チャプター:4 ~御者は戦闘要員ではありません~

 あの・・・金目の物は置いていきますので、これにて失礼させて頂きます。」

 そう言って懐から財布を取りだし、丁寧に足元に置く。そして数歩下がった後、回れ右をし来た道を帰る。

 「ん~~・・・さてと、もうみんなが戻ってくる頃かな。」

 爽やかな昼下がりの陽気を全身に浴びるが如く伸びをし、足取りを軽くする。

 「ちょ~っと待てや。」

 「はい?なんでしょうか。」

 笑顔で応える。

 「まさかこんなモンで帰れるたー思っちゃいねーよな?」

 「へへへ。そりゃ甘すぎるってもんだろー。」

 「ですが、それがオレの全財産ですので、それ以上はございません。」

 近所の知り合いに挨拶する如く、全力で愛想を振り撒く。

 「なら、テメーを売り飛ばして金にするってのは妙案だと思わねーか!?」

 「まだガキだけど男娼なら高値が付くんじゃねーか?」

 「変態貴族の玩具の方が高いだろ~。」

 品性の欠片も感じられないしゃべり口調が四方から浴びせられる。

 ちっ!事にする作戦が・・・

 失敗した・・・

 見込みが甘かった・・・

 仲間を信じきれなかった・・・

 ・・・・ヤバい。絶賛大ピンチ──



 「今日はダンジョンに潜ろうと思う。」

 その日はウェルさんのその言葉で動き出した。

 「ダンジョンあるんですか?王都に。」

 「そうか。カーリはモルジボの街の事しか知らなかったのだな。この王都には2つダンジョンがあるんだ。」

 カーリの疑問にレティスさんが教えてくれた。2つもあるのか・・・

 「それで、どっちに行くのだ?」

 「このパーティーになってからは良くも悪くもまともな戦闘をしてきていないから、やはり最初は『試しのダンジョン』にする。」

 「え~。あたしレベル上げしたいぃー!」

 「シア、ボクとレティスとシアだけだったらもう一つの『魔王城』でも大丈夫だけど、カーリは連携どころか戦闘自体が素人だ。分かるよね。」

 「ぶーーー。」

 「確かに、カーリを迎え入れてからまともな戦闘をしてこなかったな。そうか、だからか。行く先々のギルドで討伐系の依頼ばかり選ぼうとしたのは、カーリに戦闘経験をさせたかったからなのだな。」

 ウェルさんがまともな事を考えていただと!?明日はきっと西から陽が昇るな・・・

 しかし、ダンジョン名って誰が考えているんだ?ネーミングセンス悪いな。

 

 王都外郭を抜けて馬車で2時間程進むと目的地に着いた。森に面した山裾にそれは有った。意外に近いな。


 「えー、最後尾はこちらでーす!最後尾はこちらでーす!」

 ギルドの制服を着た男性職員がプラカードを掲げ声を張り上げている。

 「うぇ!2時間待ち・・・」

 プラカードに記載されている待ち時間にシアさんがテンションを下げる。

 ダンジョン前は人混みが出来ている。

 「2列に並んでお待ち下さーい!」

 職員の指示に従いその通り並ぶ。

 「2時間ならまだマシだぞ。わたしなど過去に5時間待ちを経験した事があるからな。」

 レティスさん、5時間って・・ネズミ園ですら中々経験できませんよ。

 ここにはファストパスは無いのか?まったく経営者は何をしているのか。企業努力と言う言葉を知らないのか?

