大気圏
いくら腕を振っても俺の刃は届かない。シヴァは軽々と大型レーザーソードの斬撃を回避する。俺自身、剣に振り回されている感じは否めない。出力を抑えようとしてもシステム上でロックが掛かっていて調整が出来ない。
「アイキ!避けて!」
「っ!?」
シヴァに斬りかかろうとする腕を止めて急停止と同時に後退する。直後、俺の目の前を身の丈を超える太さのレーザーが通過する。直撃すれば間違いなく、塵一つ残さずに消し去ってしまうであろう砲撃は、エマが放ったもの。
「当たった!?」
「ああ、間違いなく直撃した!」
レーザーが消えた時に見えたのは右半身が消し飛んだシヴァの姿。この好機を逃せば次はない、俺はレーザーソードを構えて懐に飛び込む。心臓部にある剥きだしのコア目掛けてレーザーソードを振る。だがその瞬間、シヴァの左腕が分離し、俺の腕を横から殴りつけてくる。
「なっ……自分から外しただと……!?」
俺の斬撃は横に逸れて直撃はしないが、手首を返して斬り上げようと全身のスラスターを噴かす。また分離した腕が俺に向かってくるが、ここで退けばもうタイミングは完全に失われる。俺は腕を折られるくらいの事を覚悟の上で斬り上げる。だが、俺に分離したシヴァの腕が直撃するより一瞬先に、一閃のレーザーがそれを貫く。
「アイキ!トドメを!!」
「任せろ!はぁぁあああああ!!」
俺の光の刃が、シヴァのコアを焼き切った。コアの断面は焼けて液状になり、赤い水状のものになって四散する。それと同時にユニヴェールのエネルギーが底を尽き、レーザーは消失する。ようやく終わった……後はさっさと帰って、とにかく今は疲れた横になりたい……全身の力を脱力してスラスターの推進力だけでゆっくりと小型艇のある月方向へと進んでいく。
「アイキ、お疲れ様」
「エマ……やったな……」
「ええ……」
二人で出撃した時と同じように手をつなぎ、そのまま帰還しよう。だがその時、耳に慌ただしい声の通信が聞こえてくる。
「アイキ!エマ!応答しろ!」
「オスカーか……なんだ、そんな声を荒げて……」
「正体不明のアクティブスーツがそちらに向かっている!」
「正体不明……だと……!?」
オスカーの声が聞こえた直後に、レーダーの索敵範囲に一つの反応が出る。それも超高速でこちらに向かってくる。俺は咄嗟にエマと手を放して突き飛ばし、逆方向に回避する。その俺たちの間を、槍を手にしたスーツが突っ込んでくる。その時俺はつい最近同じような事があったような気がした。そう、違うのは月面が無く、土煙が上がっていないという点だけだ。
「お前は……!?」
「ようやく追いついた……アイキ・ノヴァク……!」
既に俺たちの背後で切り返しをして再び槍を構えたその男は、まっすぐ俺に向かって突進してくる。俺はただのナイフとなったフルムーンセイバーで受け止めるが、その瞬間、槍と接触した部位が爆発を起こしナイフは粉々に砕け散った。白黒のアクティブスーツ……つい一昨日月面で戦った傭兵、ジェラード・ガーランドのアクティブスーツ「ロンギヌス」だ。だがいくつか以前とは違う点を見つけ、俺は驚愕した。
「おいお前……その
「これか……工場の近くに落ちていてな……せっかくだから使ってやろうというのだ」
その瞬間、俺の中の何かがブチ切れた。奴が腰に装備しているのは紛れもなく、アルが使っていたものだ。しかもヤツのスーツの装甲板にはチラホラとオレンジ色の装甲も見える。あれはトラオムから取ったに違いない。
「貴様を倒さなければ、私の今後に関係してくるのでな……悪く思うな!!」
