小さい秋見つけて真っ赤だな

すぎ

小さい秋見つけて真っ赤だな

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 ぼくの職業は、尻叩かれ屋だ。

 一行目を読んだそこの君、そんな職業はないと思っただろう。現に僕が尻叩かれ屋なのだから世の中には存在するのだ。あと、そんな設定大丈夫かと思っただろう。余計なお世話だ。

 さて、今日は尻叩かれ屋の一日について紹介したいと思う。齢三十にもなってそんな不安定な職業に就いているんじゃない、と家族や友人からよく言われるのだが、尻叩かれ屋という職業に誇りを持っている僕から言わせてもらえば、余計なお世話というやつだ。そんな疑念を払しょくするためにも、まずは尻叩かれ屋がどんな職業なのかは見てもらうのが一番早いと思うので、ぼくの仕事ぶりを見てもらいたい。

 ぼくが今居るのは、とある駅のバスターミナル横にあるちょっとした広場だ。周りには似顔絵師の人や、ストリートミュージシャンの人なんかもいて、ちょっとした賑わいを見せている。ぼくは毎日のように来ているので、その人たちとも顔なじみだ。

 季節は秋。それもサラリーマンの皆さんが駅から出てくるころと、この仕事をするには少し寒いが、しかしこの職業はこの季節が掻き入れ時のシーズンとなる。それは後程説明したい。

 レジャーシートを敷いて、叩くためのスリッパ(大きな音が出るものから、叩く面積の広いものまで、その選定はには尻叩き屋としてのセンスが問われる)、そして看板を立てたら準備は完了だ。すると、さっそくこちらに向かってやってくる四十代半ばくらいのハゲ散らかしたスーツ姿のおっさんがやってくる。どうやらお客さんのようなので、威勢よく声をかける。

「いらっしゃいませ! お客さん、いい尻、ありますよ?」

「おっ、まだ使い古されてない良い尻じゃねえか。ちょっと借りるよ」

「まいどあり!」

 そう言ってぼくは、持ち上げるようにしておっさんに尻を差し出す。

「そんじゃ行くぞ!」

「はい!」

 血走った目をしたおっさんの血気盛んな声に、ぼくも大声で応じる。おっさんは勢いよくスリッパを振り上げた。あれは、あのスリッパは、ぼくのお尻を真っ赤にさせる気だな!

「いーちィ!」

 バシィン! 一番音が出るスリッパで叩いたときほどではないが、それでもかなりの音が、夜の帳に響き渡る。

「オォン!」

 おっさんは思いっきりぼくの尻を打った。ぼくもそれに合わせて思わず声が出てしまう。

「アォン!」

「クソ無能上司が! 面倒な客ばっか押し付けるんじゃねーっつーの!」

「アヒィン!」

「おかげでこちとらこの頭だ! トレンディなんてもんじゃねえ!」

「オヒィン!」

 おっさんは会社や上司の愚痴を大声で叫びながら、ぼくの尻を打った。何度も何度も、おっさんの息が上がり続けても、おっさんはぼくの尻をスリッパで叩き続けた。

 商売上、おっさんが何度ぼくの尻を叩いたのかはカウントしているが、おっさんはもう何度叩いたのかわからないだろう。ぜぃぜぃ言いながら、今までで一番の所までスリッパを振りかぶる。

「オラッ! 最後だッッ!!」

 バシーンッ!

「オァォン!!」

 ぼくも高らかに鳴いた。サバンナの奥地で雄ライオンが大地に向かって吠えるように、鳴いた。

「……ァ、ハァ……いやあ、いい仕事だった。ありがとう」

「ありがとうございます」

「特に秋はいいシーズンだ。こうして赤く腫れ上がった尻を見ていると、結局仕事で行けなかった紅葉を思い出させる。いやあ、いい仕事だ」

 尻叩かれ屋にとって、その言葉は最高の栄誉だ。ぼくたちの仕事は、お客さんにいかに日々の仕事のストレスを忘れてくれるかが勝負だ。叩かれていい反応をしていただけでは二流もいいところ。一流の仕事というのは、その季節の風流まで感じさせてこそ一流なのである。

 ぼくもいい仕事をしたという自負があるので、そこには誇りを持って仕事をしている。なので、料金もそれなりのものとなるのだ。

「あの、お代の方は……」

「いやいや、いい仕事にはこちらが勘定を決めるべきだ。そうだろう?」

 おっさんは皆まで言うなとぼくに手をかざした。

「は、はぁ」

「これで何かうまいものでも食べてくれや。釣りはいらないよ」

 そう言っておっさんはぼくに一万円札を差し出してくる。ぼくが提示しようとしていた金額の倍以上だ。

「こ、こんなに受け取れません……」

「いいってことよ。これからもがんばんな!」

「は、はい! ありがとうございます!」

「そんじゃあな!」

 気前のいいおっさんは、ぼくに向かって最高の笑顔で、サムズアップを決めながら夜の街に消えていった。




「今日もよかったよ!」

「まいどありー」

 また一人、お客さんを笑顔で見送ったが、その瞬間にもぼくは違和感を覚えていた。

(今日は客の入りが少ないな……)

