*報告
──オーストラリアから戻ってきたベリルは、とある報告をするためにカイルの元を訪れた。
「は?」
リビングで報告を受けたカイルはこれでもかと眉間にしわを刻み、間抜けな声をあげて手にしていたバーボンのグラスを落としかけた。
「いまなんて言った。不老不死とか言ったか」
斜め横の一人がけソファにいるベリルに困惑した視線を送る。
「はい」
しれっと答えたベリルに、カイルはますます表情を険しくした。
「それ、マジで言ってんのか」
いくらなんでも、そんなしらけた冗談に俺が乗っかるとでも思って──る訳はないか。
「そのようです」
「お前、どこまでだよ」
こいつは初めからとんでもない奴だったが、まだとんでもない報告をしてきやがる。あり得ないだろ、ふつう。
何百歩譲っても信じるのは難しい報告に、開いた口が塞がらない。
「いきさつは聞いたがよ」
神様も随分なことをしてくれるよなあ。おい。
「休暇だったんだろ」
「はい」
「オーストラリアで」
「そうです」
「で、追われてた女の子を助けたら不死になったってか」
「かなり端折られましたが間違ってはいません」
何度、聞いても信じられねえ。何か厄介なことに巻き込まれたという話は、かつての仲間から伝え聞いてはいたが──
「ちょっと待て。こないだの奴らと関係があるのか」
「何かありましたか」
「変な奴らに襲撃された」
「ラシードは」
「おい、俺の心配は──まあいい。人質にはとられたが怪我はねえよ」
「あなたに問題がないのは見ればわかります」
「年々、俺の扱いが酷くなってやしねえか」
「いつも通りだと思いますが」
「お前らしいよ。まったく」
「それで、どうしました」
「三人は警察が来る前に逃げたが、捕まった二人は引き渡した次の日に釈放されちまった」
それにベリルは苦い表情を浮かべる。優秀な弁護士がいたのか、上層部に組織とつながっていた人間がいたのかは不明だ。
「そうでしたか」
「どう見積もっても、お前しか思い浮かばねえ」
引退して長い俺があんな武装した奴らに狙われる理由はない。
「私の事を探ろうとしたのでしょう」
詳細を知っているとするなら、あなた以外にいないと考えるのが普通です。
「お前、敵多そうだしな」
「組織は潰しましたから問題はありません」
しれっと答えたベリルに、そういう問題かよと頭を抱える。
「ラシードのことも事後報告にしやがって」
「使わない事が一番でした」
「そりゃそうだ」
ずいぶんとでかい組織だったようだし。これはこれで結果オーライとも言えるのだろう。
「それでいま、そいつらはどうしてるんだ」
「さあ」
「おい」
「完遂してそのまま別れましたから」
「砂漠にほったらかしか」
「ナビ付きのジープを渡しました」
「相変わらずクールだねえ」
普通、不死になったあとは色々と悩むもんじゃねえのかよ。
「悩んでも解決の兆しはあるのかと」
「クール過ぎんだろ」
不死を与える力は一度きりのもので今後、その少女や一族が狙われることはないだろうと聞いたカイルは「そうか」とつぶやき、
「それなら、使われた甲斐があるってもんだな」
「そうですね」
ひとまずの着地点を得る。
「お前の計画、水の泡だな」
「それが解っていたから、私を弟子にしたのでしょう?」
「おう! 当然だ!」
死にたい訳じゃない人間が、思った通りに死ねるとは限らない──カイルの言葉が見事に的中した。
むしろ、どうあがいても死ぬ事が出来なくなったことに、さすがの俺もそこまでは考えてなかったなあとベリルを見つめる。
なんか、ちょっと可哀想になってきたぞ。いくらなんでも、不死ってのはやりすぎだろ神さんよ。
「お前も不運というか、なんというか」
「受け入れる他はありません」
「お前らしいねえ」
──不死となったベリルは、多くの通り名を持つこととなる。当然、どれも気に入らない。
これから彼を求める者は幾多になるのか、見当も付かない。その度に、彼はさらりとその腕からすり抜けていく事だろう。
彼を同じ場所に留めておく事は非常に困難である。
ベリルの戦いはまだ始まったばかり。
何を想い、何を成すのか──見届けるのは、あなた。
END
たゆたう波の終わり 河野 る宇 @ruukouno
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