつける。
「私の銃、まだ実弾入ってる」
ニーナが拳銃で穴をあけようかと言った。
「ちょっと待て。岩に当たって跳ね返ったら危険」
「そっか」
ガツッ
ガツッ
誰も何も投げつけていないのに、光の部分から音がする。しかも、土がぱらぱらと落ちてくる。
「何してんの?」
口の横に両手を添えて大きな声で母に訊いてみた。
「スコップで穴掘ってんの」
「スコップ?」
その前に、戒厳令の中、どうやってここまで来たんだ? バスもタクシーも動いていないはず。そしてスコップなんて用意のいい。
「どうやって来たのー?」
「車」ガツッ「借りた」ガツッ「の」ガツッ
「お金」ガツッ「1000ドルと指輪で」ガツッ「貸して」ガツッ「くれた」ガツッ
金か。米ドル強ぇ。
「戒厳令は?」
「ノースアンド共和国との」カツッ「国境付近じゃ」ガツッ
「農作業」ガツッ「してた」ガツッ
そんなもんなんだ。
「その人に」ガツッ「トラック」ガツッ「借りた」ガツッ
農作業してた人の車か。だからスコップなんてあったのか。
「場所はどーしてわかった?」
「洞窟って」ガツッ「言ってたから」ガツッ「遺跡に」ガツッ「向かってた」ガツッ
「それに」ガツッ
「アホユウの」ガツッ「写真に」ガツッ「位置情報」ガツッ「ついてた」ガツッ
そっか。
オレが話している間にも、光の量はどんどん多くなる。ストリートチルドレンは喜んで火山灰やら石やらをかき集めて来て、足場になるところに積み上げていく。それは上から降ってくる土も合わさって、少しずつ高くなっていった。
ん?
突然、掘る音が止んだ。
休憩か? ババアだもんな。年寄だもんな。
と、いきなり……。
「ニーナ!」
ナイジェルの声が聞こえた。
「ナイジェル!」
ガツッガツッガツッガツッガツッガツッガツッガツッ
ガツッガツッガツッガツッガツッガツッガツッガツッ
ガツッガツッガツッガツッガツッガツッガツッガツッ
ドサッ
早えぇぇぇ。
ぽっかりと、人一人が潜り抜けられるくらいの穴が空いた。そこからナイジェルが顔を覗かせた。
「怪我してる子を最初に」
ナイジェルの指示でポイを最初に抱き上げて、ロープを脇の下にくるっと一周させて運び出した。慎重に。
次はニーナ。いくら足場が高くなったと言っても、高さはせいぜい70センチ。しかも火山灰なのでその上に立った途端、どんどん低くなる。オレとグツで手を組んで、その手を足場にしてもらう。騎馬戦の馬の要領。ストリートチルドレンもグツとオレの手を足場にしたり、軽い子は肩車して上から引っ張ってもらったりして脱出した。
残るのは、グツとオレ。
「先にどーぞ」
オレが持ち上げてやるって気持ちだったんだよ。そしたらさ。
「どいて」
グツは助走をつけて走って穴の下でジャンプ。穴に手を引っかけて、ジャンプの反動で体の半分までを地上に出す。一瞬で出た。
ハンパねー。
これでさ、オレできなかったらカッコ悪いじゃん。
助走の前に心の中で唱える。
できる。できる。オレはできる。
なんかさ、サッカーのPKんときみたい。
助走、ジャンプ、手は届いた。
ドサッ
落ちた。失敗。ダサッ。
「オレがそっちに降りて持ち上げよう」
どう見ても年下のグツにこんなこと言わせてさ。
「大丈夫」
助走、ジャンプ、ん、よ、くーっ、絶対に登る!
ストリートチルドレンがひっぱってくれた。ちょっと屈辱。懸垂やっとこ。
外は草原。これって、サバンナってやつ? ライオンとかいても不思議じゃない感じ。すっげーいい空気。
深呼吸。
明るい場所で見るニーナは、全身、汚れていた。汗で火山灰が体中にくっついて。それでもアーモンドみたいな瞳はサバンナを駆ける獣みたいに輝いていた。
みんなも汗と泥と火山灰でドロドロ。オレも。
あーあ、お気に入りのTシャツだったのに。
「高橋、ライトブルーソルジャーだね」
肌に張り付く黒のランニング姿のニーナが、オレのTシャツの色を見て微笑んだ。もうTシャツはもとが何色だったのか分かんねーくらい灰まみれで血まみれ。分かる? ライトブルーだったって。
「戦ってねーじゃん」
「武器を持って戦うだけがソルジャーじゃないよ。
ソルジャーの目的は人を救うこと」
んー。あんまり救ったとか役に立った実感湧かねーけど。ま、いっか。そう思ってくれるんなら、それで。
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