本当の望み

 不気味な合成音声が俺たちの耳に届く。ターゲットは五体と言った、つまり俺とエマだけでなくクロイツ姉妹、それどころかオスカー達の乗る小型艇も狙いに入っているらしい。先にこの女を潰すのが先決かと思っていたが、どうやら放置するわけにもいかないらしい。


「オスカー!すぐにここから距離をとれ!シヴァは小型艇も狙ってくるぞ!」

「なに!?だがそれではお前たちが帰還出来なくなるぞ!」


 俺はモニターの下に小さく映る残り酸素残量と推進剤残量のメーターに視線を送る。確かに今この状況をどうにかして、小型艇に帰還するまで、使える時間はせいぜい1時間。数分でコイツらを片付けても帰還するまで酸素がもつのか……。


「いや、考えている時間が惜しい!最悪、エマだけは送り届ける!」

「ちょっとアイキ!なにを言ってるのよ!?」

「いいから今は目の前の敵だけ見とけ!」


 言っている間にも俺に斬りかかってくるシヴァとマーシャ・クロイツ。双方の攻撃を回避すると、シヴァの攻撃目標がマーシャに変わったのか、シヴァはそのままマーシャのレーザーソードを弾き飛ばす。


「なに!?」

「お姉ちゃん!!」


 マーシャにトドメの一撃が届く直前で、シヴァの腕をミーシャのレーザー砲が消し飛ばす。しかし即座に復元された腕は離れようとしたマーシャの足を掴む。


「この……放しやがれ……!!」


 俺はフルムーンセイバーを手にシヴァに突撃をかける。シヴァが左手に持ったレーザー砲をマーシャに向けて硬直している間に……そう思い、俺の刃が届く直前、突然レーザー砲の銃口は俺の方を向く。


「あぶねっ!?」


 噴かすスラスターを脚部のだけに切り替え足を振り上げる形で、無理矢理上体を逸らす。レーザー砲が一撃必殺なのは前の戦いでよくわかっている……それにアルの目も今みたいな不意打ちでやられたのかもしれない。もしコイツらのAIに不意打ちなんてデータがプログラミングされていたらの話だが。


「おい!マーシャとか言ったか!ここは一度このストライカースーツもどきを倒すぞ!」

「くひっ……!冗談!!」


 シヴァが自分に迫っているというのに、俺に向かってくるマーシャ。彼女のレーザーソードを受け止めるも、そのバイザー越しに見えたひん剥かれたようにギョロっとした瞳に一瞬俺の心が怯んだ。そこに横から飛びこんでくるシヴァ、マーシャを引き離そうにも完全に瞬間的爆発力じゃ劣っている。それならと、片手でマシンガンをシヴァの左足を連射し破壊する。姿勢制御を一瞬乱したシヴァの斬撃は逸れ、俺もまたマーシャの斬撃を受け流すように剣先で滑らせる。


「なに!?ぐはっ……!!」


 受け流されたマーシャの剣はシヴァを斬り裂く、しかし同時にシヴァが振り向きざまに切り上げたレーザーソードがマーシャの肩を斬り裂いた。左手が吹き飛び、すぐにスーツが内部気圧を保つために傷口を閉じるが、千切れた左腕は地球に向かって飛んでいき、赤く火花を散らし一瞬で燃え尽きた。


「はぁはぁはぁ……!」

「もうよせマーシャ・クロイツ!そんな状態で戦ったら死ぬぞ!」

「うる……せぇ……!」


 直後、片手でレーザーソードを振り上げ、俺に向かって突進してくるマーシャ。俺はそれをフルムーンセイバーで払い飛ばす。両手でも扱うのが酷な未調整のレーザーソードを片手で使うなんて。俺はマーシャがトドメの一撃を繰り出そうとしたその時だった。


「お姉ちゃぁぁぁぁん!!」

「うぉ!?しまった……!」


 俺とマーシャの間に閃光が走る。突然こちらにミーシャ・クロイツがレーザー砲で砲撃をしてきたのだ。レーザーは俺に直撃こそしなかったものの、俺のフルムーンセイバーを焼き、レーザーが出なくなってしまう。


「くひひ……捕まえたぁ……」

「はっ……!?」


 俺がミーシャの方を一瞬見た隙に、マーシャの右手が俺の肩を掴んでいた。俺はただの短いナイフと成り果てたフルムーンセイバーでマーシャの腹部を貫くが、それでもなぜか、彼女の笑い声が止まることはなかった。


