第7話 アスファルトの道。―A―

 僕たちは、どこで何を間違えてしまったのかな。

 好き、嫌い、好き、そんなのどうでもよくて。

 

 傍にいられれば、それだけでよかった。


 足元なんてみなくていいよ。

 僕が君の隣を歩くから。



 立夏が外出着を脱ぎながら、ソファの上に畳んであった部屋着を手にとる。立夏の帰りを待っていた一也と自分に目線を合わせようとしない。なんともばつが悪そうな表情だ。

「………ごめんってば」

 漸く口を開いたかと思うと、心にもない謝罪。我が姉ながら強気な性格だなと呆れてしまう。こっちは部活が終わって2時間、君の帰りを待っていたのに。

「お腹すいたなー」

「すいたー」

 自分の肩に手をまわし、一也が口を尖らせた。それには自分も頷いて同意する。2対1。更に今回は完全に一也よりだ。そもそも先に約束したのはこっちなのに、すっぽかしたのは立夏だ。

「仕事の同僚とご飯っていうのも大事なんだろうけどね、一言ほしかったかなぁ」

 ねぇおねぇちゃん?と、わざとらしく笑ってみせる。

 立夏をみると、自分と似た顔が引きつっている。ひどいな、笑っただけなのに。

「ごめん………何か作る?」

 立夏はパーカーを羽織り、キッチンに向かう。冷蔵庫を開け、お肉は豚があるし魚はタラがあるよ、と立夏にしては珍しく優しい口調。一応悪いと思ってはいるようで、ガサガサと冷蔵庫をあさる。料理は苦手なはずなのに、率先して何かを作ろうとしている。

 それを見て、あー待って待ってーと一也が駆け寄る。

「タラの方が賞味期限危ういから、タラにして!あと、冷凍庫にトマト缶で作ったミネストローネあるから、それとパスタで何か作るよ」

 冷蔵庫の前の立夏の横に並び、一緒に冷蔵庫を覗く。あ、アサリもあったはず、とさっきまで空腹で不機嫌だったのに、一也に笑顔がもどる。

 冷蔵庫に絶やさず食材があったり、服が畳んであったり、立夏にしては珍しいなと思ったら、それは一也のおかげのようだ。料理を作ろうとするのも、強めの口調が売りの立夏の物言いが穏やかなのも、全て、一也に直結しているのか。

 仲良くやっている様子なのは知っていたが、二人の関係がどこまでの仲なのかまでは聞いていない。

 一也がずっと立夏に片思いをしていたのは有名な話だが、具体的な話は誰も自分に言ってはこない。兄弟の色恋の話はあまり聞きたくないので助かっているが、総ちゃんいわく、自分と立夏の顔が似ているので立夏の話は自分にしにくいらしい。

 今回も立夏が、臨時収入が入るので何か御馳走する、と言うので自分が一也を誘って立夏の部屋で待っていたのだが、一也がこの部屋に慣れていることに少し驚いた。

 今も二人の空気感を間近で見て、少しだけ置いてけぼりをうけた気持ちだ。何も知らないんだろうなーと。そして、これからもこうして、不意に訪れた場面で事実を知り、少しだけ、寂しい思いをするのかもしれない。

 まぁ、姉の恋愛話を喜んで聞きたいわけじゃないので、そんな胸のモヤモヤはすぐに消え、お腹の虫が鳴きだした。なんでもいいから、何か食べたい。

「お腹すいたー」

 キッチンで話し込む立夏と一也に投げかけた。二人はハッとした顔をして、少し赤面になった。そうです、自分もいるんです。

 お邪魔虫になってしまったか、とソファに座りテレビをつけた。液晶画面がパッと明るくなり、画面から愉快な画と賑やかな声があらわれた。今の時間は何かやってるかなぁとリモコンを操作していると、ごめん、と一也がやってきた。

「怒った?」

「何が?」

 少し食い気味になってしまった。まるで本当に怒っているようではないか。

「いや…ごめん」

 そんな自分に、一也は更に謝る。確かになんの謝罪なのかはわからない。しかし一也があまりにも真剣な顔で謝ってくるので、首を横に振った。

「立夏は大変だけど、宜しくお願いします」

 きっと、こういう返事でいいはずだ。弟としては、幼馴染と姉が真剣に交際している姿はくすぐったい感じがするが、一也がずっと立夏を好きだったことも、一也がウソがつけない正直者で優しい人間なことも、きっと、誰よりも知っている。

 その全てを込めた、一也の謝罪。報告がなかったことなども含めて、色々な意味を持っている。それを踏まえて、自分が言えること。

「俺は二人の幸せを祈ってるよ」

 たとえ自分がずっと独りでも、まわりの人たちが幸せなら、それでいい。

 大事な人たちが幸せなことほど、嬉しいものはない。

 一也たちがせめて、普通の道を歩いてほしい。

 本当は毛布みたいな優しい草の上を歩いてほしいけど、何も傷つかない、アスファルトの道でも。

 いばらの道より、ずっといい。


 俺の進む道は、いばらの道だからさ。

 

 楓の高くて澄んだ声が、悲しそうにそう言った。

 あんな顔は、二度と見たくない。


 足元なんてみなくていい。

 ずっと僕が、隣を歩くから。

 安心して、そう言えたらよかった。


 それでも、できれば。

 いばらの道なんて、歩かせたくはない。


 アスファルトの道でいいから、せめて。

 傷つかない道を、歩かせてあげたい。



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カタルシス 美依 @panpanpan

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