 「5時間って、それなら普通に森で討伐系のクエストを受けた方が効率的にも・・・」

 確かにカーリの言う通りだ。5時間もあれば上手くいけば結構稼げる。

 「その日はでな、になっていたのだよ。」

 「え?レティス、イベント日のダンジョン入った事あるの?羨ましい~。」

 イベント日?激甘設定??パチンコ屋ですか!?魔法意外に興味を示さないシアさんが喰いつく程の何が・・・

 「なんです?激甘設定って。」

 「そうか。カーリは知らないか。現在このダンジョンは42階層まで確認されている。」

 「え!?初心者用なのにまだ踏破されていなんですか?」

 「いや、2回踏破されているよ。」

 「じゃあ、42階層が最深部なんですよね?」

 「いや、42階層より下はあるみたいだよ。」

 「???」

 「このダンジョンはまだ成長しているんだよ。」

 「ダンジョンが成長??」

 「カーリ、ダンジョンには宝箱やモンスターが出現する事は知っているね?」

 「はい、ウェルさん。それ等は一定間隔で再度出現し、階層が下になるほど希少なアイテムが出る事も知っています。」

 「まぁそれが普通だが・・・・一定の階層毎に階層主がいるのだけど、その時の最深部の階層主が討伐されるとダンジョンは階層を増やすんだ。それを成長と呼んでいる。まぁ成長率はダンジョン毎に違い、5階層で成長が止まったり、100階層を超え尚成長を続けているダンジョンも存在する。そして各ダンジョンに共通する事として、成長が始まる数日間ダンジョンの定義が狂うのだ。アイテムが階層に関係なくドロップする。それを『激甘設定』と呼び、成長を開始した数日間を『イベント日』と呼んでいる。」

 「では最下層のアイテムが1階層でドロップする事も?」

 「そうだよ。だから『イベント日』はかなり人が集まるんだ。5時間で入れたのは僥倖だと思うよ。場合によっては数日待つ事もあり、散々待たされた挙句入ったらイベントが終了していたなんて話も聞いた事があるからね。」

 なるほど。この世界のダンジョンは面白いですね。

 

 ウェルさんのダンジョン講義を受けていると、いつの間にかオレ達が先頭になっていた。

 ダンジョン入口は山裾に開いた洞窟だった。高さ約5m、幅約10mと結構な広さを有している。その為受け付けを兼ねたゲートは5か所設けられており、それに冒険者達がフォーク並びで待っている。

 また行列の回りには露店を開く商人が多く、武器、防具、食料までが調達に難しくなくなっていた。値段はちょっと割高だが、遊園地価格だと思えば割り切れるだろう。


 「では受付をします。ギルドカードをお願いします。」

 受付に立つ男性ギルド職員の丁寧な対応に各自のカードを提示する。

 「はい、確認しました。注意事項の説明に目を通して、確認出来たら代表者が了承のサインをお願いします。」

 A4サイズの羊皮紙に書かれた注意事項を各々が読み終えると、ウェルさんが代表でサインをした。

 「予定滞在期間はどれ位ですか?」

 「日帰りだ。今日中に街に戻れる時間で帰還予定だ。」

 「承りました。入場料の清算はどうしますか?」

 「全員分をパーティーポイントから引いてくれ。」

 「はい。ギルドポイント人数分で清算ですね・・・・完了しました。では、道中お気をつけて。」

 この受付をもっと簡略化出来れば、この行列の流れもスムーズになるのだが・・・

 そんな事を考えながら進もうとすると後ろから声が掛かった。

 「ちょっと、待ってください!」

 先程の職員の声に振り返るとオレは肩を掴まれた。

 「え?なんですか?」

 「ギルド登録されていない方の入場はお断りさせて頂いております。」

 その言葉にカーリ以外のメンバーがハッとする。

 「すっかり忘れていた・・・すまないケーゴ。」

 「どういう事ですか?」

 ウェルさんの謝罪の言葉を訝し気に返すとレティスさんから説明が入った。

 「わたし達の落ち度だ。これまで普通にパーティーメンバーとして一緒にいたから忘れていたが、ケーゴはギルドに登録していなかったな。」

 「ええ、オレは戦闘に加わりませんから。・・・あ。」

 そこで理解したオレは間抜けな声を出してしまった。

 「すまないが、彼はこのパーティーの御者兼ポーターなんだ。通してもらえないかな?」

 ウェルさんが職員に申し訳なさそうに問うが、返って来た答えはNoの一点張りだった。

 商人ギルドでもどこのギルドでも良いから登録してから来いという事だ。

 そもそもギルドカードを提示する事自体が、誰が帰って来ていないか確認する意味を含んでおり、帰還予定日を過ぎて戻って来ない場合は捜索隊を組む為の行為なのだ。

 暫く問答を繰り返したが、時間も勿体ないという事でオレは諦めた。

 「仕方ないですね。これはオレの落ち度でもありますので、今回は諦めます。」

 「そうか、スマナイ・・・」

 心底申し訳なさそうに謝るウェルさんに笑顔で入口付近で待機している旨を伝えデロリアスとその場を去ろうとすると、またもや職員から声を掛けられた。

 「あ、馬車は通って大丈夫ですよ。」

 ・・・・あんちゃん。ウサギはね、淋しいと死んじゃうんだよ。


 実家を出てから初めての一人ぼっち・・・・

 『あるじ~、目の前に人参ぶら下がってたらー、食いつくに決まってるじゃ~ん!おれっちダンジョン行くじゃ~ん。』

 そう言い残しデロリアスは付いて行った。薄情者!いや馬か。

 

