彼女が寝た後で

 家に着くと九時になっていた。家に帰る前にコンビニで明日の朝食のパンを買った。パンのチョイスは彼女に任せて、自分は興味がない週刊誌を読んでいた。アイドルや政治家など時代のアイコンになる人たちのスキャンダルが載っている。昔から人の粗を探すのが好きではなかった僕にしてみればそんなことどうでもよかった。彼女はお会計を済まして僕に近寄る。しかし、僕を通り過ぎて女性誌を引き出し眺め出した。僕は一刻も早く家に帰りたかった。

「どうしたの?」

 彼女のことを気にかけたトーンで言葉を発した。

「うん? これ見て」

 彼女は読んでいた雑誌を僕に渡す。

「アイドルを卒業してモデルとして頑張って行くって相当度胸あるよね。まぁ、同性から見るとこの人はプロポーションもいいし、顔もいいし、すごいよね」

「そうかもね」

 アイドルのことなんて僕はさっぱりわからない。

「それより、この服見てよ。よくない?」

「さっき、言ってたやつ?」

「そう、これ。いいでしょ?」

「ふぅん。こういうの欲しいんだ」

「だねぇ。もう年だし、若い格好してたら周りの人から犯罪だって言われかねないし」

「そんなことないよ。そのままでも問題ないのに」

「私は気になるの」

「そんなもんなのかねぇ」

「女心なんてそんなものよ」

「ふぅん」

 彼女との会話が楽しいと思った。それでいいのかもしれないが、僕の中ではばつが悪く感じてしまう。彼女は美しいというのは僕の中で変わらないことであるが、僕の計画に巻き込む必要はないと思っている。無難な会話をすることのほうが難しいのかもしれない。

「じゃあ、行こうか」

 お店を出るように彼女を促す。彼女は嫌な顔をすることなく僕の言葉に応じる。僕らは手を繋いで並んで歩く。都会はビルやマンションが多くて月を見ることはできない。街灯も明るくて星も見ることができない。

 そんなロマンチックなことはだれも望んでいることではないのかもしれない。僕が望んでいることは「いなくなる」ことだし、彼女はきっとそれを望んでいない。僕の気持ちが決まらないことがいけないことなのかもしれない。僕に彼女がいることが問題なのかもしれない。でも、僕には彼女が必要で、彼女も僕が必要なのかもしれない。エレベーターのスイッチを押す。今の今まで二人に会話はない。彼女は沈黙をどう思っているのだろうか。エレベーターのドアが開き二人で乗る。僕が住んでいるのは五階だから「5」のボタンを押して「閉」のボタンを押す。金属が擦れる音が若干してから箱が動き出す。その間も二人に会話はない。瞬間的に考えてことなのだが、僕が喋らないというのは自然なことで、僕の自意識過剰なのではないだろうか。そう考えると僕は恥ずかしい。箱が停まってドアが開く。彼女を先に降ろして、僕が後に続く。彼女はポケットから合鍵を取り出して、鼻歌混じりにキーホルダーを振り回した。彼女の行動から察するに僕が喋らないのは自然な行為であって、自分が敏感になりすぎていたんだろうと思ってしまう。部屋の前に着いて、彼女が鍵でドアを開ける。ただいま、彼女は言って部屋の奥に入って行く。だれもいない部屋なのに「ただいま」と言える彼女はすごいなと関心してしまう。僕なんか定時に帰ってきても一人だとわかっているから、「ただいま」なんて言わないのに。彼女の性格には辟易してしまう。彼女は寝室に直行してベッドに倒れ込む。

「どうしたの?」

 僕は彼女に尋ねる。

「眠いのぉ。疲れちゃったぁ」

 と甘い声で言って布団をかぶってしまった。しょうがないなぁと頭を掻きながら僕は彼女に言った。

「シャワーだけでも浴びたら?」

「大丈夫。寝て起きたら浴びるから」

 眠たいのか子供のように答えた。

「わかったよ。おやすみ」

「えぇ? 一緒に寝てくれないの?」

「ごめん、なんとなく起きていたから」

「ケチぃ」

 彼女に申し訳ないという気持ちで寝室の扉を閉める。

 僕はパソコンの電源を入れる。起動音がして彼女を起こしてしまうんじゃないだろうかと肝を冷やした。僕は文書作成ソフトを立ち上げて文章を書き始めた。

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フタバ ウサギノヴィッチ @usagisanpyon

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