「お前正気か!?本当に死ぬぞ!」

「正気で殺し合いが出来るかよ……それに死ぬのはテメェだぁ……!!」


 そう言って彼女が取り出したのは手榴弾。こんなところでそんなものを爆破してみろ、みんな終わっちまう。そんなことはさせまいとナイフから手を放して右手にマシンガンを持ち彼女の右手を撃つが、彼女はそれ以上に早く、片手でピンを抜くというわざを見せて投げ飛ばす。


「万事休すか……!」

「大丈夫……」

「え……!?」


 手榴弾が今にも爆散しようとした瞬間、巨大なレーザーが手榴弾を塵一つ残さず焼き消す。撃ったのはエマのロングレンジライフル。だがこちらの支援が終わるとエマとミーシャは再び銃撃戦を始める。


***


 もう実弾の弾倉が切れかけている。残りあと一つ、これが終われば後はレーザーに切り替えるしかなくなる。でもこっちはシヴァを撃つのに取っておかないと……。


「あのままじゃ、アナタのお姉さんが死ぬわよ!」

「でも、それがお姉ちゃんの望みなら……!」

「自殺願望を肯定するんじゃないわよ!!」


 私にはわからない……血のつながった家族だっていうのに、なぜ最後の最後に諦めてしまうのか。家族を知らない私には到底理解できない。


「ねぇ、アナタにとって家族ってなんなの……そうやって辛い事から一緒に目を逸らすのが家族なの!?」

「違う……!なにも知らないくせに……お姉ちゃんがどれだけ苦しんだかなんて想像もつかないくせに勝手な事言わないで!」

「わかんないわよ!アタシは10年前に両親を亡くした!兄弟もいない一人ぼっちだった……!だから、アナタ達が正しいのか間違っているかなんて、わからないわよ……!」


 私の言葉を遮らんと放射される巨大なレーザー、私はそれを回避しつつ両手のハンドガンを撃ちまくる。


「わからないなら……邪魔しないでよ!!」

「でも、このまま進んじゃダメな事は、家族を知らなくてもわかる!!」


 たとえどんな関係であっても、この先が破滅しかないことは私にだってわかる。ミーシャのレーザー砲をかいくぐって、懐に飛び込む。


「今のアナタは自分で考えることをやめて、逃げているだけじゃない!!」

「わ、私は……!!」


 彼女のショルダーバルカンを同時に撃ち抜き、レーザー砲を蹴り飛ばす。丸腰になった彼女の眼前に銃口を向ける。


「もう、手を引いて……」

「それなら、殺してよ……」

「今アナタを殺しても、なんにもならない、誰も何も得ることがない……だから……」

「エマ!避けろ!!」


 突如耳元で響いたアイキの声。そしてモニターに背後からの危険信号が映る。ミーシャの体を蹴り上げ、その勢いで下降回避するが、私の目の前で停止したシヴァはミーシャに向けてレーザーソードを振りかぶる。


「ミーシャ!」


 私は咄嗟にハンドガンを撃ちこむが、三発ほど撃ったところで弾切れを起こし、トリガーを引いてもスカした感触だけが手の中に広がる。弾倉を取ろうと腰のあたりをまさぐるが、もう弾倉は一つも残っていない。ライフルを構えていては間に合わない。


「ごめんね……お姉ちゃん……」


 諦めたように無抵抗なミーシャに向かって光の刃が振り下ろされる。ミーシャの体が斬り裂かれようとしていたその時、私は自分の目を疑った。


「が……は……ぁ……!!」

「お姉……ちゃ……ん……?」


 ミーシャの体は、姉であるマーシャの体当たりで吹き飛ばされた。光の刃に体を斬り裂かれたのは、マーシャだった。彼女のスーツは完全に機能停止してしまったのか、斬られた跡を修復しない、そして彼女のバイザーは真っ赤な血で何も見えなくなっていた。


「ぁ……ぁぁ……お姉ちゃん!お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!!」

「あ!待って!!」


 狂ったように叫び、ミーシャはマーシャのもとに戻っていく。すると、もう動くことはないマーシャの腕がフワフワと揺れ、まるでミーシャの頬に触れるように腕が伸びる。その手を取ってそのまま頬に押し当てるミーシャは、どこか安堵の表情を浮かべて涙を流す。


「お姉ちゃん……うぐぁ!!?」


 彼女が一瞬の安楽を得たその瞬間、マーシャの身に纏うスーツが大爆発を起こし、ミーシャの体を吹き飛ばす。そして爆発で吹き飛んだ彼女の体は、まっすぐ地球に向かって落ちていき、大気圏に突入しスーツが赤く染まっていく。


「ミーシャ……!!」

「うおおおおお!!!」


 すると爆風で怯んでいたシヴァに向かってきたのは巨大なレーザーソードを手にしたアイキだった。彼はシヴァにレーザーソードを叩きつけ、ギリギリでそれを受け止めるシヴァだが、アイキは刃の出力で無理矢理押し続ける。


