俺たちの空

 冷たい宇宙空間にいるはずなのに、全身が燃えるように熱い。重力に引っ張られる体を無理矢理上昇させながら、眼前の敵に刃を振るう。俺と同じ地球生まれで、月の人間にいくら迫害されていたとはいえ、月の人間に復讐するなんて許せない。それに不可解な事が一つあった。


「月の人間が憎いなら、なんでシヴァの製造工場を守るような仕事を請け負ったんだ!ソユーズテストは地球人差別がどこよりも強いはずだろ!」

「何を言っている、地球への攻撃があれば地球の人々も我々の行動に賛同するはずだ!月の人間を根絶やしにするためなら私はなんでもする!」


 こいつは、月の人間への憎しみを煽って味方を作ろうとしていたのか。でもそれは、自分が賛同されていない事を自覚している証拠だ。それを犠牲者を出すことで正当化しようだなんて、絶対に許せない。


「アンタみたいなヤツがいるから……みんなが変わっちまったんじゃないか……」


 内側から沸々と怒りが込み上げてくる。危険な思考かもしれないがわかる。こういうヤツはケジメをつけなきゃいけないんだ。自分が何をしようとしていたのか、その身をもって味合わせないと、死んでもわからないんだ。


「アンタだけは……俺が倒す!!」

「簡単には殺られんよ、貴様も一緒に燃え尽きろ!!」

「俺は生きるんだよ!生きて、生きて生きて生きて……エマと夢を叶えるんだ!!」

「夢など幻想だ!そんなものこの世には存在しない!」


 超至近距離での斬り合い。互いの刃も装甲もボロボロになっていく。俺はもっと早く動ける!もっと腕を振れ、もっと目を凝らせ、もっと加速しろ!この男の反応速度を、今までの俺の限界を超えろ!!


「もう遅い!いくら頑張っても、もう大気圏の突破は不可能だ!」

「まだだ!まだ終わっちゃいない!」


 ジェラードは双刃刀を薙ぎ払うように振る。だが俺はそれを左腕の装甲で受け止め、太刀ノヴァブレードを振り上げる。ジェラードの腕に刃は直撃し、双刃刀は宙を舞う。俺はそれを左腕で手に取る。


「しまった……こうなったら……!」


 ジェラードの腕が俺の頭部に向かってくる。バイザーを潰そうっていったってそうはいくものか。アル、少しだけ力を借りるぞ!!


「いい加減諦めろぉぉぉ!!」


 アルの双刃刀を左手で振り上げ、頭にかけられた腕を突き上げる。右手に握ったノヴァブレードでもう一方の腕を突き飛ばす。がら空きになった頭から腹部にかけてを両腕の刃で何度も斬りつける。装甲板の上から斬り上げ、薙ぎ払い、叩きつける。


「諦めるものかぁぁぁぁぁ!!」


 腹部の装甲が剥がれたと同時に、両方の剣を突き刺す。突き刺さった剣から手を放して、ジェラードの体を蹴り飛ばす。腹を貫かれたジェラードはそのまま地球に向かって落ちていく。そして間も無く、塵の一つも残さずに燃え、消えていった。


「アイキ!アイキ!戻ってこい!今小型艇を接近させる!」

「……いや、無理だ」

「なにを言っている!戻ってこい!!」


 俺が今から、小型艇まで戻るのは、どう頑張っても無理だ。だから俺はもう一つの選択肢をとろう。可能性は限りなく低い、だが覚悟は出来ていたさ。


「このまま、大気圏を突破する!」

「なっ、無茶だアイキ!やめろ!」

「もうそれしか方法はない!」


 左腕に装備したままのシールドを前面に展開する。正直なところシールドが無事なら大気圏突破時の衝撃波は受け流せる。急激な気圧変化による断熱圧縮も起きないからどうにでもなる。だが今の俺のシールドは既に半壊している。受け流しきれない衝撃波が全身に伝わってくる。


「やっぱり無理か……!!」

「アイキーーー!!」


 突然通信を通して聞こえてきたエマの声、顔だけ後ろに向けると、そこには俺目掛けて降下してくるエマの姿だった。エマが俺の横を通過しそうになるタイミングで腕を伸ばす。彼女もまた腕を伸ばす。互いの指が触れ合い、そして……。


