関連動画に真っ暗な動画(みらい)しかない!!

ちびまるフォイ

逃げられない動画再生

外が雨だったので家の中で過ごすことにした。


「やれやれ、今日はスプリングコート1枚で

 公園をお散歩する俺の健康的な日課はできそうもないな」


ゲームは飽きたし、スマホも飽きた。

テレビはつまらないし、異性との出会いもないわけで。


自分のヒマのつぶし先を探すように動画サイトにやってきた。


「これも見た、これも見た。……ん?」



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と書かれている関連動画にはサムネイルが真っ黒。

タイトルも投稿者も書かれていない動画がある。


何の気なしに開いてみると、

広い草原に1人の男が立っていた。


「あれ? この後ろ姿、どこかで……」


よく見るまでもなく合点がいった。自分だった。

動画の中で自分が勇者の武器を手に取り立っている。


「こんなのいつの間に盗撮を? いやこんな格好した覚えないし

 合成にしてもいったい何の得が……」


などと、世界の紛争について考えているうちに、

動画の中の自分は草原を歩き始めた。


動画の中にはスライムが出てきて、勇者:俺と戦い始めた。


「あははは。まぁいいか。きっと俺のファンなんだろ。

 がんばれ俺~~」


動画の中の俺はスライムごときにも苦戦している。

ずぶの素人がいきなり戦うのは無理があるのだろうか。


スライムが動画の中の俺に溶解液をはきつけた。


「あちっ!!」


それを見ていた俺は椅子から転げ落ちた。

動画の中の俺も、同じく二の腕にやけどを負っていた。

動画を見ているだけの俺とまったく同じやけどを。


「な、なんだよこれ……」


苦戦しながらも勇者はスライムを撃退した。

HPはまだ残っているものの、かなり削られてしまった。

これが何を意味するかはわからない。

わかっているのはひとつ。


「え、まさか……現実とリンクしているの?」


生々しく残る腕のやけどがなによりの証拠だった。

窓の外では激しい雷雨になっている。


「これはやばい! なんかよくわからないけど嫌な予感がする!」


パソコンを閉じようとしても動かない。

ページもとじない。壊そうとすると体が動かなくなる。


動画の俺はどんどん草原を進んでいく。

この先、もっと強い敵が出てきたらどうするのか。

もしかしたら俺死ぬんじゃないか。


「うおお! 動け! 動けぇぇぇ!!」


幸いマウスは動くので関連動画を選んでクリックした。

動画が切り替わると、今度は火山の映像に切り替わった。


「うそ……なんで……!?」


そして、火山にも勇者になった俺はいた。

回復していないHPと残ったままのやけどが、

さっきの動画の続きだということがわかる。


「動画変えたの!? 続いてんの!?」


関連動画を見てみても、サムネイルは真っ黒なものしかない。

もう一度、別の動画を選んでみても、別の場所に移動した勇者動画が始まる。


動画のバーが進むと勇者の前にモンスターが現れて戦闘になる。

HPは削られ、勇者が受けたダメージは現実の俺にまで反映される。


「痛ってぇぇぇぇ!!」


ドラゴンに噛まれたわき腹に生々しい噛み跡が残った。

HPはもう残りわずか。


「こんなのいつまでも続けてたら、命がいくつあっても足りねぇよ!」


けれど動画の中の自分は冒険を止めようとしない。

着々と進む動画のバーが死刑台への階段に思えてくる。


「そ、そうだ!! この中で一番いい結果の動画を選択しよう!