「エマ!俺が抑え込むから、その隙に狙い撃て!!」

「わ、わかったわ!!」


***


 予想外な形で状況が打開された、だが気分が良いものじゃない。こんな無益な戦いをして、何になるって言うんだ……俺はマーシャの腕から弾かせたレーザーソードで斬りかかる。しかしこれはシヴァが使っているもの以上の出力でレーザーを放ち続け、とても片手では扱いきれるものではなかった。


「これを片手で振り回そうなんて、俺には考え付かねぇな……!!」

「殲滅対象残り四、殲滅を続行……」


 残り四……おそらく、まだミーシャのスーツが生きているという事だろう。だが今はそんなことを考えている余裕はない。コイツ、どう考えても前のシヴァとはレベルが違う。混戦とはいえ四人を相手にほぼ無傷でいたのだからそれもそうかもしれないが、それでもコイツは異常だ。


「くそっ……いちいち避けるんじゃねぇよ!」


 俺の攻撃が自分より高出力である事を知ってか、シヴァは鍔迫り合いになるような衝突は避け、常に回避に徹する。このままじゃユニヴェールのエネルギーが尽きる。既に15分が経過している、ここから小型艇戻るまで30分はかかる。このままじゃどっちにしたって死ぬ。


***


「ユニヴェール、エネルギー残量が10パーセントを切りました!」

「推進剤と酸素は残っているんだな!?」

「は、はい!ですが活動限界まで残り45分!」


 ある程度の距離は保ったものの、もう戻らなければ彼らの命に関わる……それにエネルギーが切れてレーザーが使えなくなってしまえばアイキは間違いなく勝てない。


「エマの残弾は?」

「エネルギー弾以外は残っていません!」


 エマにも状況を打開する力は残されていないらしい。ならば取るべき方法は一つだろう。


「所長、いかがなさいますか?」

「うむ……ノヴァブレードの改修は済んでいるか?」

「あったりめぇよ!」


 整備士長は私の元に磨き上げられた新たなノヴァブレードを三人がかりで持ってくる。整備士長だけでなく、両脇にいる若い整備士たちも自信満々の様子だ。


「うん、後部ハッチよりノヴァブレードと予備弾倉を持って出撃する!座標を間違えるなよ!」

「了解です!」

「待ってください所長!月方面から高速で接近してくる物体アリ!!」


 操舵士の隣にいる通信士オペレータ―がこちらに振り向き叫ぶ。モニターを見ると人間サイズの物体が高速で接近してくる。


「こちらに仕掛けてくる様子は?」

「いえ、ありません!まっすぐ地球に向かっています!」


 彼らと接触しなければ良いのだが、それよりもこちらはこちらの出来ることをするまで。アクティブスーツを私自らが着用して後部ハッチに立ち、ノヴァブレードを持ち、指定された座標に向かって飛ぶ。


「アイキ達とはまだ連絡はつかないのだな?」

「は、はい!いくら応答を願っても反応はありませんが、機体信号は残っていますので、大丈夫かと……」

「了解した……私とは時間差で進路を地球へと向けろ!二人を助けるぞ!」

「了解です!」


 喜々とした船員達の声にこちらも思わず笑みがこぼれる。最初にこのプロジェクトの再会が決まった時は、人殺しの計画だとかで気持ちがまとまることはなかった。私自身、最初は半分諦めていた節があった。10年前のプロジェクトに新米として参加した私にとっては、トラウマと言ってもいい計画だったから。


「アイキ……エマ……もう私の前では誰一人殺させはしないぞ……」


 だが、必死に生きようとする彼らを見て目が覚めた。私達はお前たち二人に救われたんだ。だから今度は、私がお前たちを救おう。私はまっすぐ、二人の元へ加速させる。



***



 全身の装甲が赤く染まっていく。このままでは私は焼け死んでしまうだろう。しかし私のストライカースーツ「スヴァローグ」は、自動で背中に楕円状の盾を展開する。シエルから奪取したデータで作った大気圏突破用のシステム。でもこのスーツの状態じゃ、きっとショックウェーブや断熱圧縮は耐えきれても、スーツがバラバラになって終わる……。だがそれでも、スヴァローグだけは諦めていないように感じた。


「お姉ちゃん……私に生きろって言うの……?」


 お姉ちゃんが調整し、直してくれたスヴァローグがまるでお姉ちゃんの意思を行動で示しているように感じてしまう。


「そっか……それがお姉ちゃんの望みなんだね……わかったよ……」


 そうして私は、静かに目を閉じた。この異常な振動に体を預け、ただ流されるまま、流されていく。どこまでも……。

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