【8】私のものは私のもの。私のものは私のものだぞ!
「ベルルよ。貴様はどちらのドレスが私に相応しいと思う?」
「うるせー」
「ふん、つれない奴め。黒が良いか、赤が良いか。小物類はどんなものが合うか、一緒に考えようではないか。どちらのドレスが邪神であるこの私の引き立て役に適任か。女同士愉しく語ろうではないか」
うるせー。
何勝手に人の衣装部屋漁ってんだ。そしてわざわざ私の部屋まで持ってくるんじゃねぇ。
つーか黒が良いか赤が良いかじゃねーよ。そのドレスは私がいつか結婚する時に式で着ようと思って街の仕立て屋に特注した特別なドレスだぞ。しかも親父を驚かせてやろうと思ってお母さまが親父との結婚式で着たドレスと同じ素材を探させた特別の特別なやつだぞ。触んな。
私が部屋でこの国を中心とした近辺の地図を広げ砦や生命線と言える補給などの要所を確認していると、アウラが私の大事なドレスをばたばたとはためかせ現れた。
なぜか空間移動ではなく小走りだったことが余計に腹立つ。乱暴に扱ってんじゃねぇ。わざとかコイツ。
「ほら、見てみろベルル。やはりこの黒のドレスは私にとても似合う。漆黒の権化である私に相応しい。見ろ、サイズまでピッタリだ。まるで私の為に
着てんじゃねーよ。
「うおっ! 貴様! 何をする止めろ! 私を叩くとはなんと愚かな! やめっ、止めろ! いたっ、くはないが無言で叩き続けるな! 言いたいことがあるならハッキリ言え。った! おい! 蹴るな!」
「うるせー」
鏡の前で愉しそうにくるくる回ってんじゃねー。
大事に大事にしまっておいたのに。何でお前が先に着ちゃうんだよ。ふざけんな。死んで私に詫びろ。死で
何急に幼馴染みてぇな気軽さで接してきてんだ気持ち悪ぃ。あと幼馴染とかいねぇけど。
アウラが着ている黒のドレスは私の一番のお気に入り。プリンセスラインのシックなデザインに仕立てさせた。首回りを薔薇をモチーフにしたレースで仕上げたもので、光を吸い込むよな黒色に反して、あどけない可愛さを残した作りになっている。
私にはあどけなさなんて微塵もないが、親父は私を蝶よ花よと愛らしい花の様に可憐に育てたかったという願望があることを私は知っていたから、結婚式くらいは、親父が望んだ大人の私を見せるつもりでいた。その為に羞恥心を我慢するくらいの男気を見せるつもりでいたのだ。
「ドレスの一枚や二枚なんだというのだ。ちょっと質が良いというだけで、こんなものただの布切れではないか」
「そう思うなら
「私が襤褸など着る訳がなかろう。このドレスとて、私が着るには及第点だと言えいったたたた! 止めろ! 叩くな!」
「…………!」
「無言で叩くな! 力一杯に握り締めている拳を解け!」
うるせーうるせー!
何でお前にそのドレスを過小評価されなきゃいけねーんだよ! ざっけんな!
そのドレス完成させんのにどんだけ苦労したと思ってんだ。親父にバレないように臣下の連中、侍従達にドレスのこと聞いて回って仕立て屋を探して素材を探させて型紙から興して採寸して装飾と刺繍を職人と話し合って試作して完成まで何度も仕立て屋に隠れて足を運んで。どんだけ大事に作ったと思ってんだ。
「クソ邪神が……!」
「どうしてドレスごときでそんな侮蔑と#怨嗟__えんさ__#の目で見られなければならんのだ……」
「次にごときっつったら殺すからな……」
「殺せるものなら殺してみろと言わせてもらうが、何やら貴様の逆鱗に触れたようだ。#赦__ゆる__#せ」
「……」
「ふん。そんなに大事だと言うなら、私から奪い返せばよいだけではないか。ほれ。私はここから動かんぞ? やれるものならやってみろ」
アウラが赤の大きくスリットの入ったマーメイドドレスに紅色のピンヒールという扇情的な出立ちで腕組みをして傲慢に嘲けり私を挑発する。
スリットから覗くアウラの脚と、大胆に開いた胸元が飾りの刺繍と合間って妖艶さをかもしている。
本来は同じ赤色の百合を模したヘッドドレスとセットにして、パッと見は派手だが実は落ち着いた色香の中に可愛らしさを作り出すような上品なデザインに仕上げさせた。しかしコイツが着ると優雅さや可愛らしさとは無縁の代物になっている。ハッキリ言って淫靡過ぎる。エグい。
っておい、いつの間に着替えたんだよ。着替えてんじゃねぇよ。お色直ししてんじゃねぇ。