 一晩で同業者の三倍近くを稼いだことのあるぼくにとって、今日一日で稼いだ金額というのは決して多くはない。もちろん、世の中の人々を幸せにするのが仕事だから、金のことをあれこれ言うのもかっこ悪いが、それでも毎日ご飯が食べられなければ、この職業では食っていけないということになる。

 請求した金額に間違いがないかどうか確認しようと財布を開くと、甲高い女性と思われる、しかも濁った声が、何かを叩く音とともに聞こえてきた。

「あっ!」

 少し離れたところで行われているそれに、ぼくは視線が釘付けになった。そこには、黒いレザーのボンテージ衣装に身を包んだ三十代前半くらいの妙齢の女性が、酔っぱらったサラリーマン相手に尻を差し出している姿があった。

 尻を差し出しているといっても、いかがわしい行為をしているわけでは決してない。要するに、商売敵というやつだ。

「おぅ姉ちゃん、イケナイことしてるってわかってんのかぁ?」

「あぁっ、そんなこと言わないで……アアァン!」

 バシーン、バシーンという音が少し離れているこちらにもはっきりと聞こえてくる。その上、酔っぱらいの持っているあれはなんだ。尻叩かれ屋の間で伝統的に使われているスリッパではない……! あれは―――バラ鞭だ!

 バラ鞭というのは鞭の叩くところが何本にも枝分かれしているもので、それはそれは大きく、そして叩いた瞬間に甲高い音を発するが、それでいて叩かれる側には力が分散されて他の鞭よりも負担が少ないという、非常にメリットの大きい鞭だ。

 この辺りでは見かけたことのない顔なのでおそらく新規参入者なのだろうが、伝統から反するとはいえ色々と研究しており、なかなか侮れない。

 それどころか、今彼女を鞭で叩いている酔っぱらいのおっさんの後ろには、長い行列ができている。ぼくの実入りが少なかったのも彼女が原因なのだ。

「……そろそろ潮時なのかなあ」

 決して楽な仕事ではないが、誇りを持ってやってきた仕事なのだ。だが、正直言って今の収入は全盛期には遠く及ばないような額しか稼げなくなっているのも確かだ。伝統を守り続けてきたはいいものの、いつしかその伝統に胡坐をかいてしまい、研究することを忘れてはいなかったか。慢心してはいなかったか。

 未だに列の途切れることのない女性の方をちらと見やり、今日はもう店じまいをしようかと看板を畳み、レジャーシートに寝転がって一息ついていたところ、ぼくの目の前に一人の少女が表れた。こんな夜中には不釣り合いな、トレンチコートとミニスカートという出で立ちの、皆目麗しい少女だった。

「あ、あの」

「ん、なにかな、お嬢ちゃん。おうちの人とはぐれたのかな?」

「い、いえ」

 店じまいしたのだしと、ぼくは寝転がったままその少女に受け答えていた。

 少女は何を思ったか、ぼくの頭の上にスカートが来るように、まるでぼくにスカートの中を見せるように、少女はぼくの眼前に立ちふさがって―――

「き、きみは……」

「…………」

 ぼくは見てしまった。スカートの中には何もなかったのだ。

 否、あった。スカートの中には確かに存在したのだ。

 スカートの中には、小さい秋があった。秋の味覚、松の木の根元に生える、ともすれば一本ウン万円という根が付くほどの高級食材の、小さい秋である。ぼくの眼前には、確かに小さい秋があった。

 寝転がったまま動けない僕に、少女は頬を染めながら僕に言った。

「おにいさん、私でも叩いていいですか?」

 ぼくは真顔になった。

「お嬢ちゃん、お題は持っているのかい?」

「はい……」

 頬を染めながらも、寝転がっているぼくを見下すような視線に、ぼくは居てもたってもいられなくなった。

「いらっしゃいませ」

 その夜、尻叩かれ屋は再度開店したのだった。





 その後のことはよく覚えていない。

「この変態! 気持ち悪い! こんなに尻を真っ赤にして、ぶたれてそんなに気持ちいいかッ!」

「オォンッ!」

 よく覚えていなかったが、しかしぼくは薄い意識の中で思い出したのだ。この仕事を始めた時のことを。

 難しいことなど考える必要はなかったのだ。ぼくは叩かれたい。お客さんは叩きたい。ただそれだけのことだったのだ。

「男に叩かれてそんなに気持ちいいのかい!?」

「アォォンッ!!」

 加えて、いくらぼくよりもかなり年下とはいえ、相手にとって不足はない。彼女(彼)という倒錯した存在に叩かれることで、ぼくの内なる感情が解放されようとしていた。

「豚めッ!!」

「ォォオォンッ!」

「豚はそんな鳴き声しないでしょう!!」

「ブヒィイィン!!」

 興奮で頬を真っ赤に染めた少女(少年)の顔を見て、まだまだこの職業は辞められないな、と思ったのだった。

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