 一人露店を冷やかしながらブラブラしていると森の中から二人の男が慌てた様子で駆け寄って来た。

 「おい、そこの!」

 その声に回りを見渡したが、そこに居るのはオレだけで、少し離れて露店があるだけだった。

 「オレ?」

 自分を指さし男達に訊き返す。

 「そうだ、助けてくれ!」

 「え?」

 「森の中で探索してたんだが仲間が怪我をして動けない。手を貸してくれ。」

 んー。怪しい・・・ですね。

 「あなた方で運べないならオレが行っても何もできないですよ。他に人探してきますから待ってて下さい。」

 そう言ってその場を去ろうとするが男達が食いついて来た。

 「仲間を運ぶのを手伝って欲しいわけじゃないんだ。仲間はオレ達が運ぶ。ただ採取した素材を運ぶのを手伝って欲しいんだ。そのままにしておいて往復する頃には誰かに持って行かれるか、獣や魔物が荒らして売れなくなっちまう。礼はするから。」

 放っておくと誰かが持って行ってしまう程人が通る場所か・・・ならその人達に頼れば・・

 「それに、冒険者に頼むと依頼扱いされる。ここぞとばかりに吹っかけてくるから出来れば避けたいんだ。」

 身に纏った革鎧は使い古した感を漂わせている。見た目の年齢の割にはあまりランクが高くないようだ。オレの行動次第で今日の稼ぎも変わってしまうのだろう。

 縋る様にオレを見つめる二人に了承し森へ入って行った。

 『いいか、知らない人に付いて行ってはダメだぞ。オレを信用して指示に従ってくれ。』

 楽観的な行動に、別れ際のウェルさんの言いつけが脳裏を掠めた。



 そして野盗に囲まれた。


 「さ~て、お前に選ばせてやるよ。娼館とお貴族様。どっちがいい?」

 「かしら~、優しいっすね!就職先斡旋するなんてー。」

 「売り飛ばす前に味見してもいいっスか!?」

 「ばかやろー!おめーが掘ったら使い物になんなくなるだろーが。」

 「うひゃひゃっ!この前の孤児は壊れちまって買い叩かれちまったからな~。」

 恐ろしい話を勝手に進めないで下さいよ。壊れるって、生きてるんですよね?人が壊れるってどういった状態を指すんですか・・・・おうち帰りたい。

 「で?どっちにすんだ!?」

 お頭と呼ばれた男が顔を近づけ凄むが、そんな選択肢選べるわけないでしょう・・・

 「では、第三の提案をしたいのですが。」

 「ほぉ~。おれを納得させられる内容なら採用してやるよ。」

 「有り難うございます。では、こちらが提示出来る内容はお金です。あなた方からオレを買い取ります。それで如何でしょうか?」

 「う~ん・・・」

 お頭が軽く悩む素振りをみせている間に周りを見渡す。縋る様な顔で。

 「じゃあこう言うのはどうだ!?その金をいただいて、お前を売るってのは。」

 「あー、それは難しいかと・・・」

 「ならその話は無しだな。」

 「おかしら~、最初からその気もなかった癖にー!ひゃひゃひゃ!!」

 外野、少し黙っていて下さい。

 「では、オレの仲間に身代金を要求して下さい。彼らなら言い値で払ってくれますよ。」

 そう言いながらまた一周回りを見る。

 「ん~?おまえみたいなガキにそんな価値があるのかー!?」

 「頭、こいつこんななりしてますが貴族の子弟かなんかなんじゃ?」

 「それなら余計高く売れるっスねー!」

 さっきから頭と呼ばれる男の隣に立つ、腰巾着がウザいですね。そんな発言じゃお頭のポイントは上がりませんよ。

 「あ゛~~!?なんだその目は~!!」

 そう息撒きながら腰巾着はオレに歩み寄ってきた。知らず知らずに睨んでいたようだ。まずい!痛いのはイヤだ・・・

 咄嗟に視線を外したが遅かった。左頬に走る激痛と共に身体が吹き飛んでいた。

 「ザマ!商品を傷つけるな!!」

 仰向けに倒れたままザマと呼ばれた腰巾着に目を遣ると、お頭に媚び諂っている様が見て取れ、それを他の連中が顰め面で見ている。

 このザマって奴、仲間からかなり嫌われているな。

 「おい!起きれや!いつまで効いた振りしてんだ!!てめーの所為でお頭に怒られちまったじゃねーかよ!」

 よろつきながら立ち上がり、再度ザマを睨む。

 「んだー!?っこのガキ!!」