「取り返せば良いってもんじゃねーんだよ。物だけ取り返せても取り返しがつかないってこともあんだよ」
「『想い出』とか言うやつか? ふん、そんなもの何の役にも立たんぞ? 目の前に在る結果だけが全てなのだ」
「お前にゃ分かんねーんだよ。大事なものが一つもねぇ邪神にはな」
「大事なものか。ない訳ではないがな」
「……ふぅん」
あんのか。そーゆーの。
「……アウラの大事なものってなんだよ」
「貴様ら魔の民だ」
「……ふぅん」
「可笑しいと思うか」
「いや……意外だとは思ったけどな。あれだろ? 邪神の存在理由とか、そーゆーのがあるんだろ? 崇拝する奴がいないと存在できないとか、神としての力が弱くなるとかよ。ありそうじゃねぇか」
「否定はせん。しかしそれだけではない。ちゃんと魔の民らに対する想いがある」
「へぇ……そいつは可笑しなことを言うな」
「可笑しいか」
「可笑しいだろ。お前は私達を使って人間と戦争しようと企んでたじゃねーか。想いがあるってんなら、どんな想いなんだよ。ん?」
「そう嫌な言い方をするなよ。私には私の考えというものがある。例えば、この先永劫に続く私の魔の民ら数百万、数千万の未来の為に、貴様ら数千人の一生を犠牲にするという選択を選んだ、とかな」
「……ふぅん」
「どうだ? 私はまだ可笑しいか?」
「…………いや……? 間違ってねーんじゃねーの? 邪神様としては……さ」
「だろう?」
正直、もうこれ以上私がアウラに言える皮肉も嫌みも無かった。
どうやら私達は同じものを背負っているらしいと気付いてしまったからだ。
同じ想いがそこにはある。
何を選んだかの違いしかそこにはなかったんだ。
コイツが選んだのは、恐らく、永劫に続く邪神としての生の中で、いずれ死に行く私達が一番多く生き残るであろう未来。
私がやろうとしていることと本質は変わらない。
私は零か百を選択して、アウラは一か九十九を選択した。
そういうことだ。
どちらも、同じ命だ。
それ以上何も言えなくなってしまった私が黙り、沈黙が訪れる。
しかし今度はアウラが語り出した。
赤い、淫靡なドレス姿で、アウラは謳う。
「貴様ら死に行く者達のような『想い出』を作ることは私にはない。何故なら私は死なない。故に想い出を作ることが無駄なのだ。その全ては風化して消え去ってしまう。私の加護の元で死んだ者達のように。私が愛でてきた者達の様に。だから私は想い出を作らない。
しかしな、それでも、死に行く者達への『想い』は止まらない。『想い』が泉の様に溢れてくる。何故かは解らん。それが神である私の性なのかもしれん。そういうふうに私という存在は出来ているのかもしれん。何をしていても、どんなに貴様らを無視しようと決めても、どれだけ貴様らの命を軽んじようと心に誓っても、それでも、貴様らを愛せずにはいられんのだ。
貴様は私を死の運び手と思っているかもしれんが、そして現にそうであることは事実だが、それでも私はこう言おう。高らかに謳おう。
『貴様らを愛している』と。
次にこう宣言する。
『貴様らを害する正義を私は憎悪する』と。
貴様が愛するこの国の民らがどんなふうに生きて死んでいくのかは知らんし知ったことではない。正しい行いをしようが悪に成ろうが好きにしろ。それは自由だ。私が守護する魔の民は、この邪神アウラの名の元に全ての自由を赦されている。好きに生き、自由に死ぬがいい。
しかし、だからこそ私は見届ける。ちゃんと生を全うしたのか、
アウラが、それまで淀みなく並べていた言葉に自ら歯止めをかける。
「……そう、思っていたのだがな」
まるで舞台上で神を演じる役者のように腕を振り上げ足を鳴らし声音を振るわせていたその傲慢な神は、一瞬、ほんの一瞬だけ眉を引き寄せ苦渋の表情を浮かべた。
「私は、愛しい私の民を守るのだ。それが私が私である理由。私が邪神である存在理由なのだから」
「……だから親父の元に現れたのか?」
「そうだ。貴様の父親が、下賎な神の邪な思惑に利用されるのが不快だった」
「だからこの戦争に関与してんのか」
「そうだ。奴らの趣味に付き合う道理は私にはないが、全うすべき命は守るつもりだ。貴様の父親は間に合わなかったが、これから死ぬ者は間に合うからな」