距離をとっていた俺に再び向かってくるジェラードの槍を腕の装甲板で受けるが、装甲板が爆発して剥がれ落ちる。おそらく火薬か何かを槍の先に仕込んで、鋼同士がぶつかり合った際に生じる微小な火花で爆破しているのだろう。だが、そんなことは今の俺にとってはどうでもよかった。
「お前みたいなヤツが……それを使うなぁ!!」
「兵器は使われてこそ意味を成す、捨てられたものをわざわざ使ってやっているのだからむしろ感謝されたいものだな!!」
俺は辛うじて弾丸の残っていた小型マシンガンを撃ちながらジェラードに突っ込んでいく。当然のように全弾回避するが、その回避する先に回り込み、手の甲にある装甲板で裏拳をぶちかます。しかしジェラードの槍の柄でガードされると、腰に掛けられていた双刃刀を左手に持ち斬り上げてくる。俺の胸元の装甲板に掠め、体制が崩れた瞬間にジェラードは槍を構えて向かってくる。しかしジェラードの腕を横から飛来したレーザーが撃ち抜く。
「ぐっ……あああ!!」
直接腕を貫通させられ苦悶の表情を浮かべるジェラードだったが、そのまま槍をエマに向けて投げつける。エマはまたいつもの癖でライフルを盾にしてしまい、ライフルは爆発、しかもエネルギーが溜まった状態での爆発はより大きいものとなり、エマの体ごと吹き飛ばした。
「エマ!」
「ぐっ……大丈夫……でもマズいわ、もう武器がない……」
「それなら心配するな!」
突然聞こえてきたのは専用回線でのオスカーの声、しかし先ほどからなのだが彼からの通信信号が小型艇からのものではないのだ。これはアクティブスーツのものだ。
「もう数十秒で追いつく!二人の武装を持ってきた!」
「でかしたオスカー!初めてアンタに感謝にするよ!」
専用回線で話しているため何も聞こえていないジェラードは、腰から双刃刀を抜いてこちらに向かってくる。回避、出来なければ腕の装甲板で防御するが、回転の力の加わった双刃刀の威力を体に受けるたびに全身の骨が悲鳴を上げた。
「クッソ……オスカー、まだか!?」
「こちらからはもう見えている!」
「なら投げろ!何持ってきているのかは知らねぇけど、受け取ってやるから!!」
「どうなっても知らんぞ!!」
オスカーのアクティブスーツの反応から一つ、小さな物体反応がこちらに流れてくる。今にも斬りかかってきているジェラードから目を離すのはリスクがありすぎる。俺は飛来してくる武器と自分の座標だけを見て回避しつつ接触するポイントに移動する。
「三……ニ……一……今!!」
俺は手を手を伸ばし、その鋼の物体を手に取る。俺の手に握られていたのは改修されたノヴァブレード。俺はノヴァブレードを受け取ったそのままの勢いでジェラードの双刃刀に叩きつける。
「太刀だと!?」
一瞬驚愕の表情を浮かべたジェラードだったが、すぐにもう一撃もう一撃と斬撃を繰り出してくる。それに対抗して俺もノヴァブレードで反撃する。
「やっぱりこっちの方が、俺の腕に馴染んでるな」
「双刃刀とただの太刀では威力の差は歴然だ!この勝負、私の勝ちだ!」
「それはどうかな!!」
俺はノヴァブレードの刀身に埋め込まれたスラスターを全て一斉に噴かして更に加速する。その威力は回転の力を利用した双刃刀に匹敵する。
「そうだったか……その太刀には加速機能があったな……ならばこちらも!」
ジェラードは腕のスラスターを使って双刃刀の回転に加えて振り下ろす速度も速くする。だがそんなものは俺だって何度も使っている。同じように腕のスラスターを噴かして対抗する。
「それだけの戦闘のセンス……なぜ貴様はもっと生かそうとしないのだ!?」
「生かす!?戦闘技術を生かすってなんだ!人殺しか!?」
「違う!貴様も地球生まれなのだろう!」
「なぜそれを!?」