「「届いた!!」」


 互いの腕をしっかりと掴むと、互いに互いを引き寄せ合う。俺はシールドを捨てて両手でエマの体を抱き寄せる。エマが下になって体を重ね合い、エマの背中に装備されていたシールドも大気圏突破用の超大型シールドで衝撃波を受け流す。かなりの揺れはあるが何もないのに比べたら全然マシだ。


「お前、なんで降りてきた!?」

「何言ってるのよ!アンタを見殺しに出来るわけないでしょ!」

「エマ……」

「一緒に降りよう……地球に……それで一緒に見よう、私達の月を……」

「あ、ああ……降りよう、一緒に!」


 決心はついた、だがそれでも成功の確率は低い。俺はオスカーのスーツの回線に繋げる。もしもの事があっては困るだろうから。


「オスカー……ちょっといいか……」

「な、なんだ?」

「もし俺たちが失敗したら、この計画は無かったことになるんだよな……?」


 俺が気にしていたのは、シングルストライカー計画そのものじゃない。もし仮に失敗したとして、それが広まればもう二度と、地球と月の間で人は行き来できない世界になってしまうかもしれない。宇宙船を使う以外に方法はないと。地球生まれも月生まれも、互いに差別意識が無くなればそれでも問題はないのだろうが、それはきっとありえない。


「ああ、失敗した場合は研究データも今までの記録も全て消して、この一ヶ月を無かった事にする……」

「そうか、失敗する気はないけど、それを聞いて安心したよ……」

「だがな、アイキ……記録には残らなくても、記憶には残るんだ……絶対死ぬな、そしていつか戻ってこい!」

「ああ……絶対に帰るよ、月に」


 オスカーとの通信を切り、俺は大気圏突破の姿勢制御に集中する。この揺れの中でもしこのシールドより外側に体の一部でもはみ出れば、腕だろうが足だろうが、果ては頭だろうがたちまち吹き飛んでしまうだろう。


「アイキ、話は済んだ?」

「ああ大丈夫だ……もうすぐ突破するな……」

「最後の正念場よ、準備はいい?」

「ああ……行こう」


 エマの目元のバイザーの上に更に覆いかぶさるように装甲が展開される。同時に俺の目元のバイザーの上にも装甲が展開される。これ以上はいくら頑丈なつくりのバイザーとはいえ破損は免れないからこその処置であり、スーツが空気を感知するまでは開かないし、ヘルメットの中のモニターも全て切られる。視界が真っ暗になると一瞬足がすくんだ。だがこの両手に感じる暖かい感触、エマの存在が俺に安心をくれた。そうだ、俺は一人じゃない。それはほんの一瞬の出来事、次の瞬間には俺のヘルメットのモニターは回復し、バイザーの上の装甲がまた開いていく。


「出たぞ!地球だ!!」

「地球……これが……!!」


 重力に引かれるまま地上へと凄まじい勢いで落ちていく。下に見えるのは地平線まで広がる広大な湖。地球で海と呼ばれているものだ。キラキラと光る水面みなもは、俺たちを魅了するのに数秒もかけない。


「綺麗……」

「あ、ああ……って言ってる場合かよ!」

「そ、そうね、パラシュート開くわよ!」


 シールドの内部に内蔵されたパラシュートを展開するために、背中に背負うシールドのレバーを引くがなぜか反応がない。何度もガチャガチャとレバーを引き続けるが一切何も起こらない。


