霊峰がありまして。

四志・零御・フォーファウンド

1話 霊峰を巡る戦


 天まで届こうかと聳え立つ霊峰は、この時期、雪化粧をして白く輝いていた。

 霊峰フジ。この山には不死身になる霊薬が隠されているという伝説からそう名付けられた。伝説は伝説。不死身となる薬が存在するはずがない。しかし、それはそれとして霊峰を信仰するものは数多くいる。ただし、霊峰を隔てている2つの国によって信仰の中身は随分と変わったものだった。

 北側から望むフジは荒々しい。だからフジには戦の神が祀られている。

――そう主張するのは霊峰の北側を統一するヤマナシウム帝国。

 南側から望むフジは美しい。だからフジには美の神が祀られている。

――そう主張するのは霊峰の南側を統一するシズオカニア王国。

 2つの国の間には血に塗られた歴史が存在する。戦はいつも決まって同じ理由。


「我が国こそ霊峰の所有国である!」


 この一声で戦争が始まると長老から聞いた時は2つの国に呆れた。フジは誰の物でもない。

――霊峰に暮らす、彼らのものでもないのだ。



「なにいっ!小帝国めがっ!」


 シズオカニア王国国王、シーズオ3世は帝国が霊峰付近に戦車を派遣したという報告を諜報部隊から聞き、顔を真っ赤にして怒っていた。


「霊峰は我が国のもの。――対抗策として、魔法飛行艇を向かわせろっ!」


 5mも距離が離れているのに、王の唾が飛んできたことに驚いた諜報員は「はっ!」と返事をしてそそくさと王の間から出て行った。

 魔法飛行艇はその名の通り、魔法を原動として動く飛行艇のことだ。魔法に関しては世界一とも言われる技術力を持ってすれば、他の国々は魔法飛行艇を見た瞬間に自国へと退却していくのだが、かの帝国は違った。

 ヤマナシウム帝国は工業が盛んで、世界一ともいえる重火器をいくつも所持していた。特に特攻武装兵器ドラグーンと呼ばれるロボットは戦場を一瞬にして紅く染めることは有名だ。

 世界一の魔法力、世界一の工業力。この2大国が幾度にも及ぶ戦を行っているのには霊峰の存在だけでなく、こうした理由もあったのだ。


「この頃、帝国側の動きが活発になっています。全部隊に国境付近の偵察強化を指示してまいります」


 王の耳元に話し掛けたのは王国一の頭脳を持つと称されるティーグリア・クトラだ。

 ティーグリアは若干20歳で国立の軍大学を戦略科で卒業。廊下をすれ違えば美少年。挨拶を交わせば好青年。戦をさせれば戦略家。そんな彼は25歳という若さにして特例で王の側近となった。

 もちろん、王からは圧倒的な信頼を得ている。彼の言うことを否定するものは1年経って誰もいなくなった。


「よし、ティーグリア頼んだぞ」

「はっ。それでは失礼いたします」


 彼は眼鏡をクイと持ち上げると、姿勢正しく王の間を後にした。



 

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霊峰がありまして。 四志・零御・フォーファウンド @lalvandad123

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