ここで突然の問いに戸惑った俺は一瞬動きが鈍ったのが自分でもわかった。その瞬間にヤツの双刃刀が俺の右肩に叩きつけられた。骨が嫌な音を鳴らし、その衝撃で突き飛ばされた俺は一直線に地球の方へ落ちていく。
「くそっまずった……姿勢制御を……」
なんとか体制を整えるがそこで違和感に気付いた。体がほんの少し重く感じたのだ。まさかと思い足元を見ると、今までに無いほど地球が近くにあった。間違いない、ギリギリのところで重力に引っ張られている。俺がそこから脱出しようとしている間、オスカーから弾丸の補給を受けたエマがジェラードと交戦しているが、状況はどう見ても不利だった。ようやく体が軽くなった瞬間、ジェラードはいきなりこっちに標的を変えて突っ込んでくる。後ろからエマがハンドガンを乱射するが一発も当たらず全て回避される。再び飛び込んでいった俺のノヴァブレードとジェラードの双刃刀での鍔迫り合いになる。
「私も地球で生まれ、そして月に取り残された……貴様と同類なのだ!!」
「なっ……」
更に全身のスラスターを噴かしたジェラードに押し込まれ、再び地球に最接近する。段々と体を引っ張る重力というやつがキツくなっていくと同時にユニヴェールが熱を持ち始める。
「私と同じ地球生まれならば、迫害され蹂躙され、生きる意味すら失うような目に何度も遭ったであろう!なのになぜ貴様は復讐を考えない!?」
「復讐!?」
「そうだ!私だけではない、月面には多くの同胞がいる!地球生まれの我々人間が、月面に這いつくばる宇宙人の始末をするために今も準備を進めている!」
「だから俺も復讐の手伝いをしろって!?ふざけんじゃねぇ!」
俺も同様に全身のスラスターを最大限に使って押し返していく。そしてその勢いを殺さないまま双刃刀の刃を、俺のノヴァブレードの刃の上を滑らせるようにして受け流す。今度は俺が上に立ち、そのまま受け流されたジェラードが下から俺を見上げる形になる。
「俺は知っている……生まれも育ちも関係ない、同じ人間同士、話をすれば分かり合う事だって出来るって!!」
「月の人間どもを信じることなんて出来るものか!そんな事を言うのは、もう地球の人間ではない!」
俺が地球人の孤児である事を知っても変わらず接して友と呼んでくれたアビー……一度はぶつかり合い、それでも互いに同じ想いを胸に戦い、友となったアル……そして誰よりも、俺にはエマがいる。みんな月で生まれて月で育った人たちだ。それでも俺を受け入れてくれた……だから俺は……。
「俺は、そんな絶望以外何も感じないなんて……それで生きているって言えるのかよ!同じ地球の人に胸張って言えんのか!」
「言えるさ!私は間違ってなどいない!」
何度も何度も、俺の鋼の刃とジェラードの鋼の刃がぶつかり合う……音はしない無音の世界。だが俺には聞こえる、互いの力と力がぶつかり合う音が確かに聞こえてくる。俺とエマを唯一照らすのは、俺の目の前の男のように重力で人を縛り、大気の壁で俺たちを隔て続けた青い星、地球。もう推進剤も底を尽きる、脱出は不可能だ。俺はこれからこの星に降りる。宇宙船なんてものに頼らず、信じられるのはこの全身を包むストライカースーツ、ユニヴェールだけ……。
「エマ!大丈夫か!?」
「そうでもないわ……さっき右足のスラスターがやられた……!」
俺とエマの前に立ちはだかるのは、俺と同じ地球で生まれ、そして魂だけはあの青い星に縛られた一人の男。
「お前たちもここで終わりだ……!」
「もう
既に地球に体を引っ張られている俺とジェラードの全身が、赤く発光する。このままいけば俺自身も地球に殺される……なんとかするんだ……俺が!!
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