「おい、まさか……!?」

「どうしよう……パラシュートが出ない!」


 俺たちの体は海に向かって一直線に落ちていく。俺はスラスターを軽く噴かせてエマと上下の位置を逆転させる。俺が下になった途端エマは目を真ん丸にして俺の目を見る。


「アイキ何してるの!?」

「さっきはエマに助けられたからな、今度は俺が助ける番だ!」


 エマが助けに来てくれなければ、俺は大気圏で燃え尽きていただろう。この海を見ることも出来なかった。最後にいいとこ見せてやろうじゃないか。


「でもどうするつもり!?」

「エマ、推進剤を少しこっちに寄越せ!」


 エマのシエルと俺のユニヴェールが外付けのチューブを伝って繋がる。推進剤を分けてもらい、それと同時に俺は下を向いているスラスターを全て噴かして勢いを殺していく。


「私も……!」

「待て待て!お前今噴かしたら俺が燃えるだけだからな!?」

「あ、そっか……」


 まったく放っておいたら何をしでかすかわからない。やっぱり俺たちは二人で生き残らないとダメなようだ。俺ももうエマがいないとどっかでポカやらかしそうだしな。


「それならアイキの方に全部推進剤送るわ」

「ああ、頼む!!」


 体はどんどん地上に近付いていく。俺はスラスターの出力を引き上げ、エマから受け取った推進剤を全てこの一瞬で使い果たす勢いでブレーキをかけていく。徐々に落下速度は遅くなってはきたが、それでもまだ無事では済まないレベルだ。


「ユニヴェール、最後の大仕事だ……俺に力を貸せ!!」


 もう水面が目の前という時に、なんの意識も無しに発した一言。だがまるでユニヴェールが俺の声に応えたかのようにスラスターの威力は急激に強くなる。これなら……いけるかもしれない。


「止まれぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 着水……衝撃……全身の骨が轟音と共に砕けていく。呼吸が苦しい……指一本動かせる気がしない。だがそれでも、エマだけは放さない。たとえこの四肢が千切れても、俺は彼女を守り、そして生き抜いて見せる。モニターが死ぬ、ユニヴェールは原型も残さず壊れていった。そして俺も意識を閉ざした。



「アイキ……!アイキ!!」


 気が付くとそこは海ではなく、陸地と海の間、浅瀬というところにいた。ヘルメットにヒビが入ってるせいで目の前がよく見えない。でもこの声はエマの声だ。


「生きてる……のか……俺は……」

「うん……生きてるんだよ……アイキ……!!」


 エマに抱きかかえられたままの体を無理矢理起こして、ヘルメットを外す。ヘルメットを外したエマの目はどれだけ泣きじゃくったのかわからないほどに真っ赤に腫れていた。もう腕も上がらない俺は、手を差し伸べることも出来ない。涙を拭いてやる事くらいはしてやりたかったが、それも叶わないみたいだ。でも痛みを感じるのは生きている証拠なんだろう。


「そっか……生きてるのか……そっか……」


 生きていることを実感した途端、涙が込み上げてきた。シングルストライカー計画は成功なのか失敗なのかもわからない。結果としてユニヴェールは大破して、シエルもどうやらまともな状態じゃない。でも俺は生きている、今はそれだけわかれば十分だった。起き上っている力もなくなり、仰向けに倒れる。海水の柔らかな波が時々俺の体を揺らすのがどこか心地いい。そして俺は気が付いた。


「エマ……見てみろよ……」

「見るって、何を?」

「空だよ……ほら……」


 俺の目に見えたのは、想像よりも遥に美しい地球の夜空。そして輝く光の粒が敷き詰めているような空で、一際ひときわ輝く球体が見えた。


「うわぁ……あれが……!」


 夜空を見上げたエマの瞳もまた、キラキラと輝いて見える。俺たちは夢を叶えたのかな……きっと叶ったんだ。だって俺の目にも彼女の目にも、間違いなく見えているのだから。


「あれが俺たちの……」

「私達の……月だね……」


 他のどの星よりも美しく、煌々と輝く満月。エマもまた、俺の隣で横になって空を見上げていた。そんな彼女の手の上に、そっと俺の手を重ねた。スーツ越しじゃない、本当の彼女の手は海水に浸っていたせいか冷たい。だが俺が手を重ねると徐々に暖かくなっていく。


「綺麗だな……」

「うん……」


 この美しい光景を目に焼き付けておこう。俺のパートナーと一緒に、これからも生きてこの光景を何度も一緒に見よう……。


「エマ……」

「なに……?」

「好きだ……」


 本当に何も考えないで口から出た一言。前はあんなに言うのが恥ずかしいって思っていたのに、今は思う前に声が出た。


「私も……アイキのことが好き……」


 お互い顔だけを向けて瞳を見つめ合う。ほんの少しだけ身を乗り出し、俺とエマの唇が重なり合う。今はただ、この時間が永遠に続けばいい……そう思えた……この先ずっと、何があっても……俺はエマと添い遂げよう。

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ストライカーズ ケイケ @wizardwing7

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