 もしかしたら回復展開の動画もあるかもしれない!!」


関連動画を選べば、勇者の未来の展開が決まる。

ドラゴンと戦う動画を選べば命を削って戦うことになる。


でも、もしその中で回復の泉なり宿屋なりの展開動画があれば。


減ってしまった体力を回復できるかもしれない。

いや、もしかしたらこの動画そのものを終了させる動画もあるかも。


「でも、いったいどれなんだ……?」


関連動画は一面真っ黒のサムネイルですべて埋まっている。

ヒントなんてありはしない。

でも次の動画の選択を間違えれば死ぬかもしれない。


追い詰められた脳がアイデアを振り絞る。


「よし、いったん全部開いてみればいい。

 そして一番いい動画のだけ観ることにしよう!!」


関連動画を上から順番に別のウィンドウを開き続ける。

どれも同じHPの勇者から動画はスタートする。狙い通り。


動画を一時停止すると、開いているほかの動画も連動して一時停止した。


あとは簡単。

動画バーの上でマウスを移動させて、動画の内容を先読みする。


「あっぶねぇ、この動画にこんな強そうな敵がいたのか……」

「こっちの動画には罠に引っかかって死んでるじゃん」


明らかな死にイベント動画はあったが、その中でついに見つけた。


「すごい! この動画がベストだ!」


関連動画として挙がっていたひとつに王女様の城に向かう動画があった。

そこで一休みして体力も全回復したあげくに、武器や防具を新調している。


この動画以外に選択肢などありえない。


「よし再生だ!!」


再生ボタンを押すと、王女の城に向かう勇者:俺が映った。

動画の中で城の地下にある武器庫に案内されていくとき――


「冷た!? な、なんだ!?」


背中に氷が張っていた。まるで氷のブレスを受けたように。

動画の中の俺は王女様と有意義なティーパーティの真っ最中。


「ごふっ……! 痛ってぇ!? なんだ!?」


今度はみぞおちに強い衝撃。

まるでトロールの棍棒を生身で受けたような。


そんな展開どこかで見たような。


「ま、まさか……」


やっと自分のしでかした状況の深刻さに考えが至った。

氷のブレスもトロールの棍棒も別の動画で見ていた展開だった。

ダメージを受ける展開なので選ばなかったはずだった。


でも「一時停止が全動画に反映される」ということは

「再生ボタンも全動画に反映される」ということを考えなかった。


「今、俺は王女様とのハッピー展開な動画の裏で

 ものすごい数の敵と戦ってるのか……!?」


1つの関連動画ならまだしも、いくつもの動画を開いている現状。

別の動画で戦っているドラゴンと、別の動画で戦うトロール。

そのすべての敵が勇者に襲い掛かる。


いくら王女の動画で最新の武器をそろえようと回復しようと

大量の魔物たちを倒し生き残ることなどできない。

どうしていっぱい動画を開いてしまったんだ。後悔しても動画は止まらない。


「ちくしょう!! 一時停止! 一時停止してくれよ!!」


一時停止は1回までらしくもう止まらない。

あとはこのまま待ち受ける死の展開を受け入れるだけだった。


「誰か助けてくれーー!!!」




ブツッ。



激しい雷鳴が近くで落ちたとき、家のブレーカーが落ちた。


動画を再生するパソコンの前で動けなくなっていた体も

やっと解放されて自由に家の中を動けるようになった。


「た、助かったのか……?」


ブレーカーを戻そうと手をかけたが、ぴたと手が止まった。


「待てよ。たぶん動画はまだ再生したままのはず。

 ここで電気を復旧させたら、死の展開を受け入れるしかなくなる」


できることはただ一つ。

動画が完全に終わるまで電気を復旧させない事。


外の稲光が落ち着き、激しい雨も終わるころ。

ふたたびブレーカーの前に戻って来た。


「よし、完全に動画は終わっているはずだ」


一時停止はもう使えない以上、ブレーカーが落ちても動画は進行してるはず。

しっかり待ったので動画も終了しているはず。


「よし、見てみよう……」


おそるおそる電気を戻すと、パソコンのディスプレイが映った。

開きっぱなしになっていたすべての動画は、残らず終了していた。


「やった!! やったぞ!! 動画すべて終わってた!!

 これで自由だ! もう動画なんて選ぶものか!! やったーー!!」


やっと自由になれた喜びに叫びまくった。

スプリングコート1枚だけ羽織って外に出たくなる。


俺の冒険は終わった。






そのとき、終了した動画の画面に一斉にカウントダウンが表示された。


>次の動画まで のこり3秒

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