ループ&ループ

第5話

5


 教室の中に、俺は立っていた。


 自分のクラスの教室。まわりのやつらは全員座った状態。俺はカバンを持って、その中に突っ立っている。腹部に目をやる。傷はない。


「……えっ、何で?」


 状況が理解できなかった。これは、何だ。さっきまで俺はカクタとナイフを取り合い、争い、刺されて走って、なのに――


「お前はいつもギリギリだな、オガミ」


 声が聞こえた。声の主を探す。

 教卓の前に、新井がいた。

 新井?


「フンッ。お前それは社会人じゃギリアウトの遅刻扱いだぞ。今直さないと一生治らない。学生時代の癖は永遠に抜けないんだからな」


 そう、俺の担任の新井だ。今年から俺のクラスの担当になった新井。俺がナイフを刺しちまった、新井。


「……大丈夫、だったんですか?」

「ああ? 何が大丈夫なんだ?」

「いや、新井先生、ナイフ」


 新井は首を傾げる。


「何言ってるのかわかんねーけど、大丈夫か聞きてーのはこっちのセリフだ! お前みたいなやつがセンター試験当日に遅刻したりするんだぞー」


 無視したくなるようなセリフ。

 この状況を俺は知っている。

 席につく。新井が教卓で何かを話すが全然頭に入ってこない。時計をチラリと見た。八時三〇分。


「……嘘だろ」


 頭を抱えたい。けれど、どうみてもこれは……


「はい、それじゃHRは終了だ。一限はちゃんと授業を聞くように! 特に遅刻したオガミ、お前だ!」


 教室がケタケタと盛り上がる。右隣のサトウも世界史の問題集から目を離して笑っているし、左のアユノも馬鹿にしたように笑う。

 新井が教室が出た後も、俺は呆然としていた。汗の量だけが前とは違う。何が起きている? これはいったい――


「おはよう、オガミくん」


 その声を聴いた瞬間に、全身に鳥肌がたつ。振り返りたくない振り返りたくない。けれど、不自然なのは逆に怪しまれる。


「……何だよ? カクタ」


 俺は作り笑いを全力で顔に生み出した。目の前にカクタマヒルがいる。気持ち悪いくらいの無表情。ナイフを持った殺人者。その冷たい手が、俺の肩に置かれる。


「悪いんだけど、今日の掃除番、変わってくれない?」

「うえっ!?」


 変な声が出た。デジャヴ。嫌な汗が首筋を流れる。


「あっああー! 掃除な! い、いつでも任せろよ!」


 声が裏返り、リアクションが大げさになる。変なテンションで答えてしまった。

 対応の不自然さのせいか、カクタは眉をひそめた。けれど、「……そうか。ありがとう」と言ってそれ以上追及してくることはなく、そのまま席を立ち去ってくれた。

 俺はすぐさま机の下でスマホを取り出し、今日の日付を確認する。確めたいことがあったからだ。


 聞いたことのあるセリフのオンパレード。

 先ほどまでナイフを振り回していたカクタが普通に話しかけてくる。

 ナイフをぶっ刺さしたはずの新井が元気に立っていた。


『二〇一×年 1月30日 Monday 午前 8時35分』


 やっぱりそうだ。


「……今日の朝に戻ってるじゃねえか」


 俺は苦笑いをした。


 ×××


「オガミ! またぼーっとしてるぞ!」


 新井の注意が耳に入り、抜けかけていた魂が体に戻る。意識が授業に向く。


「……すいません」

「お前、今日俺に注意されるの何回目だよ。しゃきっとしろ。しゃきっと」


 新井が背筋を伸ばす素振りをする。俺は教科書に目を向ける。内容が頭に入ってこない。今起きていることが非現実的すぎて、思考能力が擦り切れている。


 ・カクタに校内で殺されかける。

 ・ナイフを奪うが、誤ってナイフを自分の腹に刺してしまう。

 ・新井をナイフでぶっ刺す。

 ・そして気が付いたら今朝にタイムスリップ。