 胸倉を掴まれながら後ずさる。傍から見ればザマに押される感じで。

 「おかしらー、こいつちょっとヤキ入れちまいましょう!」

 振り返りそう言うザマの、胸倉を掴む手の親指を捻りながら下げる。それに乗じてザマの上半身が下がる。

 「いててっ─おがっ!」

 下がった顔面に向け勢いよく膝を入れる。

 鼻が潰れる感触を膝に感じながら後ろに駆け出す。オレの後ろには誰も居ない。そうなる様にザマを誘導した。

 足場の悪い森の中を全力疾走する。

 男達が怒声を上げながら追いかけて来る。

 「逃がすんじゃねー!!」

 お頭の怒号に足が竦みそうになるが気力を振り絞る。

 先程二回面子を確認したが、装備こそ統一されていないが、全員帯剣し鎧を纏っている。魔法使いどころか弓を持つ者もいなかった。このチャンスを失ったら逃げるタイミングはもう無いだろう。

 この時ほど自分を褒めてやりたいと思った事は無かった。

 幼少期のポイントで多少脚力を上げておいて本当に良かった。

 今のオレは並みの人間より早く走れる。このまま森を抜ければ──


 辺りは真っ暗で、月明かりも入らない程森が濃くなっていた。

 あー、これは一般的に迷子というべき状況・・・・・

 野盗を振り切り、来た道を戻っていたつもりだったが、何時まで経っても森を抜ける事が無かった。

 今は木の根本に腰を下ろし今後の行動について思考中だ。

 みんなはダンジョンから帰って来たのだろうか。

 心配、掛けているのかな。

 デロリアス、勝手にロードしてくれないだろうか・・・

 

 ガサガサッ


 葉擦れ音が近くで聞こえる。

 まずい。奴らまだ追ってくるのか!?

 音のする方へ眼を凝らす。

 失念していた。ここは森の中で、普通に“討伐素材”等が獲れる場所である事を。

 

 「ガガガガガッ!」

 聞いたことのない鳴き声で威嚇する、体長1.5m程の四足獣。

 名称も知らないが、ただの獣ではない事は一目で分かった。

 魔物の特徴と言うべき、目が赤く光っている。

 おや~?オレって今年厄年でしたっけ!?

 そんな思いに耽っている間もなく魔物が襲い掛かって来る。

 「ガッガー!!」

 左右に割れた顎を目一杯広げ飛び掛かって来た。

 それを転ぶように回避し背後の腰の所に備え付けている護身用の短剣を鞘から引き抜く。

 「オレなんか食べる所そんなにないですよ。それよりこの先に大人の男が数人いる筈ですからそっち──アブね!!」

 再度飛び掛かられたがまた転がりながら回避に成功する。

 片膝を着きながら短剣を構える。

 どこまで出来るか分からないが・・・・

 

 気が付くと辺りが明るくなっていた。

 オレは寝ていた様だ。

 上を向いていた頭を横に倒すと、昨夜殺り合った魔物の死体が転がっていた。

 そしてそれを見る視界に獣らしき尻尾が入り込んでいる事に気付きそれを視線で辿る。

 「っなんでだーーーー!!」

 精一杯叫んだつもりだがそれは囁き程度にしかならなかった。

 クチャクチャ

 不気味な咀嚼音が下半身側から聞こえる。

 オレの声に気付いたのかそいつが顔を上げ目が合った。

 その口回りは赤く染まり、贓物と思わしきものを垂れ下げている。

 動くことが無いと判断したそいつは、赤く染まった瞳を食欲の元へ戻す。

 クチャクチャ

 オレは生きながら食べられていた。なのに痛みを感じない。それどころか身体が動かない。

 ぼんやりとした意識の下、自分の最期をこんな形で迎えるとは・・・・父さん、母さん、カーリ、デロリアス──。

 

 

 『おお、ケーゴよ。死んでしまうとは何てことだ。これまでの冒険を記録し旅を続けるか?』

 ──YES

 ──NO

 とは出てこなかった。

 だってオレ、御者ですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生してチート能力を得たが、ちょっとした事故で能力の半分と伸びしろを失った状態で勇者の御者をやっている。 @pinfu_k-5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