*思わぬ客人

 皮肉から生まれた通り名は見事、ベリルの名を広めるに至った。

 しかしその名は皮肉に留まらず、真実の名であると理解する傭兵たちは日増しに増え、それにつれて仲間の数も増していく。

 ベリルを中心としたネットワークは強固なものとなり、慈善事業の一環として資金援助を申し出る者が次々に手を上げた。

 それらを円滑に動かすためのシステム作りに時間を要したが、どうにか上手く回っている。

 その容姿も相まってか「悪魔のベリル」とさえ呼ばれ、腕の立つ傭兵であると紹介されることも多くなった。



 ──ベリルが二十五歳となり、オーストラリアで休暇をとるという連絡を受けたカイルは内心、安堵していた。

「あいつもようやく、ゆっくりする気になったか」

 要請も増えているため、仕方のないことではあるのだがカイルの目から見ればベリルは働き過ぎなのである。

 あいつは馬鹿じゃないから、自分の体調管理くらいは出来ているだろうと思いつつ、無茶しやがるからなあと少しは心配している。

「おやすみカイルー」

「おう。寒くないようにして寝ろよ」

 声を掛けて自分の寝室に向かうラシードに返し、俺も寝るかとナイトテーブルの照明をオフにした。



 ──深夜二時を過ぎた頃、カイルはいつもと違う空気に目を覚ます。

 静けさのなかに、どこか張り詰めた気配が混じり合う。肌にまとわりつくぴりぴりと緊張した感覚に、かつて味わっていた戦場での状況が脳裏を過ぎった。

 ただの泥棒がまとうものじゃない。これは明らかに、戦う能力を持った奴が侵入している。

「何かしたか?」

 どう考えても記憶にない。

 とにかく、このままでは危険だ。ラシードの部屋に行きたいが、相手は一人や二人じゃない。少なくとも五人はいる。

 下に三人。階段に二人、上がってきている。

 近いのは俺の寝室だ。ここで二人倒せばラシードが逃げる時間を稼げる。何かあればすぐに逃げろと言い聞かせておいて良かった。

 カイルはゆっくりと上半身を起こし、立て掛けてある杖に手を伸ばす。慎重に立ち上がり、ドアに近づく。

 音を立てないようにノブを握って回す。空いた隙間から廊下の気配を窺い、部屋の前で止まった影に力の限り開けたドアをぶつける。

「っ!?」

 倒れ込む影を見やり、驚いているもう一方の影に杖の先端で首を突いた。

「ぐえ!?」

 えもいわれぬ叫びなど意に介さず、倒れた影の腹にも鋭い杖の先端を食らわせる。体格からして、いずれも男だろう。

 二つの影はヘルメットにナイトビジョンゴーグル、防弾ベストと完全武装をしているようだ。カイルは即座にそれを判断し、ベストの隙間から弱い部分を突いた。

「おい、お前ら」

 敵の一人を足で踏みつけ、眼前の一人に鋭い視線を向ける。

「侵入する家を間違えてないか?」

 影はそれに答えずハンドガンを手にしたがカイルは素早く杖で強く弾き、ついでにゴーグルもはじき飛ばす。

 引退して長いが、鍛え続けているのはラシードを守るためだ。

 弟子になりたいと転がり込んだ少年であるものの、カイルはまだ早いと彼に何も教えてはいない。これからも教える気はさらさらない。

 いまは折角、医者になる方向に向いているのだから邪魔するんじゃねえと敵を睨みつけた。

 これでまた、傭兵になりたいと言い出したらベリルに合わせる顔がない。

「お前らを招待しちゃいない。今すぐ出て行け」

 左足はまともには動かないが、それに見合う訓練をしてきた。生憎と初対面の不躾ぶしつけな奴に負けてやるほど、俺は優しくない。

 しかし、目の前の敵は怯むどころかカイルとやり合う気だ。

 ナイフを手に構える男を冷静に見つめ、杖を回してその手に振り下ろす。男はそれを予測していたのか、ナイフを持つ手をさっと右に避けた。

「残念」

 そこまでの動きを読んでいたカイルはすかさず杖を振り上げ、ナイフが勢いよく天井に突き刺さる。

 痛みと驚きで目を丸くする男に薄笑いを浮かべて杖を軸に強烈な蹴りをかました。

 休む暇もなく階下にいた三人が駆けつけ、階段を上りに来たところを蹴り倒し階下に落とす。

「動くな!」

 その声に振り返ると、男がラシードを人質にハンドガンの銃口をカイルに向けていた。気絶していると思っていたが、案外タフだったかと舌打ちする。

「そいつを離してやれ」

 苦々しく杖を投げ捨て、警戒している男をじっと窺う。

 その銃口は急所を避けている。こいつらは俺を殺しに来た訳じゃないのかと眉を寄せた。ますますもって解らない。俺が何をした。

 男の指がゆっくりと引鉄を絞る。

 撃たれると思った瞬間──ラシードが突きだしていた男の腕を掴み、片足を蹴り祓って体勢を崩し一瞬、腰を落としてすぐに戻しその勢いを使って盛大に投げ飛ばした。

 予想もしなかったラシードの行動に、さすがのカイルも唖然とする。

「警察呼ぶ」

「お、おう」

 スマートフォンを取りに戻り、警察にかけるラシードを眺める。

「どこでそんなもの覚えた」

「ベリルに。いつも逃げられる訳じゃないからって」

「あのやろう」

 よくも黙ってやがったな。

 とはいえ、知っていても俺は同じことをさせただろう。なまじ、やり合えることで無駄な危険を冒し、取り返しのつかない結果になることはよくある。

「──って、それは俺か」

 反省し直してどうする。とにかく、武器を持つ相手とは極力、やり合わない方がいい。

 あいつのことだから、もしものときのものだと教えてはいるんだろうが、黙っていやがったことは今度うちに来たら叱ってやろう。

 けたたましいサイレンの音と、響く呼び鈴に玄関に向かうラシードを見送り、終わりを告げた戦闘にカイルは深い溜息を吐いた。

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