2.4.大きな保育所

 私がよく香里ちゃんに遊びに連れてきてもらっていたシカク公園。私が公園で遊んでいるとき、公園には私一人しかいないことが多かった。

 しかし、どこからか子どもの声は聞こえていた。香里ちゃんに訊くと、「近所に大きな保育所があるのよ」と言った。

 一人っ子で当時は友だちもいなかった私は、同年代の人間が集まっている保育所に具体的なイメージが持てず、少しの不安とそれに勝る大きな好奇心を持った。

 それを察したのか、香里ちゃんは私に「保育所、行きたい?」と訊いた。私は、行きたいけど少し怖いかもしれないと返した。

 香里ちゃんは、「ママは行かせてあげたいんだけどね」と悲しそうに笑った。

 そして、その日以降、香里ちゃんはその保育所の話をしなかった。


 これは余談だが、近所に保育所があるのにどうして公園に人気ひとけがないか。

 不思議な話だと思うかもしれない。

 小学校に上がってすぐにその答えは分かった。

 シカク公園は、変質者や人攫いにとって人気にんきのスポットだったのだ。


 あと、もう一つ分かったことがある。


 ────


 香里ちゃんから保育所の存在を知らされてから、一ヶ月くらい後のこと。その日も私は一人で公園にいた。やることを思いつかなかったので、砂場で絵をひたすら描いていたのだが、しばらくするとそれも嫌になった。

 まだ昼の十二時頃だ。

 誰に教わったわけでもない。ただ周りを観察するのが好きだったから、地面にできる影がこのくらいの長さなら正午近くだということを、経験上知っていた。


 香里ちゃんが帰ってくるまでは何時間もある。しかし、することがない。

 私はトイレの水道の水をたらふく飲んで腹を満たした後、意を決して公園の外に出ることにした。例の保育所の存在を思い出したからだった。

 いい暇つぶしになるだろうと思った。いや、当時の私はそこまで達観してはいないから、ただただ未知を見に行く冒険に心を躍らせていたのかもしれない。

 微かに聞こえる子どもの黄色い声を頼りに歩いていくと、声は段々と大きくなり、しばらくして柵で囲まれた敷地に辿り着いた。ぐるっと一周回って見つけた建物の正面へやって来ると、そこには看板があった。


『けやきの里』


 保育所という漢字は、可読レベルでは認知していたので、それが保育所の建物ではないということは分かった。

 相変わらず中から陽気な騒めきは聞こえてくるものの、名前を見て興味を失った私は来た道を引き返して公園に戻った。



 そこは、大きな保育所などではなくて、ただの児童養護施設だった。

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異世界転生! 神田洋 @l_young

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