 ノートに箇条書きして整理した。文字に直すと余計にわけが分からない。

 チャイムが鳴る。新井が教室を去って、昼休みがやってくる。

 席の前方には楽しそうに昼飯を食べる女子の集団。

 後ろからは男女混合でご飯を食べる奴らの楽しそうな声がする。

 とりあえず、俺も飯だ。鞄から弁当を取り出す。腹が減ってはなんたらだ。箸で卵焼きをつまみ、口に放り込む。


 もしかしたら、ノートに書いたことは夢だったのかもしれない。

 自分に言い聞かせるように俺は考える。そうだ、きっとそうだ。あまりに感触がリアルで、あまりにも痛みと熱の刺激が強かったが、あれは夢だ。そう考えないとやってられない。


 チラリと、右どなりを覗く。サトウが未だに世界史の一問一答問題集を開きながらブツブツつぶやいている。


「サトウ、お前飯食わないの?」


 俺が問いかけると、サトウは不機嫌そうな顔をした。


「……気が散るから話しかけないでくれ。今日は世界史のミニテストだろ?」


 そういえばそうだった。だからコイツは朝からずっと一問一答ばっかやってたのか。

 今日の五限は世界史のミニテスト。近代を中心に年号などを問われるテストが行われる。

 テストの結果は成績にも関与するらしく、推薦で大学入学を狙うサトウとしてはミスできない。


「そう、か……」


 しかし、これは俺にとってもいい判断材料になる。

 ノートに書いてあること全てが夢で、たまたま今日の発言が夢の内容似ていただけなら、さすがにテストの問題ぐらいは別のものが出るに違いない。テストの問題まで一緒なら、先ほどの経験は現実に存在したことが確実になる。

 さすがにそれはないだろう。


「ありがとうな。サトウ」

「ありがとうって……お前テストあること忘れてたのか?」

「ううん。そうじゃねえよ」


 口におかずを放り込みながら、俺も英単語帳を開く。

 もし、これでほんとに全部一緒だったらテスト中笑いが止まらないだろうな。


 ×××


 結論を言おう。


 全部、同じだった。


 出てきた問題のみならず、出題方式も解答欄の大きさも名前を書く枠のスペースも。

 全部、全部同じだった。


「……マジかよ」


 答案回収の時間、なんだか気分が悪くなった。こうまでくるともう信じざるを得ない。ノートに書いたことは現実にあったこと。

 つまり、俺が身をもって経験した、未来。


「ふふっ、はははは」


「おいオガミ。大丈夫かよ。テストができなさ過ぎて頭おかしくなっちまったのか」


 バカ、その逆だ。出来過ぎた。今のテストなら俺は99%満点を取れた自信がある。

 話しかけてきた隣のサトウにそう言ってやりたかった。

 気分が悪い。最高に気分が悪い。吐きそうだ。



「大丈夫かよ」

「……大丈夫じゃねーけど大丈夫だ」


 頭を抑えながら、この後のことについて考える。


 このまま何もしなかったら、俺はアイツに殺される。


 目の前でナイフを振り回されて、腹にぶっ刺される。

 だったら。

 教室を見回す。カクタはいない。そりゃそうだ。カクタは日本史選択なので授業が違う。今は別教室にいるし、帰ってくるまで時間がかかるだろう。

 ガバッ。


「おい、オガミ。急に立ち上がってどうした?」

「うるせえサトウ。命の危機だ!」


 サトウがポカンとした顔をする。急いで教室の外に出た。

 廊下を早足で歩く。 階段を下りて、下駄箱の前に来た。靴を履く。身の回りに誰もいないことを確認し……


 俺は、学校から逃げ出した。

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巻き戻しナイフ、刺さる刺さる刺さる TARUTSU @tarutsu2

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