「間に合えば、親父は助かったのか?」
「もしかしたら、などという考えは愚かだ。失った命は戻せはしない。結果だけが全てだ。忘れろとは言わんが早く過去にしてしまうのだな」
「……そうかよ」
「ああ」
アウラが頷く。
そうかよ。
生きてる時は守ろうと思っていても、死んじまったらもう過去なのかよ。
……じゃあ、どうしてお前は辛そうな顔したんだ。
何でいきなりこんなことを、『良い奴』みたいなこと言うんだよ。
お前こそ私達を食いものにする邪な存在、邪神なんじゃねーのかよ。
これじゃ、私達を守るために来たホントにただの良い奴じゃねぇかよ。
何なんだよ。分かんねぇよ。
邪神のくせに、私の親父みたいなこと言いやがって。
神のくせに、私みてぇなちっぽけな魔王と契約を交わしやがる。神との契約ってそんな簡単なもんなのか? 違うよな。契約ってのは対等な立場同士がやるもんで、上位に存在するアウラがわざわざ私の所まで立場を落とす必要なんかねぇハズだ。
現に人間共はいいように操られてるって言うじゃねぇか。
契約なんてしなくても、その気になればアウラは私たちを操ることだってできたんだ。
そうしなかったのは、アウラが守るべき私たちを慮っているから。私たちの自由を尊重しているからだ。
だから、親父のことだって守ろうとしたんだ。そして、自害を選んだ親父を、親父の選んだ死を見守ったんだ。
でも、本当は親父のこと、守りたかったんだろ……? 初めて会った時にもそう言ってたじゃねぇか。
だから、親父を守れなかったから、娘の私と契約したんだろ?
……何でもっと早く来なかった?
何で間に合わなかったんだよ。
お前がもっと早く動いていたら。お前がちゃんと私たちを見守っていてくれたら、親父は死ななかったってことだろ……?
本当は親父は死なずに済んだって、お前がちゃんとしていればって。いっそ、お前らなんかがいなかったらこんなことにならなかったって。そう思っちまうよ。
こんなふうに思うことをお前は愚かなことだって言うんだよな。
でも、死なないでほしかったって、生きていてほしかったって思うことは、馬鹿馬鹿しいことなのかよ……!
……私は。
私はお前らが嫌いだ。憎んでる。私は魔王。聖人じゃねぇ。誰かを悪者にしたいって思う。お前らのせいだって。
お前のことを嫌いでいないと、悲しさに押し潰されちまいそうなんだ。
本当は良い奴なのかもしれねぇとか、そう思ってもそれを受け入れることが私には出来ない。
頭ではお前が悪いワケじゃねぇって解ってても、心は怒りの矛先をお前に向けてないと、歯痒さで頭がイカれちまうんだよ……!
クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!!
考えがまとまらねぇ。ちっとも落ち着かねぇ。何一つ納得できねぇ。
何で、何で私たちがこんな目に遇わなくちゃいけないんだよ。
ふざけんなよ。
……助けてよ。親父……。
「ふん、そんな顔をするな。貴様、魔王なのだろう。王ならば、誰の前であれ弱みを見せるな」
「お前に言われたかねぇ」
「私はそんな顔などしておらん」
「してたじゃねぇか」
「していない」
「してたよ」
「気のせいだ」
「してた」
「ええいしつこい! していないと言っている!」
キレに逃げやがった。
メンタル強いのか弱いのか分かんねぇなコイツ。
「なあアウラ」
「何だ。していないぞ」
「もうその話は終わったろ。引きずってんじゃねぇ」
「では何だ」
私の心の内は未だ悲しみと怒りで満たされている。
神々を赦すことは到底できそうにない。
でも、私は決めたんだ。民を守ると。家族同然の国の民らを一人残らず守り抜くと。
その為には
「絶対、守ろうな。国を。民を」
「……ふん。その為にわざわざ私が来てやったのだからな」
「お前は本当に傲慢だな」
「邪神だからな。それに」
「それに?」
「魔の民は、私の所有物だ。私以外が好きにするのは絶対に許さん」
「はっ。それは私も同意見だよ」
守るんだ。大事なものを。
「ふん。私の
「そうかよ。じゃあ、私の
引きこもり魔王、国を守る @taikaino-kawazu
★で称える
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